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「新東京テレビ」の制作部に勤務する五味剛(ごみ つよし)は、職人気質の敏腕TVマン。彼がプロデューサー兼総合演出を務める「生激撮! その瞬間を見逃すな」は、警察のガサ入れを生放送するという過激な内容が受け、毎回高視聴率を叩き出す大人気看板番組で在る。
或る日、五味は、覚醒剤密売犯のガサ入れ現場で偶然映し出された顧客名簿の中に、社内で絶大な権力を振るう編成部長・板橋庄司(いたばし しょうじ)と思しき人物の名前を発見する。其れは局全体を揺るがす、恐るべき事件の始まりだった・・・。
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「カノッサの屈辱」【動画】や「料理の鉄人」【動画】等、数多くの人気番組を演出した田中経一氏の小説「歪んだ蝸牛」は、嫉妬と欲望、プライドが渦巻くTV業界の内情を描いている。
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・「もうじき梅雨になるよね。梅雨といったらカタツムリ。じゃあ、カタツムリが好きな植物って何かわかる?」。「紫陽花ですよね。」。「カタツムリは、紫陽花の葉っぱが大好き・・・まあ普通そう思うよね。」。「違うんですか?」。「カタツムリにとって食用する葉っぱは、特に紫陽花の葉に限られてはいない。つまり、人が梅雨の二大代名詞のカタツムリと紫陽花を勝手に組み合わせただけなんだよ。」。「そうなんですか?」。「だけどね。もし俺がカタツムリだったら無理してでも紫陽花の葉っぱに居続けると思う。少なくとも人目に付く昼間の時間帯はね。」。「それってヤラセの話と関係あるんですか?」。「テレビ屋の仕事ってそんなものだと思うんだよ。みんなの夢を壊さないためには、多少のヤラセをやったっていいんじゃないかなってね。」。「うーん、よくわからないんですけど、テレビで観る紫陽花の葉の上にカタツムリが載っている映像って、みんなヤラセなんですか?」。「全てとは言わないが、まあだいたいカメラマンかディレクターが見つけてきて、葉っぱの上に載せちゃっているんだろうね。」。
・「あるさ。オムライスの表面が鮮やかにテカテカ光っていたら、それはサラダ油を塗っているし、ラーメンなんかの湯気は最近ならほとんどCGで載せている。中華料理人が鍋から炎を上げて、ファイアーなんてシーンをよく目にするよね。本来、料理中にあんな火が上がることはないから、無駄な油を注ぎ入れてファイアーをやってくれているんだよ。秋の田舎の風景を撮影するときは、カメラマンがなめて撮る(メインの被写体の手前に何かを置いて撮影する)ために、ロケバスにススキの束を常備しておくのがADの仕事だったりするしね。」。
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何時の頃からか、TV業界では定期的に“ヤラセ問題”が指摘される様になった。個人的には「報道番組やドキュメンタリー番組でのヤラセは許されないが、ヴァラエティ番組では“或る程度”のヤラセはOK。」と考えているけれど、其の“或る程度”の線引きが難しいのも事実。上で五味が語っているヤラセも、人によって様々な考え方が在る事だろう。
TV業界に深く関わって来た著者故、TV業界の裏側の描写は興味を惹かれるし、生番組内で次々に発生する“事件”には、其の理由や犯人を推理したくなる面白さが在る。
唯、“近未来”のTV業界という設定の様なのに、描かれている事柄には古さを感じたり、真犯人が犯行に及んだ動機が「あんなにも大々的な犯行の動機が、其の程度の事だったの?」と感じてしまう肩透かし感が在る。そして、何よりもガッカリしたのは、真犯人を“落とす手段”だ。ドラマや小説等で散々使い古された手段で、「まさか彼の手段じゃないよな。」と思っていたら、其の儘ズバリだったので唖然としてしまった。此の点だけでも、大きな減点。
総合評価は、星2.5個とする。