韓国を既得権益まみれにした「貴族労組」をどう倒すか。
年功序列と終身雇用が元凶、日本も注視すべき尹政権の労働改革
勝又壽良
2023年1月12日
韓国社会では、既得権益がはびこっている。これまで、規制改革が行なわれないどころか、既得権益拡大さえ行なわれてきた。その最たる例が、「労働組合」である。経済闘争から遊離した政治闘争を頻繁に行い、国民生活に弊害を及ぼす存在になっているのだ。世論の70%は、こういう労組に批判の目を向けている。
(『 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)
既得権益がはびこる韓国社会、その最たる例は「労働組合」
韓国社会では、既得権益がはびこっている。
これまで、規制改革が行なわれないどころか、既得権益拡大さえ行なわれてきた。
その最たる例が、「労働組合」である。
経済闘争から遊離した政治闘争を頻繁に行い、国民生活に弊害を及ぼす存在になっているのだ。
世論の70%は、こういう労組に批判の目を向けている。
もちろん、労働組合は労働者の権利を守る有力な手段である。
企業に対して、労働者の利益を代表して交渉する法的な地位が与えられている。
その意味で労使関係は、良き緊張関係にあることが望ましく、労使のもたれ合いは忌むべきことであろう。
ただ、労組が違法行為によって企業を脅かす存在であってはならないのだ。
韓国の労働組合は、労使の緊張関係を超えており、あらゆることで企業と対決する道を選んでいる。
それが、政治闘争への一環という位置づけになっているからで、「反企業主義」を前面に打ち出している。
これでは、賃金闘争名目で政治闘争を行なっていると言ってもいい状態だ。
貴族労組員121万人
ここで、最新の韓国の労働組合の状況を見ておきたい。
韓国雇用労働省が22年12月に公表した「2021年全国労働組合組織現況」によると、労働組合組織率は14.2%で前年と変わらない。
つまり、韓国労働者の14%強が労働組合に所属しているだけで、後は未組織労働者という意味である。
全国の労働組合は、上級団体(全国中央組織)に所属している。それぞれの組織は次のような状況だ。
韓国労総:123万8,000人(42.2%)
民主労総:121万3,000人(41.3%)
未加盟(上級団体なし):47万7,000人(16.3%)
民主労総:121万3,000人(41.3%)
未加盟(上級団体なし):47万7,000人(16.3%)
前記の中で、「貴族労組」とされる超戦闘的な労働組合は、「民主労総」である。
組合員121万人で、韓国社会をかき回す存在だ。
民主労総は、文在寅(ムン・ジェイン)政権の保護の下で勢力を伸張した。
民主労総が22年に掲げた目標は、国防予算縮小、米軍撤収、住宅50%の国有化にまでなっている。
政治闘争が前面に出ているのだ。
民主労総は、朴槿惠(パク・クネ)政権を弾劾するきっかけになった「ロウソク・デモ」を繰り広げた原動力である。
それだけに、文政権を生んだという自負心が強く、「何をしても許される」という錯覚を持つに至った。
文政権も、民主労総の不法と暴力を容認して、労働組合が守るべき最小限の社会的責任も問わなかったのである。
現代製鉄唐津(タンジン)製鉄所の不法占拠、現代車蔚山(ウルサン)第4工場労働組合員の全州(チョンジュ)工場労働組合幹部暴行、金浦(キンポ)宅配代理店主を死に追い込んだいじめなど民主労総の不法行為は非常に多い。
文政権や民主労総の執行部は、以上の事態を放置したり、また助長したと批判されている。
法治国家としてあるまじき行為が、労働組合運動の名において行なわれたのだ。
韓国政治が労働組合の暴挙を見過ごしてきたワケ
文政権は、なぜこのような違法行為を見過ごしていたのか。
それは、労組が韓国左派政権の維持に欠かせない支持勢力という認識であるからだ。
左派は、文政権以降も「永久政権」として継続させる長期20年計画を持っていた。
この超長期左派政権の手で、南北融和から南北統一の野心すら示していた。
文政権が、北朝鮮に対してあれだけ融和姿勢を取った理由もここにあった。
民主労総は、政治目標として前記のように国防費縮小・米軍撤退などを掲げている。
これは、文政権が北朝鮮接近と歩調を合わせたものと見られている。文政権にとっても民主労総の存在は、極めて好都合であったのだ。
これでは、民主労総の不法行為に対して取締りができるはずがない。
ただ不思議なのは、韓国警察が捜査に踏み切らなかったことだ。
政府が止めた結果としか考えられないが、韓国司法は政治権力に対して「独立」していないことを端なくも示した。
これが、韓国の前近代性と言える点である。
尹政権が大手術を決断
文政権時代に、民主労総はその過激な行動で多くの批判を浴びた。
現在も続いているのだ。
「貴族労組」とも呼ばれ、大企業と公営企業の労働組合が主力をなしている。
この貴族労組の力を是正して、普通の労働組合のように法を守る存在へ戻すことが、韓国経済に不可欠という共通認識を広げている。
ここに登場したのが、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権である。
尹大統領は、22年5月に行われた初の施政方針演説で、「労働・年金・教育改革」を危機克服のための3大先行課題として挙げた。
尹氏はこれらの課題について、「今推進されなければ、韓国社会の持続可能性を脅かすことになる」とし、「これ以上先送りできない課題になった」と指摘した。
現実は、この認識の通りである。
尹氏が、「労働改革」を具体化させたのは、22年12月に主宰した「非常経済民生会議」である。
ここで、積弊と労働組合の腐敗を清算する必要性を強調した。次のような内容だ。
労組の腐敗も、公職腐敗・企業腐敗とともに清算しなければならない「3大腐敗の1つ」と位置づけ、「厳格に法執行をしなければならない」と話した。
また「労組活動も透明な会計によってのみ、健全に発展できる」として、「労組腐敗」を防ぐための方策として労組の会計監査を挙げた。
この労組腐敗の主たる対象は、民主労総と見られている。
韓国世論評判研究所(KOPRA)が、22年12月に行った世論調査では、年間予算が1,000億ウォン(約104億円)と推定される民主労総の財政について、「会計透明性を強化しなければならない」という主張に対し、70%が「賛成」で「反対」は22%に止まった。
この調査では、尹大統領の労働改革方針が国民に受け入れられたと認められる。
これに対して、左派系メディアは完全な沈黙を続けている。
通常ならば、尹氏の些細なミスも針小棒大に報道するが、なぜか「労組活動が透明な会計によってのみ、健全に発展できる」という大統領発言に沈黙している。
触らぬ神に祟りなしで、敢えて報道しないという感じがする。
反対なら反対で、大論陣を張るべきテーマのはずだ。
問題点は「年功序列賃金制」と「終身雇用制」
貴族労組の真の問題点は、年功序列賃金制と終身雇用制によって、韓国の労働市場が極めて硬直的になっていることだ。
これが、韓国の潜在的な経済成長率を押し下げるだけでなく、個人の老後不安を招いている点にもある。
貴族労組は、年功序列賃金制と終身雇用制を強力に主張し、政策に反映させている。
文政権は、この要請通りに動いてきた。
これでは、転職市場が育たないのだ。
ホワイトカラーが、会社を辞めれば自営業しかないのが現状である。
年功序列賃金制や終身雇用制は、日本が元祖である。
戦後の労働組合攻勢の中で、賃上げ闘争ともに広く普及した。
高度経済成長期は労働力不足で、「労働者囲い込み」という意味が強かった。
高度成長期が終り産業構造の転換期になると、年功序列賃金制や終身雇用制は逆に経済成長の桎梏になったのだ。
今や労働者の意識も変わり「就社意識」が希薄化して、「転職」が当たり前の時代である。企業が人を選ぶのでなく、人が企業を選ぶ時代なのだ。
韓国は、ブルーカラーに有利な年功序列賃金制や終身雇用制を頑強に主張している。
だが、ホワイトカラーには向かない制度である。
産業構造は日々に変化しているなかで、必要とされる人材も変わっていく。
それが、年功序列賃金制や終身雇用制というなかで解決できるはずがないであろう。
結局、韓国では必要な人材を臨機応変に集められず、ビジネスチャンスを逸することになっている。
年功賃金から職務給へ
尹政権の依頼で、「労働改革案」検討した未来労働市場研究会(未来研)が22年12月、職務級制への賃金体制の転換や硬直した週52時間制の柔軟化を主な柱とする勧告案を出した。
少子高齢化や第4次産業革命時代に対応するには、工場時代に合わせた労働関連制度を見直さなければならないという提案である。
終身雇用制と年功賃金制は、廃止するという意味だ。
技術革新時代に合わせた、新しい労働慣行の模索である。
尹大統領が23年元日、新しい賃金体系確立を目指す姿勢を明確にした。
「職務中心、成果給制への転換を推進する企業と、貴族労組、過激労組と妥協して年功序列システムにこだわる企業とでは、政府の支援が差別化されなければならない」と明らかにした。
ここで、「貴族労組、過激労組」と呼んだ相手は、大統領室関係者によれば、民主労総(全国民主労働組合総連盟)である。
民主労総は、大企業と公営企業の労組だ。
政府は、春の賃上げで職務中心、成果給制への転換を推進するようにガイダンスをつくる意向と見える。
韓国大企業は、尹政権から不退転の決意で賃上げ交渉に臨むよう叱咤激励された形だ。
岸田首相も、この調子で企業に対して「3%以上の賃上げをせよ」と迫ることができるかどうか。
韓国は大統領制で、日本の首相より強い権限を持っている。韓国の方が、影響力は強いかも知れない。興味深い比較となろう。
頼みの「半導体産業」に陰り
尹大統領が、強い危機感に基づいて新しい賃金体系を要請している裏には、韓国の設備投資が半導体を除けば、すでに沈滞局面にあるという厳しい事実がある。
半導体は大規模投資ゆえに、他産業の設備投資の落込みをカバーして、実態を曇らせている。それだけに、両者を分けて比較すべきだろう。
半導体を除いた製造業の年間平均設備投資額は、文政権の2017~2020年間で、2016年の84%水準にとどまったのだ。
法人税の引上げや、最低賃金の大幅引き上げによる年功賃金引き上げという「反企業政策」が、こういう結果を生んだと見られる。設備投資が振るわないため、2021年の製造業の供給規模は2016年より1.6%も減少。
逆に、輸入は33.5%も増加することになった。
韓国は、輸出で生きている経済である。
その原動力になる製造業の設備投資が、これだけ落ち込んだのではまさに死活問題になる。
左派政権共通の「反企業主義」が、韓国経済を衰退に追い込む危険因子と言える。
韓国世論は、この事態をおぼろげながらも認識しており、それが先の世論調査結果で、労組の「会計透明性を強化」に70%が賛成した背景であろう。
年金制度破壊の主因に
韓国は、合計特殊出生率が世界最低の「0.81」(2021年)である。
これは、韓国の未来に対する絶望感を表明している。
その1つは、年金制度改革の遅れにある。
これまで、抜本対策が手つかずのまま放置されてきた。
保健福祉省と国会年金改革特別委員会が22年12月、「保険料率を15%(現在は9%)まで漸進的に引き上げれば、基金消尽の時期を最大2073年まで遅らせられる」と見通した程度である。
だが、年金料率引き上げだけでは年金問題は解決できず、国民年金受給の開始年齢の引き上げが不可避である。
現在は、満62歳が年金開始時期である。
これを2033年まで段階的に引き上げ、満65歳まで延長する必要がある、としている。
だが、ここに難問が出てくる。
法的な定年は60歳だが、実際の退職年齢は満49歳といわれている。
なぜ「49歳」なのか。
終身雇用制と年功賃金制によって転職市場が育たないので、いったん会社を辞めると再就職できずに自営業に転じる結果である。
ここでも、終身雇用制と年功賃金制が大きな障害だ。
韓国の経済問題は、多くがここへ帰着していることは間違いない。
尹大統領が、まなじりを決する勢いでこの問題に取り組まざるを得ない背景を理解できるであろう。
韓国経済の弱点は、既得権益だけを求めて譲歩しない韓国社会の硬直性にある。