♪わたしゃ夜咲く 酒場の花よ 赤い口紅 綿紗のたもと
ネオン・ライトで 浮かれて踊り さめてさみしい 涙花~
(女給の歌 羽衣歌子 歌)
【世 相】 >流行語・いやじゃありませんか<
昭和4年の秋から吹き始めた不況風で昭和六年には全国で350万人の失業者がいたそうである。
また世上を愁い庶民のなかから「いやじゃありませんか」という言葉が流行している。
これは不況・左翼弾圧・ストライキと共にエロ・グロ・ナンセンスといわれる風潮が盛んだった時代の証とも思われる。やがてこの不景気打開を中国への侵略にもとめたこの年の秋の満州事変勃発の後も続くことになる。
♪いやじゃありませんか軍隊は 金のお椀に竹の箸
仏さまでもあるまいに 一膳めしとは情けなや~
【政治・経済・社会】 >満州事変勃発<
昭和6年9月18日夜10時過ぎ、奉天北方の柳条橋付近で一大爆音とともに満鉄線が破壊された。爆破したのは、関東軍・虎石台独立守備隊所属の中尉で、上司の命により実施したものである。
何分にも満鉄は自国経営の鉄道であり、目的も中国への言いがかりの口実を作るものであり、爆音の勢いほど被害らしい被害はなかったようだ。この機に至ったのは近年この地で双方の小ぜりあいが続発していることと、貧困に対して今の日本における支配層を打倒し「国家改造」を図らねば・・との動きなどがあり、その鉾先を中国に向けたとの感もあるが、その経緯は次ぎにまわす。なお、この出来事が後に中国との15年戦争になろうとは、誰もが予測しがたきことのようだった。
【世情の出来事】
* 少年倶楽部に「のらくろ二等卒」登場。・・・以後、のらくろシリーズは同16年まで続いた。
* 活動写真館における男女別席が廃止となる。・・・従来は場内が暗いので風紀上よくないと、男女別席であった。
* 全国の自動車数9万台を越える。車種は「シボレー」「フォード」が総台数の7割近くを占めている。
* 日本初のトーキー映画「マダムと女房」が封切り。
* 東京市が職業婦人の月収発表
<最高は女医の140円・少ない方は女工見習の16円50銭・平均30円75銭>
【流行歌・映画】
<歌>
「丘を越えて」 ♪丘を越えて行こうよ 真澄の・・・~ 藤山一郎
※この歌とともに藤山一郎の「酒は涙か溜息か」が大ヒットしている。
<映画>
「心の日月」「東京の合唱」「瞼の母」「侍ニッポン」「銀河」
などなど、これより揺れ動く時代へと昭和史は進む。
独断と偏見で綴る「昭和6年」である。
つづく
ネオン・ライトで 浮かれて踊り さめてさみしい 涙花~
(女給の歌 羽衣歌子 歌)
【世 相】 >流行語・いやじゃありませんか<
昭和4年の秋から吹き始めた不況風で昭和六年には全国で350万人の失業者がいたそうである。
また世上を愁い庶民のなかから「いやじゃありませんか」という言葉が流行している。
これは不況・左翼弾圧・ストライキと共にエロ・グロ・ナンセンスといわれる風潮が盛んだった時代の証とも思われる。やがてこの不景気打開を中国への侵略にもとめたこの年の秋の満州事変勃発の後も続くことになる。
♪いやじゃありませんか軍隊は 金のお椀に竹の箸
仏さまでもあるまいに 一膳めしとは情けなや~
【政治・経済・社会】 >満州事変勃発<
昭和6年9月18日夜10時過ぎ、奉天北方の柳条橋付近で一大爆音とともに満鉄線が破壊された。爆破したのは、関東軍・虎石台独立守備隊所属の中尉で、上司の命により実施したものである。
何分にも満鉄は自国経営の鉄道であり、目的も中国への言いがかりの口実を作るものであり、爆音の勢いほど被害らしい被害はなかったようだ。この機に至ったのは近年この地で双方の小ぜりあいが続発していることと、貧困に対して今の日本における支配層を打倒し「国家改造」を図らねば・・との動きなどがあり、その鉾先を中国に向けたとの感もあるが、その経緯は次ぎにまわす。なお、この出来事が後に中国との15年戦争になろうとは、誰もが予測しがたきことのようだった。
【世情の出来事】
* 少年倶楽部に「のらくろ二等卒」登場。・・・以後、のらくろシリーズは同16年まで続いた。
* 活動写真館における男女別席が廃止となる。・・・従来は場内が暗いので風紀上よくないと、男女別席であった。
* 全国の自動車数9万台を越える。車種は「シボレー」「フォード」が総台数の7割近くを占めている。
* 日本初のトーキー映画「マダムと女房」が封切り。
* 東京市が職業婦人の月収発表
<最高は女医の140円・少ない方は女工見習の16円50銭・平均30円75銭>
【流行歌・映画】
<歌>
「丘を越えて」 ♪丘を越えて行こうよ 真澄の・・・~ 藤山一郎
※この歌とともに藤山一郎の「酒は涙か溜息か」が大ヒットしている。
<映画>
「心の日月」「東京の合唱」「瞼の母」「侍ニッポン」「銀河」
などなど、これより揺れ動く時代へと昭和史は進む。
独断と偏見で綴る「昭和6年」である。
つづく

