かわたれどきの頁繰り

読書の時間はたいてい明け方の3時から6時頃。読んだ本の印象メモ、展覧会の記憶、など。

『オルソン・ハウスの物語 アンドリュー・ワイエス展』 宮城県美術館

2012年07月10日 | 展覧会

 私は、人生の初期、小学生の頃に「歌を歌う」ことと同じように「絵を描く」という行ないを諦めてしまったが、もしそうでなかったら、生まれ育った農村の風景、農家や納屋、畑や田んぼ、背後の里山などを素直に描いていたのではないか。ワイエス展を観て、最初に思ったことはそういうことだった。

           
                  『アンドリュー・ワイエス展』のチラシ。

 「絵を描く」という人間の行いの一次的現出としては、このような絵ではなかろうか。「絵を描くということはこういうことだなぁ」とごく自然に感じたのである。一次的には、ひとは身の回りを画題とするのではないか。風景の中の農家(オルソン・ハウス)、その納屋の中の小さな卵計量器、全景から細部まですべて画題になる。

 ワイエスは「オルソン・ハウス」という農家、周りの農地、農耕用の牛や馬を画題として見出したばかりでなく、そこに暮らすクリスティーナとアルヴァロというオルソン姉弟の人生をも画題として発見したのである。会場の展示を見ていくと、そういう事情がしだいに明確になってくる。 

  
  《小舟にペンキを塗るアルヴァロ》1947年、水彩・紙、55.8×76.1cm、丸森芸術の森 [1]。

 私の目を引いたひとつは《小舟にペンキを塗るアルヴァロ》である。リアリティの高い風景画なのに、なにか幻想的な奇妙な感じを受けたのだ。たぶん暗い大地で輝くように浮かび上がる小舟の白、本来は明るいモノトーンのオルソン・ハウスの壁に乱暴に塗られた影、それは黒い霧のようにすら見える。それらが、幻想のような効果を生み出しているのだと思う。

 《小舟にペンキを塗るアルヴァロ》の隣に掛けられていた《干し草をかき集めるアルヴァロ》も印象的であった。海岸近くの農地に吹く強い風を感じさせる絵である。馬のたてがみや尾、荷車に積まれた干し草が風に煽られている。この地の農業は厳しいのではないか、などと想像したりしたのである。

  
  《干し草をかき集めるアルヴァロ》1947年、水彩・紙、55.1×75.6cm、丸森芸術の森 [2]。 

  
   《クリスティーナの世界》習作、1948年、〔左〕水彩、ドライブラッシュ・紙、37.9×54.4cm部分[3]、
             〔右〕鉛筆・紙、41.7×55.5cm部分[4]、丸森芸術の森。

 この展覧会は、丸沼芸術の森所蔵品の水彩と素描作品の展示で、その中にはたくさんの「習作」が含まれている。とくに《クリスティーナの世界》の習作は9点も展示されている。 クリスティーナは生まれついての病気で四肢に機能障害を持ち、弟のアルヴァロの世話を受けて暮らしている。
 そのクリスティーナの「世界」をどんなふうに描くのか、次、その次の習作へと移りながらしだいに興味が高まっていくのであった。横座りに座るクリスティーナの後ろ姿の習作が数点、体を支える右手だけの習作、沼か入り江を描いたような習作、そして遠くにオルソン・ハウスが見える草地(農地?)に座る(あるいは四肢が不自由なため、這っている)クリスティーナの姿の習作は全体の構図を偲ばせる。
 つまり、《クリスティーナの世界》は、まずクリスティーナが生まれて育ったオルソン家の具象としての全て(農地と家の全景)に、その地を這うように生きるクリスティーナの人生の象徴的表象が加えられるのだろう。
 これだけの習作を見せられ、想像力がかきたてられているというのに、《クリスティーナの世界》の完成画の実物が見られないのは本当に残念なことである(画集に小さな挿入写真があるが [6])。 

  
   《クリスティーナの世界》習作、1948年、鉛筆・紙、35.4×50.5cm部分、丸森芸術の森 [5]。

 展示を進んで行くと、馬が死に、牛は売られて、ガランとした納屋を歩く猫の絵があったり、最後には、《オルソン家の終焉》と題された絵の習作が3点展示されて終わる。つまり、アルヴァロ、クリスティーナと相次いで亡くなって「オルソン・ハウス」は住人のいない空屋となる。

 文字通り、「オルソン・ハウスの物語」は終焉となるのである。
 

[1] 『アンドリュー・ワイエス オルソン・ハウス』高橋秀次監修(丸沼芸術の森、2009年) p. 48。
[2] 同上、p. 50。
[3] 同上、p. 67。
[4] 同上、p. 65。
[5] 同上、p. 64。
[6] 同上、p. 16。

 

 

 

 

 



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