4月2日(水)
今日も暖かくて絶好の花見日和。
しかし、明日からはお天気も崩れて雨が降るんだとか。
週末はどうなるんでしょうかね。
このまま天気が崩れたままとしたら、花見もへったくれもないうちに終わっちゃうのかね。
まあ、お天道様には逆らえないもんね、しかたないか。
今日は南米チリ沖の大地震の話題で大騒ぎでしたね。
午後から深夜にかけてのTVでは、ずっとその話題でもちきりです。
我が国にも津波がやってくるというし、地震と津波という恐怖は、世界的に今では最も信憑性のある切迫した問題意識なのでしょう。
言うまでもなく、3年前の東日本大震災の影響もあるでしょう。
しかし、津波の被害というのは、かつて世界的にはあちこちで起こっていて、数年前にチリでも大きな被害があったことを報じていた。
そうか、そういえばそんな報道を目にしたなと思い出しました。
その原因が、被害の想定を誤って津波警報を解除した後に大津波に襲われて、避難先から家に戻った住民たちが波に飲み込まれたという。
TVニュースによると、ニッポンへの津波到達時間は深夜の2時とか3時という。
波の大きさは1m程度とのことですが、沿岸沿いの住民には嫌なニュースであることに間違いはない。
わが国でも、今後「南海トラフ地震」などの到来が、かなりの確率で予測されることを相当以前から話題になっております。
国民はそれらの話題を受け止め、自分たちなりに心の準備をしているはずです。
しかし、例えば海岸沿いに家を構え、海産物で生計を立て、そこで長い歴史を積み重ねてきた人たちが、いつ来るかわからない地震や津波のためにどんな準備ができるのだろうと、やっぱり思ってしまう。
自分の妹が、ある港町の船着き場のすぐ目の前に住んでいる。
目の前に海があるわけで、逆に言うと、逃げられるような高台はどこを向いても見当たらないのである。
「地震?来たら覚悟するしかないよね」と自嘲気味に笑うのだけれど、わりと3年前の地震と津波で亡くなった多くの方々も、そんな覚悟で暮らしていたのかもしれないと思う。
命はそんな簡単に諦めちゃいけないものなのですが、こんなことを言うだけというのは逆に無責任かとも思う。
今日も暖かくて絶好の花見日和。
しかし、明日からはお天気も崩れて雨が降るんだとか。
週末はどうなるんでしょうかね。
このまま天気が崩れたままとしたら、花見もへったくれもないうちに終わっちゃうのかね。
まあ、お天道様には逆らえないもんね、しかたないか。
今日は南米チリ沖の大地震の話題で大騒ぎでしたね。
午後から深夜にかけてのTVでは、ずっとその話題でもちきりです。
我が国にも津波がやってくるというし、地震と津波という恐怖は、世界的に今では最も信憑性のある切迫した問題意識なのでしょう。
言うまでもなく、3年前の東日本大震災の影響もあるでしょう。
しかし、津波の被害というのは、かつて世界的にはあちこちで起こっていて、数年前にチリでも大きな被害があったことを報じていた。
そうか、そういえばそんな報道を目にしたなと思い出しました。
その原因が、被害の想定を誤って津波警報を解除した後に大津波に襲われて、避難先から家に戻った住民たちが波に飲み込まれたという。
TVニュースによると、ニッポンへの津波到達時間は深夜の2時とか3時という。
波の大きさは1m程度とのことですが、沿岸沿いの住民には嫌なニュースであることに間違いはない。
わが国でも、今後「南海トラフ地震」などの到来が、かなりの確率で予測されることを相当以前から話題になっております。
国民はそれらの話題を受け止め、自分たちなりに心の準備をしているはずです。
しかし、例えば海岸沿いに家を構え、海産物で生計を立て、そこで長い歴史を積み重ねてきた人たちが、いつ来るかわからない地震や津波のためにどんな準備ができるのだろうと、やっぱり思ってしまう。
自分の妹が、ある港町の船着き場のすぐ目の前に住んでいる。
目の前に海があるわけで、逆に言うと、逃げられるような高台はどこを向いても見当たらないのである。
「地震?来たら覚悟するしかないよね」と自嘲気味に笑うのだけれど、わりと3年前の地震と津波で亡くなった多くの方々も、そんな覚悟で暮らしていたのかもしれないと思う。
命はそんな簡単に諦めちゃいけないものなのですが、こんなことを言うだけというのは逆に無責任かとも思う。