甕にいけた白い百合に
夏の残像がある
黒アゲハ蝶と白い百合と朱い花粉は
いまもひときわ鮮やかな心の中の絵
百合の朱い花粉に
叔父の真白いワイシャツが
見え隠れした花の庭が甦る
山麓の村に遠い都会を運んだ叔父は
生まれた家での長逗留を楽しんだが
シャツに花粉をつけた
といつもいつも妻に叱られ そのたび
うんうん と黙って謝っていた毎夏の台詞を
みんな黙って聞いていた
教育の道を歩み子供はないふたりは
退職して十年で 相次いで世を去った
律儀で不器用だった叔父の人生
粋を愛し書画を好んだ思い出多い 懐かしい日々
花々咲きそろう夏の日本列島の
家々は還ってくる人々の想い出に埋まるが
その魂の存在の多くが忘れ去られようとしている
夏蝉はなぜ鳴くのか
蝉はさいはての半島のイタコのように
短い間にたくさんの声を運ぶから
あのようにさざめくように啼くのだろうか
せめてものいのちのにぎわいを
一心不乱に
祝うように 歓喜するように 訴えるように
夏―
青空 熱く広がり 生き物の気配に満ち花の匂いは濃いが
いかんともあの日の夏はすべて
入道雲よりも遠い