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『徴用』問題 最終局面 日韓関係の行方

2023-01-24 18:13:18 | 日記
『徴用』問題 最終局面 日韓関係の行方

2023年01月20日 (金)

出石 直  解説委員


「国交正常化以降、最悪」と言われ続けてきた日韓関係が、改善に向けて大きく動いています。

最大の懸案である「徴用」をめぐる問題で韓国政府は、裁判で賠償を命じられた日本企業に代わって政府の傘下にある財団が原告への支払いを行うことで事態の収拾を図る最終案を示しました。

日本政府もこれに一定の理解を示しています。

【解説のポイント】

この時間は、

▽ まず「何が問題になっているのか」おさらいしたうえで、
▽ 「決着に向けた取り組みの現状と課題」について触れ、
▽ 最後に、「これからの日韓関係」はどうあるべきなのか考えていきたいと思います。

【何が問題なのか】

何が問題になっているのか? 


太平洋戦争中、徴用工や女子勤労挺身隊などとして朝鮮半島から動員され日本国内の軍需工場などで働いていた人達が日本企業を相手に起こしていた裁判で、韓国の最高裁は原告側の主張を認め日本企業に賠償を支払うよう命じる判決を言い渡しました。

一方、1965年、日本と韓国が国交を正常化した際に締結された日韓請求権協定には、この問題は「完全かつ最終的に解決され」「いかなる主張もすることができない」と明記されています。

政府間の約束事である請求権協定では「解決済み」、韓国の最高裁は「未解決」と相矛盾する判断が示されたことで、政府間の外交問題に発展してしまったのです。

原告側は日本企業の株式や商標権などの資産を差し押さえてこれを現金に換える手続きを進めています。
これが現金化されてしまえばより深刻な事態を招くことが懸念されていました。

【政府間協議の現状と課題】

事態が大きく動き始めたのは、日本との関係改善を公約に掲げて当選したユン・ソンニョル(尹錫悦)政権が誕生してからです。

去年11月にはカンボジアのプノンペンでおよそ3年ぶりに日韓首脳会談が実現、外交当局間の接触も活発になりました。

外交努力によって早期決着をはかり日韓関係を正常化させることで双方が一致したのです。

弾道ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮の脅威に対抗していくため、日米韓の3か国による連携を強めたいアメリカも関係改善の動きを後押ししました。

韓国政府は、この問題の解決策について幅広い意見を聴きたいとして今月12日に公開討論会を開催、この場で韓国政府の担当者が政府としてとりまとめた最終案を示しました。

それによりますと、日本企業が原告に賠償するのではなく、韓国政府傘下の支援財団が受け皿となって日本企業に代わって原告への賠償を行います。

「併存的債務引受」と呼ばれる方法です。

賠償の支払いに充てる資金は製鉄会社や道路公団などの公共企業から募るとしています。

これは日韓請求権協定で日本から韓国に供与された5億ドルの経済協力資金のほとんどが高速道路や鉄道建設などのインフラ整備に充てられ、元徴用工への支援には十分に向けられなかったためです。

経済協力の恩恵を受けた公共企業が支援財団に寄付を行い、財団が日本企業に代わって原告への支払いを行う。
これが、韓国政府がまとめた最終案の概要です。

裁判で賠償を命じられた日本企業は支払いを免れますし、原告は賠償を受け取ることができます。

日韓請求権協定と韓国最高裁判決との矛盾の解消を目指した苦肉の策と言え、韓国側の関係者からも「不可能な最善より可能な次善の策だ」と評価する声が聞かれます。

日本政府もこの最終案には一定の理解を示しています。
(課題)

しかし何をもって解決とみなすのかという問題もあって、これですんなり決着とはいかないようです。

原告側は賠償には日本の企業も加わるべきだとの立場を崩しておらず、韓国政府が説得を続けています。

国会で多数を占める最大野党のイ・ジェミョン(李在明)代表もユン政権の対日姿勢を「屈辱外交だ」と厳しく批判しています。

韓国政府も、植民地支配に対する謝罪と反省など日本側にも何らかの対応をするよう求めています。

本当にこれで決着となるのか?

日本側はかなり慎重な姿勢です。

8年前の慰安婦問題をめぐる合意が前のムン・ジェイン政権によって事実上反故にされてしまった苦い経験があるからです。

この問題が蒸し返されることがないよう韓国側と詰めの協議を続けています。

相手のある交渉事ですのでまだ先行きが見えないところもありますが、事態が最終局面を迎えていることは間違いありません。

ただ、どんな形の決着になるにせよ、一定の反発が出ることは避けられません。最終的には両国の政治指導者がどこまでリスクを負う覚悟を固められるかにかかっています。

【これからの日韓関係】

最後にこれからの日韓関係です。

「現状認識」と「歴史認識」、私はこの2つの認識に基づいた関係を模索していくべきだと考えます。

今、東アジアを取り巻く安全保障環境はかつてないほど緊迫度を増しています。

その中にあって日本と韓国は自由と民主主義、市場経済といった基本的な価値を共有する重要な隣国どうしです。

新型コロナウイルスの感染拡大の前には、相互に往来した人の数は年間1000万人を超えていました。

協力し合うことによって得られる利益と、いがみ合うことによって失われるものの大きさを考えれば、対立より協力を目指す方がはるかに双方の利益になるはずです。

日本と韓国は、この地域の平和と繁栄を守る重要なパートナーとなりえる存在なのだという現状認識に基づいて、これからの日韓関係を構築していくことが求められているのではないでしょうか。

もうひとつは「歴史認識」です。「当時多数の方々が不幸な状況に陥ったことは否定できないと考えており、戦争という異常な状況下とはいえ、多くの方々に耐えがたい苦しみと悲しみを与えたことは極めて遺憾なことであった」。

これは閣議決定された日本政府の答弁書の一節です。こうした歴史認識を踏まえて歴代の総理大臣も「痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」を重ねて表明してきました。

国と国との約束で「解決した」とは言っても、故郷から遠く離れた地で辛い経験をした当事者にとっては簡単に忘れられるものではないことを、私たちも理解すべきではないでしょうか。

1998年、今から25年前に当時の小渕総理大臣とキム・デジュン(金大中)大統領が署名した共同宣言には「21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップは、両国国民の幅広い参加と不断の努力により、更に高次元のものに発展させることができる」と書かれています。

日韓関係の改善を阻んできた「徴用」をめぐる問題が決着に向け最終局面を迎えている今、私達はその含意をいま一度噛み締めるべきではないでしょうか。

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出石 直  解説委員


元徴用工問題の解決案は日本政府の主張に沿った意外な妙手

2023-01-24 14:56:52 | 日記
元徴用工問題の解決案は日本政府の主張に沿った意外な妙手

2023年01月24日(火)12時30分

徴用工問題の解決に意欲を見せる尹

 
<韓国側が自らの資金で問題への対処を自ら試みているのだから、この形は「元徴用工問題は韓国の国内問題」という日本政府の主張に沿った形になっている>

元徴用工問題が、ようやく動き出した。とはいえ、ずいぶん変わった形である。

これまでの両国間の歴史認識問題をめぐる動きには、明確なパターンがあった。

日韓両国のどちらかが問題を提起し、相手側に解決案を求める。

解決案を作った側は問題を提起した側に了承を求め、有形無形の形で合意が成立する。そしてその後、具体的な措置が行われる、というものである。

しかし、今回は、両国間において外交的な合意が成立しないままに、事態が動き出した。

もちろん、それは両国が外交的努力を行わなかったことを意味しない。

とりわけ韓国の尹錫悦(ユン・ソギョル)政権は発足の直後から、民間企業などが出資する財団が日本企業などの債務を肩代わりする形の解決案を日本側に提示し、その受け入れを求めてきた。

とはいえ、日本側にはこれを受け入れられない理由が存在した。

この解決案を実施するに当たり、韓国側はいくつかの形での協力を求めてきた。

内容は、財団に出資することと、戦時動員への加担を当事者に謝罪することを日本企業に対しても日本政府が促すこと、この解決案そのものに「歓迎の意」を表すること、などであった。

とはいえ、日本側はこの解決案の有効性と、継続性への疑念を払拭できなかった。

日本企業に対する債権を財団が肩代わりするためには、その債権を持つ人々が日本企業などへの債権の行使を断念することが前提となる。

しかし、現実には多くの原告が依然として、日本企業から直接、慰謝料や謝罪を受けることを希望しており、どれくらいの人がこれを受け入れるかは不透明である。

加えて、慰安婦合意によりつくられた財団が文在寅(ムン・ジェイン)政権期に解散させられたように、今回の解決案が、次期政権以降に維持されるかも確かではない。

仮にこれに応じて裏切られれば、協力した日本政府に対して国内から批判が向けられる可能性がある。

慰安婦合意を結んだ当時の外相として、当事者でもある岸田首相としては、同じ事態が繰り返されることは絶対に避けたいのが当然である。

こうして、日本側が協力の意思を明確にしないまま、「しびれを切らした形」になった韓国側が自らの側の民間企業の資金だけで財団を動かし、当事者などとの協議を開始して現在に至っている。

しかし、実はこの状況はそれ自体が、意外に上手な「落としどころ」である可能性がある。

韓国側が自らの資金で問題への対処を自ら試みているのだから、この形は「元徴用工問題は韓国の国内問題」という日本政府の主張に沿った形になっている。

財団に資金を出すのは、主として1965年の日韓請求権協定により得られた日本からの資金の恩恵を受けた企業である。

例えばその代表格であるポスコの営業利益は、2021年には9兆2000億ウォン(約9600億円)にも達している。

世界的大企業である彼らにとって、この解決案への協力により「植民地支配の被害者が受けるべき資金を横取りした企業」という韓国国内の汚名を返上できるなら、財団が必要とする数百億ウォンと目される金額は、決して大きなものではないはずである。

だとすれば、まずは韓国政府が自らの側で一歩を踏み出し、日本政府がこれを見守るのは、決して悪い方法ではない。

韓国側が成功すればそれでよし、そのときには日本側は素直に歓迎し、協力すればいい。

逆に失敗すれば、韓国側がもう一度案を練り直し、日本側と協議することになるだろう。

そしてそれを両国が冷静に行えるなら、そのとき、われわれは初めて「歴史認識問題への向き合い方」を学んだことになるのかもしれない。

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。