2023年ロシア経済を待ち受ける残酷物語
1/5(木) 11:01配信
ウクライナ軍によって捕獲された戦車。ロシアでは、供給がままならなくなっているとみられている(ロイター/アフロ)
ロシア中央銀行は、専門家らによる経済予測を集計して発表している。
最新の集計結果によれば、ロシアの経済成長率は、2022年がマイナス2.9%、23年がマイナス2.4%と予測されている。
むろん、経済下落には違いないが、22年春頃には、同年の経済が8~10%落ち込むとの予想もあった。
上掲の数字だけを見れば、意外に傷は浅かったという印象になってしまう。
ウクライナが22年に30%以上のマイナス成長に見舞われていることを思えば、ロシアの「軽症」は一層理不尽に思える。
しかし、今日ロシアが直面しているのは、目先の国内総生産(GDP)のような数字では測りにくい性格の危機である。
そもそも、戦争は政府による巨額の財政支出を伴うので、今のロシアのGDPはその分だけ「かさ増し」された状態なのである。
実態は、統計数値が示す以上に深刻と捉えるべきだろう。
しかも、ロシア経済の残酷物語は、これからが本番だ。
22年は何とか乗り切れても、23年には段々と誤魔化しが効かなくなってくるのではないか。
自動車販売と軍需産業という2つの分野に絞り、ロシア経済が直面している問題を見ていくことにしよう。
残酷その1:まともな車が手に入らない
ロシアでは、2000年代に爆発的なマイカーブームが起き、日本のトヨタや日産を含む多くの外国メーカーがロシアでの工場建設、現地生産に踏み切った。
ピーク時の08年には、新車の販売台数が、300万台近くに達した。
しかし、近年のロシア経済の低成長を背景に、販売は低迷。そして、ウクライナ侵攻が起きた22年には、一気に70万台にまで低下した。
これは前年から実に60%もの縮小となる。
2月の軍事侵攻開始後、欧米日韓という先進諸国のメーカーが相次いで、ロシアでの現地生産、ロシア市場への完成車供給を停止した。
その際に注目すべきは、現時点では必ずしもロシアへの乗用車の輸出そのものは、制裁の対象になっていないことである。
たとえば日本の場合は、600万円を超える高級車の対ロシア輸出は4月5日から禁止されているが、それよりも安い車は輸出できないわけではない。
それでも、レピュテーションリスク、すなわちロシアと商売を続けることで自社のブランドイメージが傷付く恐れがあり、また輸送や送金などが不確実であることから、先進諸国のメーカーは一様にロシアでの販売を取り止めている。
ロシア市場にはもともと、世界50以上の自動車ブランドが展開していたが、現時点で公式的に残っているのは、わずか15程度だという。
欧米日韓のメーカーが新規供給をストップしても、ロシア市場からそれらの車が完全に姿を消したわけではない。
まだ一部在庫が残っているのと、少量ながら並行輸入で入ってくる商品があるからだ。
ちなみに、ロシア政府が並行輸入を積極的に認めていることもあり、22年にはロシア新車販売の10%程度が並行輸入車になった模様である。
ディーラーは、残り少ない在庫の値段を釣り上げている。
その結果、平均販売価格は230万ルーブルとなっており、これはコロナ危機前の19年と比べると50%増である。
今は自動車ローンの金利も高い。
こうしたことからロシアのドライバーたちは、新車の購入を状況が好転するまで延期するか、あるいは中古車に乗り換えている。
欧米日韓勢の撤退により、残された選択肢はロシアの地場ブランド車と、中国ブランド車くらいしかない。
22年に販売された70万台のうち、ロシア・ブランド車が25万台、中国ブランド車が10万台となっている。
露・中ブランドのシェアは月ごとに高まっており、11月には販売された新車の実に86%が露・中ブランドだった。
23年のロシア新車販売は、前年から10~15%程度回復し、80万台程度となるというのが、業界筋の見方である。
しかし、手軽に入手できるのは、機能を削ぎ落したロシア車か、ドライバーが信用していない中国車ばかり。
過去20年ほどで、ロシアの消費者の目はすっかり肥えてしまい、これではなかなか食指は動かない。
侵攻開始後、日本からの対ロシア中古車輸出が、ちょっとしたブームになっているのも、うなずけるというものである。
日本製中古車はロシア国産車よりもコスパが高く、中国ブランドの新車よりも値下がりしにくいわけで、ロシア極東地域を中心に圧倒的な支持を集めている。
残酷その2:戦車が作れない
さて、今後のロシアの戦争継続能力に直接かかわってくるのが、軍需産業の動向だ。残念ながら、その実態は厚いベールで覆われ、うかがい知れない。 ただ、ロシアの軍需産業が、欧米日による制裁圧力にさらされ、思うように稼働できていないことは、まず間違いないところである。
しばしば指摘されるとおり、半導体をほぼ全面的に輸入に依存するロシアにとって、先進国からの輸入が止まった打撃は計り知れない。
実は以前からロシアに半導体を輸出している最大の供給国は中国であり、中国は対ロシア制裁に参加はしていないが、他の国からの供給途絶分を中国が補うのは、質・量ともに不可能である。
ロシアがカザフスタンなどの同盟国を迂回して大量に家電を輸入し、そこから電子部品をむしり取って使っているなどという話もある。
真偽は不明ながら、ロシアがそれだけ追い詰められていることは事実であろう。
ロシアにもマイクロエレクトロニクス工場は存在するが、その生産はやはり外国からのコンポーネント(部品)輸入に依存しており、現在は開店休業状態と伝えられる。足りないのはハイテクだけでなく、ローテクも同じであり、たとえばベアリング不足も軍需産業を苦しめているという。
今日のロシアで戦車を生産できるのは一箇所だけで、スヴェルドロフスク州にある「ウラル鉄道車両工場」のみである。
2月にウクライナ侵攻を開始した直後、ロシア政府は同社に400台の戦車を発注したという。その後、ロシア軍の損耗が激しかったことから、納期の短縮が言い渡された。
ところが、ウラル鉄道車両工場の非力ゆえ、戦車の新規生産は年間250台が精一杯だという(これ以外にも旧モデルの改良や修理も行っている)。生産工程の多くが手作業に頼っている上に、熟練工も不足している。
他方、ロシアの鉄鋼業は低付加価値の商品を輸出用に大量生産することに特化しており、戦闘車両や火砲の生産に必要な高品質の鋼材を供給できないという問題もある。
ロシアには2015年にお披露目された「アルマータ」という新型戦車が存在するが、それなりの国費が投じられたにもかかわらず、アルマータの新生産ラインは完成していない。ウラル鉄道車両工場は依然として、1970年代に登場したT-72の生産に注力している。アルマータもその旧ラインで無理をして少量を生産している状態で、いまだに量産にはこぎ着けていない。 ロシア軍が10月に、1960年代に遡る旧式戦車T-62をウクライナ戦線に投入したことは、驚きを持って受け止められた。それもこれも、新型戦車を戦場に送り込めない苦しさによるものだ。T-62は大量にストックされている上に、一部には「単純なT-62の方が新規動員兵には扱いやすい」とうそぶく声もあるという(以上、軍需産業については主に、2022年11月2日付でノーヴァヤガゼータ・ヨーロッパに掲載されたG.アレクサンドロフの論考を参考にまとめた)。
今のロシアは「供給ショック」
以上、自動車販売と軍需産業という2つの事例を通じて、現在ロシアが直面し、23年にさらに深まるであろう残酷物語を見てきた。 2つの事例には、共通点がある。今のロシアには、需要はあるのに、供給がないのである。欧米日に輸出を止められ、自分では生産できない苦しさ。頼れるものは中国くらいだが、その中国も品質面などで多くを望めない。 さらに言えば、制裁の打撃もさることながら、ロシアの生産部門がもともと抱えていた弱点が、制裁によって露呈したという捉え方の方が正しいだろう。ソ連崩壊から三十余年で、ロシアはすっかり、石油・ガスを中心とした資源を売り、必要なものは外国から買えばいいという国になってしまった。 むろん、プーチン政権も手をこまねいていたわけではなく、資源依存体質からの脱却を図ろうとしたし、特に14年の前回のウクライナ危機以降は、輸入代替の大号令をかけた。しかし、国産化の成果が挙がったのはトマトや乳製品・畜産品程度であり、高度な分野ほど外国への依存度が高い状態のまま、今般の危機を迎えたのである。
服部倫卓