7月18日(日)その2
太平洋側の静狩の海岸は湖のように穏やかです。ここから車を北に向けて日本海側に抜けます。カーナビが出した小樽への最短コース(距離)に従います。黒松内を経由してジャガイモ畑と牧草地を横に見ている間に、1時間ほどで日本海側の寿都湾(寿都町ではない)にでます。驚いたことに、北海道の背骨を超えたのにトンネルを1度も通りませんでした。国道229号線を雷電海岸にそって北上します。初めてのコースなので見るもの、すべて新鮮です。小さな集落と集落の間に、断崖が連続します。それでも、今日の日本海は太平洋側と同様、みずうみの様に静かな装いです。
遠くに泊原発の姿が望めるようになった頃、岩内市街に入ります。かつて国鉄岩内線が通じていた町です。私にとっては時刻表地図名前を知っているだけの町でしたので、勝手に裏さびれた僻地とのイメージを持っていましたが、市を名乗っても良いくらいの広い道路に立派な商店街です。岩内駅の痕跡を探しましたが、見つけられませんでした。 岩内で日本海といったん別れて内陸へコースを変えます。昼飯は共和町で見つけたスープカレーのお店で。これも、北海道名物です。香辛料の刺激が、疲れた身体に効いたような気がします・・・。
国道5号に合流して、小樽市街に入る頃には本格的な雨になりました。今まで、曇りの天気に悪態をついて来ましたが、今まで、よくぞもったなという気持ちになります。
やってきました!<小樽市総合博物館>へ!かつて<小樽交通記念館>と言われていた時代に1度訪問したことがあります。あの時からは、かれこれ10年程の時が経ちました。
北海道ゆかりの車両が50両ほど展示されています。その中には、SLしずか号やキハ82<北海>なのどの有名どころから、セキ6000、ホキ2200などの地味な貨車、郵便車や荷物車といった通好みなものから、ソ(大型クレーンを乗せた事業用貨車)のような珍車?やさまざまな除雪車までバラエティーに富んでいます。 また旅客車両の多くは中に入れます。
キハ82の2人掛けシートは、昔は豪華と感じられたんですが、今となっては時代遅れと感じます。ですが、あの時感じた特急への憧れは、絶大なものでした。洗面所の冷水機に感激!昔の国鉄特急には付いていました。 のども渇いていないのに、独特の四角い紙コップに水を注いで飲んでいた子供時代を思い出します。
今回の、小樽再訪問の一番の目的がこれ!日本銀行所有 現金輸送車マニ30
2004年7月公開となったため、今回初めて真近でウオッチ出来ます。
内部には、現金を詰める専用コンテナが展示されてい
ます。1個に2億円入るとの事です。この荷物室に満載ともなれば数百億円が1度に運べる様です。21世紀を少し超えたあたりまで、札束を積んだ客車が全国を駆け巡っていました。当時は、その運用はもとより、現金輸送車の存在そのものが秘匿されていました。趣味誌に掲載することもできませんでした。車内外に監視カメラが設置されており、積荷がただ者ではない事を暗示しています。セキュリティーのためでしょうか。職員が長時間車内に缶詰になる事を想定してか、付添い人の部屋は、快適な装備となっています。解放式A寝台に準じたベッドやグリーン車タイプの座席が見えます。また客室ガラスは青味がかっていますが、おそらくは防弾ガラスなのでしょう。とは言え、中の人たちも、任務が終わるまでは、緊張の連続でくつろげたかどうか・・・・?
本当は、マニ30を見たら、すぐに立ち去るつもりでしたが、結局5時の閉館時間までいてしまいました。大宮の鉄道博物館の様に、スター車両をそろえた場所ではありませんが、北海道の近代産業史を理解する上でも、また縁の下の力持ちの様な車両を多数展示していることからも、もっと多くの方に訪れてほしい場所です。雨が時折激しく降る中、傘をさしながら広い館内を回るのは、少々苦痛ではありましたが、それでちょっぴり幸福感を味わいました。
細長い館内を往復するSLアイアンホース号。ゲージは914mm。そして石炭ではなく重油を焚いて走ります。とは言え遊園地にあるようなレプリカではなく1909年製アメリカ、ポーター社製で当初は南米グアテマラで活躍していたものが、合衆国のテーマパークに引き取られ、それが閉園になり、そこでスクラップになるかと思われたものが、巡り巡って太平洋を渡って終には、極東の小樽に流れてきたものです。小さな機関車の数奇な運命に思いを馳せます・・・・。
長かった北海道の旅もそろそろおしまいです。今日の予定は、札幌でレンタカーを返却するだけです・・・・。
レンタカーを返却する時にカウンターのお姉さんが、「御旅行はいかがでしたか?」と聞いて来ました。「旅の間じゅう、曇ったと思ったら一瞬晴れて、油断すると雨が降ったりで、天気に祟られました・・・。北海道には梅雨がないと聞いていたんですが・・・。」と正直な感想を伝えます。すると「今の時期、こちらでは蝦夷梅雨と言ってはっきりしない天気が続くんです。もう少し待てば、本当の夏が来るんですが・・・・」と気の毒そうに慰めてもらいました。今回の旅では、本当の夏を楽しむことは出来なかったようです・・・・。またいつかリベンジしたいものです。