韓国が今こんなにも「ウォン安→資本流出」に怯えている理由
「脆弱な通貨」を抱える国の難しさ
高安 雄一 プロフィール
2020年1月9日
昨年夏よりウォン安は改善されたが…
今年年始の為替相場は1ドル1158ウォンから始まった。これは昨年年始の1119ウォンより若干ウォン安のスタートであるが、昨年8月14日には1219ウォンまでウォン安が進んだことを考えれば、韓国政府にとっては安堵できる水準を維持している。
韓国にとってウォン高は、輸出数量や企業収益に悪影響を与えるため歓迎できないが、ウォン安も輸入物価上昇によるインフレを招くだけではなく、韓国からの資本流出を招くため望ましくない。
資本流出はさらなるウォン安を生み出す悪循環となるため、韓国としては何としても避けたい。
1ドル1100ウォン前後で安定的に為替レートが推移することが、韓国経済にとっては理想的であるといえる。
2019年に一時的にウォン安が進んだ理由は、米中貿易摩擦により世界経済の見通しが悲観的になったからである。
米中貿易摩擦の激化は世界経済の減速を招く。
そうなれば韓国経済はダメージを受けることが予想され、リスク回避のため韓国に流れ込んでいた株式や債券などへの投資資金が逆流する。
しかし秋以降、米中貿易摩擦が緩和する方向に動きだしたことなどから、ウォンが持ち直すこととなった。
1997年のアジア通貨危機の際にはウォンが暴落し、韓国はIMFから金融支援を受けることとなった。
また2008年のリーマンショック後のグローバル金融危機の際もウォンが急速に下落し、アメリカからドルの融通を受け窮地を脱した。
前回のウォン急落から今年で12年になるが、ウォンが急激に下落するリスクは払拭されておらず、国際金融市場の環境変化が悪化すれば、いつ発生してもおかしくない状況である。
ウォンが脆弱な2つの理由
韓国の通貨であるウォンが脆弱な理由は大きく2つある。
第一の理由はウォンの取引額が少ないことである。
国際決済銀行(BIS)が昨年公表した統計によると、2019年4月におけるすべての通貨取引額は1日当たりの平均で6.6兆ドル、そのうちウォン取引の割合は2.0%である。
取引割合が一番高い通貨はドルで88.3%、以下、ユーロが32.3%、円が16.8%、ポンドが12.8%、オーストラリアドルが6.8%と続き、ウォンの取引は12位である。
ちなみに、通貨取引には2種類の通貨が絡むため、1つの取引が2つの通貨で計上され、全通貨の取引割合を合計すると200%となる。
取引割合が20位までの通貨について、背景にある経済活動に比べて通貨取引額がどの程度であるかみてみよう。
まず通貨発行国・地域のGDPに対する通貨取引額の比率である。
ウォンは下から5番目の8.1%であり、この比率が10%未満の通貨は、ウォンのほかに、2.0%の元(中国)、3.9%のルピー(インド)、3.8%のレアル(ブラジル)、4.4%のルーブル(ロシア)、9.6%のリラ(トルコ)があるに過ぎない。
なお、米ドルは24.4%、円は24.9%である。
次に通貨発行国の1日当たりの貿易額(2018年のウィークデイ平均基準)に対する通貨取引額の倍数をみると、ウォンは30倍と、元(中国)の17倍よりは大きいものの下から2番目であり、米ドルの371倍、円の199倍より相当程度小さい数値となっている。
ウォンの取引額が少ない理由は、韓国域外でのウォンの取引が制限されているからであり、域外では差益決定先物為替(NDF:Non-Deliverable Forward)取引がなされているだけである。
半導体メモリーや液晶などでは世界でも大きなシェアを持つ韓国も、その通貨は韓国域内で取引されるローカルカレンシーに過ぎない。
いずれにせよ、ウォンの取引額は小さいため、資本の取引に影響を受けやすく、価値も変動しやすい。
急激な資本流出が起こり短期間のうちにウォンが大量に売られた場合、ウォンが急落することとなる。
資本が逃げ出しやすい
第二の理由は韓国の資本取引規制が緩いことである。
韓国では1990年代から資本移動規制を順次緩めてきたが、1997年の通貨危機以降は外国資本を呼び込むために一気に規制を撤廃した。
これにより外国人投資家が積極的な局面では、韓国への資本流入が増える傾向にある。
ただし、この時に流入する資本は、株式、債券、短期の銀行貸付など、いわゆる逃げ足の速い資本の流入が大部分を占める。
このような逃げ足の速い資本は、グローバル金融危機をはじめとした国際金融が不安定となる局面では、急速に韓国から流出する。
韓国にリスクがなくても、外国人投資家は手元の流動性を確保するため、資本移動規制の緩い韓国から資本を引きあげる。
ここで重要な点は、資本の流入は緩やかである反面、資本の流出は急激なことである。
韓国政府の報道によれば、1998年4月から2008年9月までの10年5カ月に2219億ドルが純流入した後、リーマンショック後のグローバル金融危機により、2008年9月から2009年1月までの4カ月間に695億ドルが純流出した。
つまり10年かけて流入した資本の3分の1が、4カ月という短期間で流出している。
このように韓国では、資本流入は比較的緩やかな一方で、資本流出は一気に起こる傾向にあり、資本流出時に急激なウォン安が発生する。
外貨準備は潤沢だが…
外貨準備はあるけれど
急激なウォン安に対して政府が打つ手としては為替介入がある。
中央銀行である韓国銀行が保有する外貨準備高は、2019年末現在で4088億ドルである。
中国の3兆956億ドル、日本の1兆3173億ドル、スイスの8366億ドルには及ばないが、世界で9番目の外貨保有国・地域であり(以上、2019年11月末現在)、IMFが公表している外貨準備の適正水準からしても、韓国は十分な額を保有している。
しかし十分積み増されたはずの外貨準備は急激なウォン安を食い止める決定打にはならないようである。この理由は、外貨準備がドルの現金で持たれているわけではなく、アメリカ国債など主にドル建て債券で持たれていることである。
韓国銀行が保有する外貨資産は2018年末で、有価証券が95%を占めており、内訳は、政府債が42.9%、政府機関債が18.0%、社債が13.7%、資産流動化債が12.8%、株式が7.6%である。
ウォンが急速に下落する際には、外国為替市場で迅速な市場介入、すなわちドル売りウォン買い介入が必要であり、ドルの現金が必要となる。
しかし、大部分の外貨準備は流動性の低い資産で運用されているため、現金化するためには流通市場で売却する必要があり、迅速かつ大量にドルの現金に換えることは容易ではない。
よって市場介入によりウォン安を食い止めるだけのドルの現金を得るまでには、タイムラグが生じてしまい、その間ウォン安が急激に進んでしまう可能性がある。
国際金融市場が危機的に不安定化することは頻繁に起こることではないが、起きた場合はウォンの急落を招き、ひいては韓国経済に深刻なダメージを与える。
韓国で1997年および2008年にウォンが急落したが、再びウォンが急落する可能性はいつでもあることは認識しておく必要があるだろう。
「脆弱な通貨」を抱える国の難しさ
高安 雄一 プロフィール
2020年1月9日
昨年夏よりウォン安は改善されたが…
今年年始の為替相場は1ドル1158ウォンから始まった。これは昨年年始の1119ウォンより若干ウォン安のスタートであるが、昨年8月14日には1219ウォンまでウォン安が進んだことを考えれば、韓国政府にとっては安堵できる水準を維持している。
韓国にとってウォン高は、輸出数量や企業収益に悪影響を与えるため歓迎できないが、ウォン安も輸入物価上昇によるインフレを招くだけではなく、韓国からの資本流出を招くため望ましくない。
資本流出はさらなるウォン安を生み出す悪循環となるため、韓国としては何としても避けたい。
1ドル1100ウォン前後で安定的に為替レートが推移することが、韓国経済にとっては理想的であるといえる。
2019年に一時的にウォン安が進んだ理由は、米中貿易摩擦により世界経済の見通しが悲観的になったからである。
米中貿易摩擦の激化は世界経済の減速を招く。
そうなれば韓国経済はダメージを受けることが予想され、リスク回避のため韓国に流れ込んでいた株式や債券などへの投資資金が逆流する。
しかし秋以降、米中貿易摩擦が緩和する方向に動きだしたことなどから、ウォンが持ち直すこととなった。
1997年のアジア通貨危機の際にはウォンが暴落し、韓国はIMFから金融支援を受けることとなった。
また2008年のリーマンショック後のグローバル金融危機の際もウォンが急速に下落し、アメリカからドルの融通を受け窮地を脱した。
前回のウォン急落から今年で12年になるが、ウォンが急激に下落するリスクは払拭されておらず、国際金融市場の環境変化が悪化すれば、いつ発生してもおかしくない状況である。
ウォンが脆弱な2つの理由
韓国の通貨であるウォンが脆弱な理由は大きく2つある。
第一の理由はウォンの取引額が少ないことである。
国際決済銀行(BIS)が昨年公表した統計によると、2019年4月におけるすべての通貨取引額は1日当たりの平均で6.6兆ドル、そのうちウォン取引の割合は2.0%である。
取引割合が一番高い通貨はドルで88.3%、以下、ユーロが32.3%、円が16.8%、ポンドが12.8%、オーストラリアドルが6.8%と続き、ウォンの取引は12位である。
ちなみに、通貨取引には2種類の通貨が絡むため、1つの取引が2つの通貨で計上され、全通貨の取引割合を合計すると200%となる。
取引割合が20位までの通貨について、背景にある経済活動に比べて通貨取引額がどの程度であるかみてみよう。
まず通貨発行国・地域のGDPに対する通貨取引額の比率である。
ウォンは下から5番目の8.1%であり、この比率が10%未満の通貨は、ウォンのほかに、2.0%の元(中国)、3.9%のルピー(インド)、3.8%のレアル(ブラジル)、4.4%のルーブル(ロシア)、9.6%のリラ(トルコ)があるに過ぎない。
なお、米ドルは24.4%、円は24.9%である。
次に通貨発行国の1日当たりの貿易額(2018年のウィークデイ平均基準)に対する通貨取引額の倍数をみると、ウォンは30倍と、元(中国)の17倍よりは大きいものの下から2番目であり、米ドルの371倍、円の199倍より相当程度小さい数値となっている。
ウォンの取引額が少ない理由は、韓国域外でのウォンの取引が制限されているからであり、域外では差益決定先物為替(NDF:Non-Deliverable Forward)取引がなされているだけである。
半導体メモリーや液晶などでは世界でも大きなシェアを持つ韓国も、その通貨は韓国域内で取引されるローカルカレンシーに過ぎない。
いずれにせよ、ウォンの取引額は小さいため、資本の取引に影響を受けやすく、価値も変動しやすい。
急激な資本流出が起こり短期間のうちにウォンが大量に売られた場合、ウォンが急落することとなる。
資本が逃げ出しやすい
第二の理由は韓国の資本取引規制が緩いことである。
韓国では1990年代から資本移動規制を順次緩めてきたが、1997年の通貨危機以降は外国資本を呼び込むために一気に規制を撤廃した。
これにより外国人投資家が積極的な局面では、韓国への資本流入が増える傾向にある。
ただし、この時に流入する資本は、株式、債券、短期の銀行貸付など、いわゆる逃げ足の速い資本の流入が大部分を占める。
このような逃げ足の速い資本は、グローバル金融危機をはじめとした国際金融が不安定となる局面では、急速に韓国から流出する。
韓国にリスクがなくても、外国人投資家は手元の流動性を確保するため、資本移動規制の緩い韓国から資本を引きあげる。
ここで重要な点は、資本の流入は緩やかである反面、資本の流出は急激なことである。
韓国政府の報道によれば、1998年4月から2008年9月までの10年5カ月に2219億ドルが純流入した後、リーマンショック後のグローバル金融危機により、2008年9月から2009年1月までの4カ月間に695億ドルが純流出した。
つまり10年かけて流入した資本の3分の1が、4カ月という短期間で流出している。
このように韓国では、資本流入は比較的緩やかな一方で、資本流出は一気に起こる傾向にあり、資本流出時に急激なウォン安が発生する。
外貨準備は潤沢だが…
外貨準備はあるけれど
急激なウォン安に対して政府が打つ手としては為替介入がある。
中央銀行である韓国銀行が保有する外貨準備高は、2019年末現在で4088億ドルである。
中国の3兆956億ドル、日本の1兆3173億ドル、スイスの8366億ドルには及ばないが、世界で9番目の外貨保有国・地域であり(以上、2019年11月末現在)、IMFが公表している外貨準備の適正水準からしても、韓国は十分な額を保有している。
しかし十分積み増されたはずの外貨準備は急激なウォン安を食い止める決定打にはならないようである。この理由は、外貨準備がドルの現金で持たれているわけではなく、アメリカ国債など主にドル建て債券で持たれていることである。
韓国銀行が保有する外貨資産は2018年末で、有価証券が95%を占めており、内訳は、政府債が42.9%、政府機関債が18.0%、社債が13.7%、資産流動化債が12.8%、株式が7.6%である。
ウォンが急速に下落する際には、外国為替市場で迅速な市場介入、すなわちドル売りウォン買い介入が必要であり、ドルの現金が必要となる。
しかし、大部分の外貨準備は流動性の低い資産で運用されているため、現金化するためには流通市場で売却する必要があり、迅速かつ大量にドルの現金に換えることは容易ではない。
よって市場介入によりウォン安を食い止めるだけのドルの現金を得るまでには、タイムラグが生じてしまい、その間ウォン安が急激に進んでしまう可能性がある。
国際金融市場が危機的に不安定化することは頻繁に起こることではないが、起きた場合はウォンの急落を招き、ひいては韓国経済に深刻なダメージを与える。
韓国で1997年および2008年にウォンが急落したが、再びウォンが急落する可能性はいつでもあることは認識しておく必要があるだろう。