こんばんは、白黒茶々です。
前回と同じ5月24日の話です。プレールさんでモーニングをいただいた後には、実は続きがあって……… そういえば、その日記の最後には、波と狛とともに「暁子の像」との記念撮影をしているのですけど、私たちはそのまたさらに後にも寄り道をしていたのですよ。 タイトルでバレバレですけど、私は彼女らを道連れにして、久しぶりに平坦地ではないお城に挑むことにしました。
「せっかく(浜松市北区の)三ヶ日方面に来たのに、モーニング+暁子さんだけで帰るのはもったいないよね」
とか言いつつ、そのあたりを検索していったら、湖北五山のうちの摩訶耶寺の裏手に、千頭峯城(せんとうがみねじょう)という中世の山城跡があるのを見つけました。 そのお城の名前だけは聞いたことがあるのですけど、訪れたりその歴史に踏み込んだりしたことはありませんでした。今の段階では、波と狛は体力があり余っているので、ちょうどいい運動になりますね。
それに、また新たなお城を攻略できますし。ということで、私はプレールさんに続く目標を、千頭峯城に定めました。
千頭峯城は、摩訶耶寺の境内からも登っていくことができるのですけど、浜名湖の北側の山の稜線を縫うように通っているオレンジロードという道路の千頭峯トンネルの手前に見学者用の駐車場と案内図、さらに登山道が設けられています。
麓に三ヶ日みかんの畑を抱いた標高137mの城山は、私たちが3月に行った高天神城と同じくらいの、手軽に山登りができるレベルです。 いや、私たちの体力よりは、時季的にも山頂に至る道の整備状況のほうが重要かも知れませんね。
駐車場からの登山口は、舗装がされてはいるのですけど、勢いを増し始めた草に覆われつつありました。 それらをかき分けながら、しばらく登っていったら………
少し空間が開けてきました。 道はこちらで合っているみたいですね。
さらにその先に進んでいったら………
私たちの目の前に「井戸曲輪」の案内看板が現れましたよ どうやら、お城の主要部にまで来れたみたいです。お城を感じさせるものが出たところで、改めてその歴史を語らせていただきます。
南北朝時代の14世紀頃、この地方を治めていた井伊道政は南朝につき、後醍醐天皇の皇子の宗良(むねなが)親王を迎え入れていました。 戦の際には三岳城を拠点にしていて、千頭峯城はその支城として位置付け、重臣の奥山朝藤にその城を守らせました。
延元4年(1339年)、北朝の高師兼は大軍を率いて、千頭峯城を攻めました。 奥山朝藤はわずか数百騎の兵力で迎え撃ち、3ヶ月ほど持ちこたえたのですけど、落城してしまいました。
抑えの拠点を失い、井伊方の守りはバタバタと崩れていき、しまいには三岳城までもが北朝勢に攻略されていまいました。
それ以降、千頭峯城は歴史の記述には出ていないのですけど、戦国時代のものと思われる遺構が残っていることから、その後も今川氏や徳川氏が攻防戦の足場として利用していたと思われます。
ちょっとお城の主要部から外れるのですけど、せっかくなので先ほどの案内看板に沿って、井戸曲輪なるところに行ってみましょう それにしても、そこに至る道はワンコ1頭がようやく通れるほどの細くて険しいものとなっていました。
それから間もなくして………
柵に囲まれた古井戸がありましたよ 山の中腹を素掘りしてあって、今では底は埋まっているのですけど、籠城時には貴重な水源となっていたと思われます。
そいつを見終えたら本来のコースに戻って、さらにてっぺんを目指しますよ 急な斜面に落ち葉が積もっていて滑りやすくなるところには、丸太っぽいブロックの階段が設けられていたので、難なく登っていくことができました。
そうしているうちに、「二曲輪(にのくるわ)」に到着。このお城の攻略までもうひと息ってトコでしょうか? そこからさらに登っていったら………
お城の最頂点で中心部となる本曲輪にたどり着きましたよ こちらには広い空間が広がっていて………
一段高くなったところには、千頭峯城の戦没者の慰霊碑と小さな祠がありました。
そうしたらこのお城を踏破したことを記念して、それらをバックにして写真を撮っておきましょう。 山登りなどの番組は、このシーンをもって終わるのですけど、登ってきたからには来た道を戻っていかなければなりません。
とはいっても、私たちはこのお城でまだ見ていないところもあるので、行きとは違う経路で下っていくことにしました。
本曲輪からちょっと急ですけど、南に続く道を降りていったら………
南曲輪に行き着きました。このまま行けば、城山の麓に降りれそうですね。いや、そっちに行ってはいけません よく考えてみたら、そことは違う方角に止めておいた車に戻らなければなりませんでした。
それでも、途中からそちら方面に迂回する山道がありました。 ただし、ちょっと草をかき分けていかざるを得なかったのですけど。最頂点の本曲輪は木々に覆われているおかげで見晴らしが悪く、ここまで来てようやくまわりの山々などを見渡せるようになりました。
そして、ようやく駐車場に到着。 千頭峯城は知名度が低いワリには城跡を感じさせる遺構がよく残っていて、さらに見学者用の案内看板や遊歩道が整備されていることもあって、見応えがありました。
それに険し過ぎず、散策するのには程よい高さでしたし。
………と、ここまではよかったのですけど、よく見てみたら波と狛の毛先にダニがついているではありませんか いや、よく見るまでもなく、かなりの数でしたよ。
やはり「草をかき分けて」のあたりに潜んでいたのでしょうか?今、まさに毛の奥底に潜り込もうとしている彼らを、私は必死になってつまみ取りました。
それからどれくらいの時間が経ったでしょうか?何回も確認したりひっくり返したりして、ようやく彼女らを車に乗せられるようになりました。
山城の跡は、ワンコと一緒に登るのにはいいのですけど、夏場は蚊やダニが発生するので、彼らの活動が抑えられる冬場に挑むことをオススメします。
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