『晴れた日には・・・』

日々の雑感を綴ります。

泣いたり笑ったり・・・・(復活、その2)

2016年06月21日 | 介護
母が通う
小規模多機能型居宅介護施設は
6月1日の開所でした。


新しくできた施設で
それに合わせて利用者を募集していたので
母は運よく、そこに入れてもらうことができました。


利用開始の二日前、
5月30日に退院し、
その日と次の日は、
仕事を休み、母の相手をして
様子を見ることにしました。

確かに歩行はおぼつかなく
歩行器につかまって歩く後ろから付き添い
時々「カクン」と膝が折れそうになるのを
ズボンの後ろをもって防ぐ、という補助が
歩行の際には必要でした。


母の部屋からトイレまで約7m
昼間のトイレの回数は
9回~11回(確かに多い)
(これでは看護婦さんも堪らないから排尿制限されるわけだ!)
夜の回数まで入れれば
14回~16回
往復14m×14回=196m
または、往復14m×16回=224m

食事に来るときの歩行も入れれば
一日およそ200m~250m歩いていることになり
これは、立派なリハビリになりました。


たった二日でしたが、
母の歩行は確実に安定してきました。

6月1日に、施設の職員が迎えに来たとき
自分の部屋から歩いてきた母の歩行の様子を見て
車いすを使うため、スロープの準備をしようとした私に
「いいえ、歩きましょう!」と言ってくださいました。

そうはいっても、
玄関には段差があります。
車に行くまでも、3段ほどの石段と
8個の敷石があるのです。

それでも、「歩きましょう!」と言ってくださいました。

そして、二人で母の両脇を抱えようやく車に乗せました。


あれからもう3週間が過ぎました。


母の歩行は、ゆっくりですが
自分で確かな足取りで歩くことができています。
もう、私がいつもそばについていなくても
自分でトイレに行き、
自分で部屋に戻ることができています。


母の生きる力もすごい、と思いますが
人間は、いくつになっても
訓練をすれば復活するのだということを
母を見ていて思います。

退院した当初、あちこちを痛がりました。
でも、それは病気なのではなく「筋肉痛」なのです。
90歳を超えても
筋肉痛になる母の体は
本当にすごい!と思いました。

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育てられ方、育ち方

2016年06月21日 | 仕事
仲間と一緒に仕事をするとき、
周りのみんなが忙しそうになにかをしていたら、
自分のやりたいことがあったとしても、
それは後回しにして、
みんながやっている仕事を今は一緒にやろう、手伝おう、とするのが
「当たり前」だと思っていた。
まして、それが
明日の準備だとするのなら。


目の前にある「自分個人のこと」と、
みんながやっている「全体の仕事」とを比べたら
当然、「全体の仕事」を一緒にやる方が大切だし、
なにより、
チームの和が保てるではないか。


そうした「気づき」は、
成長するにつれ、
いろいろな経験を積むにつれ
育ってくるものと思っていたのだけれど・・・・・


決して、
自分だけ楽をしようとか、ずるをしようとか
思っているのではない。
ただ、気づかないだけ・・・・・
周りに目がいかず、気持ちがいかず
自分のことしか見えなくなっているだけ・・・・・

人は、
その育てられかたで
「気づき」の感性が培われるのかもしれない。

お手伝いを頻繁にさせたり、
親自身が示してあげたり、
自発的な行いを誉めてあげたり、
一緒に暮らし、行動する中で
親が、
「気づき」の場面を「気づかせてあげる」ことがあったかどうか・・・


そんなふうに
育てられてこなかった若者が
増えてきているのだろうか・・・・





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