そんな訳で今日もまた「ハウル」の話です。
伏字にしませんが、ネタバレあります。原作ネタバレもありかな?
昨日書いた記事のコメントで「少女が老婆になったら普通もっと絶望するはずなのに、あっさり受け入れていたのが疑問だった」と書いていただいて、レスした後でふと原作では違ったなあと思い出しました。
原作のソフィーは、諦めてはいるんですが、その裏には「どうして私だけこうなんだろう」という悲しさや、怒りなんかもありました。それが老婆になることでストレートに爆発できるようになって、痛快な部分もあったのですね、原作では。
原作のそんなソフィーはとてもリアルな「女の子」でしたが、逆にそれがなんだか少女漫画めいた印象も与えていたように思いました。少なくとも私には。
映画のソフィーは、それを思い出してみると、原作とはちょっと違いますね。原作よりももっとずっと諦めてしまっています。もっと老婆に近い心と言えるのかも。
その変更がいいのか悪いのかは人のよるのかもしれませんが、私はどうも映画のソフィーが好きみたいです。宮崎アニメのヒロインが好きになるなんて前代未聞なので(汗)認めるのが恥ずかしいのですが・・・(汗)
諦めてしまって、老婆の姿で旅をしているソフィーはいじらしくて、私もカブだったらソフィーのために何かしてあげたくなったでしょう。
湖のほとりで、もしかして生まれて初めてのんびりしていたのかもしれないソフィーの姿を見ているとなんだか悲しい気持ちにもなりました。それでこの2つのシーン好きなのかな・・・
ハウルは、そんなソフィーを救ってあげたかったんだと思いました。
ソフィーの寝顔を見て悲しそうな顔をするハウル、そして花畑で嬉しそうだったのに、ふっと老婆に戻ってしまったソフィーを見てやはり悲しそうな顔をするハウル、この場面も好きなのですが、多分この時私はかなりハウルに共感していたと思います(笑)
ハウルがソフィーを好きになった理由が、原作でもはっきりとはわかりませんが(最初から好きだったとも取れるし、まあ一緒に暮らすうちに好きになったと考えても自然ですが)、映画では「同情」から始まったのかなあなんてことも思いました。
実は、指輪ファンの方には「ええ~!?」といわれそうですが(汗)ソフィーとエオウィンには共通点があるなあと思ったりもしてます。
周囲の状況に縛られて閉塞感を感じていたところに、グリマの闇の言葉や荒地の魔女の魔法で心の暗部に囚われてしまったところが。(と私は解釈しているのですが)
ただ、行動のベクトルは180度違いますけどね・・・(笑)やっぱりエオウィンはすごいです!(笑)
これも指輪ファンの方には顰蹙かいそうですが(汗)エオウィンがファラミアによって本来の自分を取り戻したことと、ソフィーがハウルによって本来の自分を取り戻したことは、やっぱり似ているなあと思ったりもしています。これは好きなものをこじつけて一緒にしたいだけなのかもしれませんが(汗)
んー、色々確認するためにも、やっぱりもう一回観なければ。原作も一度読み直す必要がありそうです。
伏字にしませんが、ネタバレあります。原作ネタバレもありかな?
昨日書いた記事のコメントで「少女が老婆になったら普通もっと絶望するはずなのに、あっさり受け入れていたのが疑問だった」と書いていただいて、レスした後でふと原作では違ったなあと思い出しました。
原作のソフィーは、諦めてはいるんですが、その裏には「どうして私だけこうなんだろう」という悲しさや、怒りなんかもありました。それが老婆になることでストレートに爆発できるようになって、痛快な部分もあったのですね、原作では。
原作のそんなソフィーはとてもリアルな「女の子」でしたが、逆にそれがなんだか少女漫画めいた印象も与えていたように思いました。少なくとも私には。
映画のソフィーは、それを思い出してみると、原作とはちょっと違いますね。原作よりももっとずっと諦めてしまっています。もっと老婆に近い心と言えるのかも。
その変更がいいのか悪いのかは人のよるのかもしれませんが、私はどうも映画のソフィーが好きみたいです。宮崎アニメのヒロインが好きになるなんて前代未聞なので(汗)認めるのが恥ずかしいのですが・・・(汗)
諦めてしまって、老婆の姿で旅をしているソフィーはいじらしくて、私もカブだったらソフィーのために何かしてあげたくなったでしょう。
湖のほとりで、もしかして生まれて初めてのんびりしていたのかもしれないソフィーの姿を見ているとなんだか悲しい気持ちにもなりました。それでこの2つのシーン好きなのかな・・・
ハウルは、そんなソフィーを救ってあげたかったんだと思いました。
ソフィーの寝顔を見て悲しそうな顔をするハウル、そして花畑で嬉しそうだったのに、ふっと老婆に戻ってしまったソフィーを見てやはり悲しそうな顔をするハウル、この場面も好きなのですが、多分この時私はかなりハウルに共感していたと思います(笑)
ハウルがソフィーを好きになった理由が、原作でもはっきりとはわかりませんが(最初から好きだったとも取れるし、まあ一緒に暮らすうちに好きになったと考えても自然ですが)、映画では「同情」から始まったのかなあなんてことも思いました。
実は、指輪ファンの方には「ええ~!?」といわれそうですが(汗)ソフィーとエオウィンには共通点があるなあと思ったりもしてます。
周囲の状況に縛られて閉塞感を感じていたところに、グリマの闇の言葉や荒地の魔女の魔法で心の暗部に囚われてしまったところが。(と私は解釈しているのですが)
ただ、行動のベクトルは180度違いますけどね・・・(笑)やっぱりエオウィンはすごいです!(笑)
これも指輪ファンの方には顰蹙かいそうですが(汗)エオウィンがファラミアによって本来の自分を取り戻したことと、ソフィーがハウルによって本来の自分を取り戻したことは、やっぱり似ているなあと思ったりもしています。これは好きなものをこじつけて一緒にしたいだけなのかもしれませんが(汗)
んー、色々確認するためにも、やっぱりもう一回観なければ。原作も一度読み直す必要がありそうです。