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かわたれどきの頁繰り

読書の時間はたいてい明け方の3時から6時頃。読んだ本の印象メモ、展覧会の記憶、など。

【メモ―フクシマ以後】 原発・原爆についての言表をめぐって(61)

2025年04月14日 | 脱原発

2018年3月30日

 金デモでは、デモをしながら通行人に呼びかけるアピール文をいくつか用意している。今日のアピール文の一つに次のような文言があった。

東北電力は、今年中にも女川原発2号機の再稼働を行う計画でしたが、3月29日の記者会見で、延期を表明しました。その理由として、「設備の安全対策に時間がかかっている」としています。東北電力は、安全対策や使用済燃料の処理に莫大な費用のかかる原発よりも、今こそ再生エネルギーの拡大にシフトするべきです。そのために送電網を空けるべきです!

 女川原発2号機の安全対策工事の完了を2018年後半とし、その時期の再稼働を目論んでいた東北電力は、規制委員会の審査が進むにつれて新たな安全工事が必要になって、その完了時期を先延ばしするというニュースがあったのだ(3月30日付け河北新報ONLINEN NEWS)​。
 東電1F事故後に作られた原子力規制委員会の新規制基準というのは、もともと多少の改善で審査を通るようにでっち上げたものとしか思えない代物で、安倍自公政権が「世界最高水準の安全基準」と広言しているが、世界基準には到底及ばない「世界最低の安全基準」であることはつとに指摘されている。
 それにもかかわらず、最低の安全対策工事も十分に進んでいないうえに、その資金繰りを考えれば、明らかに原発は負の経済遺産でしかない。それを証明するように、四国電力は、安全対策工事をやったうえでの再稼働では経済的に採算が取れないとして伊方原発2号炉を廃炉にすると決断した​(3月26日付け朝日新聞デジタル)​。これについては、国策として国に押し付けられている「国策」原発事業に電力会社は嫌気がさしていて、これを契機に「廃炉ラッシュ」が始まるのではないかという興味深い解説記事も出ている(3月30日付け M&A online)。
 また、3月23日に再稼働した玄海原発3号機は、再稼働から一週間もたたないうちに、2次冷却水系配管から蒸気漏れを起こし、急遽出力を下げるとともに電力の発送電も中止すると発表した(3月31日付け東京新聞電子版)。再稼働原発はこのような事故にしょっちゅう見舞われていて、これもまた原発の反経済性を押し上げている。
 原発の再稼働、原発事業への執着は日本経財の破綻を加速するだけだろう。じつは、政府もそのことをよく知っているらしく、通産省は再生可能エネルギーを主力電源とするべく基本政策を見直すというのだ(3月26日付け日本経済新聞電子版)。現段階では、どうも世界の動向に合わせたポーズ程度のささやかな「見直し」に終わりそうなのだが、「再生可能エネルギーを主力とする」という文言が通産省から発せられただけでもいくぶんかの価値はあろう。
 東海第二原発(日本原子力発電)の最稼働や運転延長に際して、これまでの立地自治体である東海村にくわえて、水戸市や日立市など周辺5市町の事前了承を必要とするという安全協定が結ばれたというニュース(3月30日付け朝日新聞デジタル)もあった。
 女川原発であれ、玄海原発であれ、事前了承を必要とする自治体は立地市町に限られているのだが、このように周辺自治体に拡大した例は初めてである。こうした動きが拡大することが望まれるが、じつはこの5自治体は東海第2原発の再稼働に対する態度を明らかにしていない。茨木県知事も含めて事前了承が得られると見越しての安全協定という恐れもある。いずれにせよ、どの原発においても、せめてUPZ圏内の周辺自治体と安全協定が結ばれるようになるかどうかは、自治体そのものも含めた今後の運動次第ということだろう。
 その日本原電は、東海第二原発の安全対策工事に1740億円ほど必要としている(ここでも経済性を無視した原発事業が推し進められている)。その日本原電に東京電力が経済支援するのだという(3月31日付け朝日新聞デジタル)。経済支援する当の東電は、福島事故の後、国から8兆円に及ぶ借金をしていて、実質的な破産(国有化)企業なのに、ほかの原発に金を出すという判断をするというのが理解できない。長く国策事業として保護されてきて、正常な経営感覚、経営倫理というものが壊滅してしまったとしか思えない。
 アッキード疑獄のニュースに埋もれるようだったが、原発をめぐるニュースもそれなりに報道されていたのである。新聞を読まないらしいどっかの財務大臣は、マスコミは森友問題ばかり報道していると言って顰蹙を買っていたが、まったくそんなことはないのである。漢字が読めない財務大臣がフリガナのない新聞を読むというのはたいへん苦痛だろうが、同情はしない。



2018年4月6日

 先週のブログでふれた玄海原発3号機の蒸気漏れ事故の続報が出ている。事故は、2次系配管の「脱気器空気抜き管」と呼ばれる部分が腐食して穴が開いてしまったことによる(4月5日付け佐賀新聞)。
 この配管系は、1994年の運転開始から使っていたもので、2007年の検査では耐用年数を47年と評価していたのだが、11年でボロボロになっていたということだ。しかも、再稼働を始める前には点検しておらず、規制委員会による書類審査や再稼働直前の検査でもスルーされていたのだ。
 4月2日には、九州電力の入社式があって、九州電力の社長は「再稼動については6~7年止めているので、何があるか分からないと言っていたのが現実になってしまって、非常に残念です」と話したという(4月2日付けTBS NEWS)。
 事態は深刻である。いや、原発は深刻な事態を生み出すべく作られ、運転されてきたというべきである。
 第1に、原発に使われる材料の耐用強度の評価がじつにいい加減になされているということである。しかも、原子炉用鋼材の組成が規格通りでないことが見つかった時に、同じ鋼材を使ったフランスでは原子炉を止めて点検したが、日本では規制委員会が電力会社の申告だけで安全を認めたという事実は、日本のシステムはもともとのいい加減な材料評価を正すことすら放棄しているということを意味している。
 第2に、長期間運転が止められていて再稼働すると「何があるか分からない」ことを自覚しているにもかかわらず、玄海原発3号機の再稼働を申請し、じっさいに再稼働してしまったのである。明らかに確信犯である。「想定外」などということは絶対にないのである。
 第3に、こうした事故を防ぐことに対して原子力規制委員会はまったく無力であることだ。いい加減な評価をいい加減だと見抜く専門的力量がないのか、いい加減でも審査を通すという政治的判断だけで動いているのかわからないが、信頼するに値しないということだけは確かだ。
 他の再稼働原発の実態は、長期間休止後の再稼働という点では事情はまったく同じはずだ。これも九州電力だが、4月5日に川内原発1号機で、核燃料棒の被覆管に穴が開いて放射性ヨウ素が1次冷却水に漏れ出したという事故があった(4月5日付け毎日新聞電子版)。これもまた、原子炉に使われている材料強度に問題があったために発生した事故だ。これからも、原子炉材料の強度評価がいい加減だったことが推定できる。
 そして、原子炉材料の経年劣化でもっとも恐れるべきは、中性子照射による圧力容器の脆性破壊である。高エネルギーの中性子は結晶格子上の原子をはじき出し、はじき出された原子は拡散して、結晶粒界などに偏析する。これによって鋼材は脆化する(脆くなる)のだが、原発の運転や休止での温度の急激な上下が破壊を加速することが危惧されている。
 圧力容器の損傷は最悪の事態につながる。材料評価のいい加減さが原因の事故が相次いでいることを最悪事故の重大な予兆と捉えて真剣に対処するのが、ほんとうの意味での科学的態度のはずである。残念ながら、そうした事実を隠蔽、改竄するのがここ5、6年の(つまり、安倍政権下の)日本の政治文化状況なので、私たちが声を上げ続けるしかないのだ。

 

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