「3つの脳の進化」はマクリーン氏による仮説
この「3つの脳の進化」の仮説は、アメリカ国立精神衛生研究所の脳進化学者
ポール・D・マクリーン(Paul D. MacLean)博士によって提唱されました。
1990年に刊行された著書『The Triune Brain in Evolution(邦訳:
三つの脳の進化)』では、人間に起こる衝動は、爬虫類から継承された反射脳によって生まれると解説されています。
この「3つの脳の進化」の仮説は、2000年代以降の多くの比較神経学者によって否定されていますが、脳の構造や特徴を理解するには、すごく分かりやすいモデルです。
3つの脳の特徴
例えば、お腹が空いたら食べ物を求めますし、のどが乾けば飲み物を求めます。暑ければ汗をかきますし、寒ければブルブル震えます。これは爬虫類脳が関係しています。
愛する子供を目の前にしたら大好きな感情が抑えられず、思わずニッコリと笑顔がこぼれてしまうかもしれません。これは哺乳類脳が関係しています。
たとえ大好きなタバコであっても、健康のためにはガマンして禁煙をしているかもしれません。これは人間脳が関係しています。
3つの脳の特徴をまとめると、次のとおりです。
3つの脳の特徴
ひとつずつ、特徴を解説していきます。
爬虫類脳(反射脳):脳幹
『脳の三位一体論』の仮説では、爬虫類脳はもっとも古い脳とされています。頭蓋骨の内側の一番下にあり、
「原始爬虫類脳」や
「反射脳」とも呼ばれます。
自律神経の中核である脳幹、大脳基底核、脊髄によって成り立っていて、本能を司る脳として交感神経や副交感神経をコントロールしています。その役割は、おもに生命維持です。
無意識でする心拍や呼吸、体温調節、食べ物や飲み物を摂ること、性行動に関係しています。また、身の危険を感じた時に反射的に体が反応するのは、この爬虫類脳の領域です。
爬虫類脳をひと言でまとめれば、
生きるための脳です。
爬虫類脳の特徴は生命維持のための防衛本能
爬虫類の特徴としては、縄張りに対しての
防衛本能があります。
人の場合はパーソナル・スペースと言いますが、あまりにも自分のそばに赤の他人が近寄ってくると、なんだかイヤな気分になりますよね。それは、爬虫類脳の
「安全でいたい」という防衛本能が働くからなんですね。
爬虫類脳は生きるために必死なので、自己中心的であり、目の前の短絡的な欲求しか頭にありません。
マクリーン氏によると、爬虫類のコミュニケーションは
の4種類しかないとしています。
もしも人間が爬虫類脳だけなら、支配するか支配されるか、奪うか奪われるかといった、まるで『北斗の拳』のような殺伐とした世界になってしまうんですね。
爬虫類脳は新しい行動が嫌い
またマクリーン氏によると、爬虫類脳は先祖からの記憶に満ちていて、先祖の命令どおりには働くが、新しい場面に遭遇した時にはうまく機能せず、先祖の記憶に束縛されるとしています。
つまり、
「過去の経験則にこだわり、新しいことは嫌い」という性質があるんですね。『安全でいるためには、今までと同じことをしておけば良い』ということです。
この性質のおかげで、僕たち人間はせっかく目標を掲げたのに、なかなか新しい行動にチャレンジできないという事態に陥ります。
哺乳類脳(情動脳):大脳辺縁系
『脳の三位一体論』の仮説では、哺乳類脳は爬虫類脳の次に古い脳とされています。爬虫類脳を覆うように脳の中央に位置していて、
「旧哺乳類脳」や
「情動脳」とも呼ばれます。
扁桃体、海馬体、帯状回などが含まれる大脳辺縁系で成り立っていて、快・不快の刺激に結びついた
「喜び・愛情・怒り・恐怖・嫌悪」といった衝動性の感情をコントロールしています。
イヌやネコなどの哺乳類は、トカゲやヘビといった爬虫類とは違って感情が豊かですよね。この本能的な感情によって、愛情を表現したり、不安や恐怖を感じたり、危険や脅威から逃避したり、外敵を攻撃します。
哺乳類脳をひと言でまとめれば、
感じるための脳です。
哺乳類脳の特徴は情動による群れ行動
哺乳類の特徴としては、
群れで行動することです。
哺乳類脳によって得られる愛情という情動は、自分と近い遺伝子を継承する確率を高めることに役立ちます。これは仲間と協同して子育てをする集団行動や、非力な子供の育児や保護といった母性的な欲求・本能の源泉です。
また、群れのトップであれば、より確実に自分の遺伝子を残すことにつながります。あるいは、優秀なリーダーに付き従えば、種を守ることにつながります。
僕たち人間がコミュニティーを築いたり、その中で自分を重要な存在だと思われたいのは、この哺乳類脳の性質が関係しているんですね。さらには、権威に弱い性質も、この哺乳類脳の影響かもしれません。
犬が人間の赤ちゃんを守るのは哺乳類脳の性質?
YouTube動画では、犬が人間の赤ちゃんを守ろうとする心温まる映像を見かけますよね。それは本能的に仲間内の弱者を守ろうとする、哺乳類脳の性質なのかもしれないですね。
人間脳(理性脳):大脳新皮質
『脳の三位一体論』の仮説では、人間脳はもっとも新しい脳とされています。脳の一番外側にあり、
「新哺乳類脳」や
「理性脳」とも呼ばれます。
大脳新皮質の両半球(右脳・左脳)から成り立っていて、
認知能力、言語機能、学習能力、創造的思考能力、空間把握能力などをコントロールします。
人間脳をひと言でまとめれば、
考えるための脳です。
人間脳の特徴は論理的な思考
僕たち人間と動物を隔てるものは、自分自身について考える
内省能力であり、内省によって得られる
未来への思考能力です。
自分自身や未来を考える能力があるからこそ、理性的であり、学習したいと感じ、目的意識を持って行動することができます。
- 「創造的なことをしたい」
- 「目標達成したい」
- 「成長したい」
という考えは、内省できるからこそであり、未来を想像できる人間脳の性質によるものなんですね。
もしも未来への思考力がなければ、禁煙をしようとか、ダイエットをしようとか、将来を見据えて勉強するようなことはできません。
また、人間脳の理性があるからこそ、お腹が減ったからといって簡単に食べ物を盗むことはしませんし、ムカつくからといって簡単に人を殴ることをしないんですね。
3つの脳でわかる人間の三大欲求と三大意識
もう一度、3つの脳の特徴を見てください。この3つの脳の特徴から、人間の三大欲求がわかります。
3つの脳の特徴
爬虫類脳は、生命維持のために安全意識が働きます。生きるために食べ、休み、身の危険が迫ったら反射的に体が動きます。
「安全でいること」、これが爬虫類脳の欲求です。
哺乳類脳は、情動が生まれることで仲間意識が働きます。愛情を感じ、仲間と協同することが種の存続につながります。
「仲間を作ること」、これが哺乳類脳の欲求です。
人間脳は、未来的な思考ができることで目的意識が働きます。目の前の本能の支配から逃れ、未来のために行動をしようとします。
「成長すること」、これが人間脳の欲求です。
脳の三大意識を図式化してみる
3つの脳の階層順で脳の機能をイラスト化してみると、「人間の三大意識」としては、次のように表現できます。
人間の脳の三大意識
ピラミッド型にした理由は、「爬虫類脳・哺乳類脳」の影響力が「人間脳」よりもはるかに大きいからです。
この階層を見てみると、人間の三大欲求を表したERG理論や、マズローの5段階欲求説と似ていることがわかります。
3つの脳が連動することが人間の苦悩
人間脳はもっとも高次で複雑な情報処理を行う部位であるとされます。
ですが実際は、人間脳だけでは高度な情報処理はできず、哺乳類脳や爬虫類脳などと連動しながら高次な情報処理を実現していると考えられています。
ようするに、
3つの脳は切り離して機能させることはできないんですね。
マクリーン氏は、爬虫類脳・哺乳類脳・人間脳の3つの脳が同居していることが『人間の苦悩』であるとしました。
なぜなら、人間は進化が速すぎたために3つの脳の連携がうまくいかず、度々、影響力の大きな爬虫類脳や哺乳類脳に支配されると考えたからです。
『人間の苦悩』が進化の速度によるものかは定かではありませんが、多くの人が次のような苦労をしていると思います。
爬虫類脳と哺乳類脳に支配される人間脳
例えば、あなたがダイエットを考えたとします。
もしも3つの脳を切り離せるとしたら、人間脳だけが働いて、たんたんとダイエットを進めることができるはずです。
ですが実際は、爬虫類脳は「なんで今までと違うことをするんだ? 甘くておいしいケーキは目の前にあるぞ」と抵抗し、哺乳類脳も「ダイエットって面倒だから嫌い・・・」と抵抗します。
その結果、「・・・そんなに無理してダイエットしなくても、いいか」と挫折してしまいます。
逆に言えば、爬虫類脳と哺乳類脳をうまく連動させることができれば、目標達成はしやすくなるということですね。
人間脳を鍛え、脳にストレスを与えないことが大切
熟考が得意な人間脳は、脳にストレスがかかることで働きが弱くなります。つまり、プレッシャーがかかっていたり、疲れていると、爬虫類脳の短絡的思考になりやすいということです。
ですので目標達成をしたいのであれば、なるべく脳がストレスを受けない状態にしておくことが大切です。
さらに、人間脳である、やる気や思考力を司る「前頭連合野」を鍛えることで、短絡的な欲求をコントロールしやすくなります。
マーケティングに応用する3つの脳の欲求
3つの脳の欲求をマーケティングに応用するためには、影響力の大きな爬虫類脳や哺乳類脳から訴えるようにします。
爬虫類脳に訴えるには
爬虫類脳に訴えるには、防衛本能である
「安全・支配」のキーワードを利用します。
例えば、勝利を強調することで「安全を確保したい」「支配したい」という欲求に訴えることができます。また、楽ができることを強調することで、現状維持による「安全を確保したい」欲求に訴えることもできます。
さらに、不安や屈辱を強調することで「誰からも支配されたくない」という自由への欲求に訴えることもできます。
ターゲットが男性であれば、性的な欲望に訴えることで興味を引くことができます。
哺乳類脳に訴えるには
哺乳類脳に訴えるには、
「好き嫌い・仲間」のキーワードを利用します。
例えば、疎外感や孤独の危機感を強調することで、「嫌われたくない」「どこかのカテゴリーへ所属したい」という欲求に訴えることができます。また、仲間内での特別感を強調すれば、「好かれたい」「カテゴリーの中で優れた存在でいたい」という欲求に訴えることもできます。
ターゲットが女性であれば、「愛される存在になる」ことを訴えれば、興味を引きやすくなります。
爬虫類脳と哺乳類脳に訴えるコツ
爬虫類脳と哺乳類脳に訴えるには、いずれにしても
『短期間での解決策』であることを強調することが大切です。この2つの脳は、短絡的な欲求を求めるからですね。
例えば、次のようなキャッチコピーを使います。
例え
- 「たった2週間で変化が実感できます」
- 「今すぐ解決できます」
人間脳に訴えるには
人間脳に訴えるには、
「成長・成功」のキーワードを利用します。
例えば、問題解決や達成感を強調することで「成長したい」という欲求に訴えることができます。また、新しいことを強調すれば、「新しい知識を手に入れて成功したい」という欲求に訴えることができます。
さらに、効率を強調すれば「失敗したくない」という欲求に訴えることもできます。
人間脳に訴えるコツ
人間脳に訴えるには、
『長期間に渡る解決策』であることを強調します。なぜなら人間脳は、未来的な思考をするからですね。
例えば、次のようなキャッチコピーを使います。
例え
- 「この先行投資が、あなたを一生涯守ってくれます」
- 「一度テクニックが身につけば、この先、路頭に迷う心配がなくなります」
ポール・D・マクリーン博士の『脳の三位一体論』は、進化の過程によって人間の脳には「3つの脳」が同居しているとした仮説です。
シンプルに言えば、人間の脳は
反射的な爬虫類脳と、
情動的な哺乳類脳と、
理性的な人間脳の三層構造で構成されています。
この3つの脳の特徴をまとめると、人間の三大欲求がわかります。
それは、
「生きたい・関わりたい・成長したい」です。
ただし、人間脳の欲求である「成長したい」という願いは、度々、爬虫類脳や哺乳類脳に邪魔をされます。なぜなら、爬虫類脳は変化を嫌う性質を持っていて、爬虫類脳や哺乳類脳の影響力は人間脳よりもはるかに大きいからです。
いかに爬虫類脳と哺乳類脳の影響力を味方につけるか、あるいは無視できるかが、目標達成では大切なんですね。
次の記事では、爬虫類脳や哺乳類脳の影響力がはるかに大きい理由と、目標達成の解決策を解説します。
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