退職女のアメリカ便り

オーストラリアンシェパード、ジュンタのマミーのアメリカ、セントルイス生活

#289:ボッチ飯

2014-06-06 23:08:22 | アメリカ便り
今朝のネットの記事に “ボッチ飯” と言う聞きなれない言葉が載っていました。
学食、レストラン、教室等で一人で食事をすることだそうです。
他に“トイレ飯”とかと言うのもあって、これは名前のとおり、便器に座って一人食事をすることだそうです(そこまでするぐらいだったら、食べないほうがましの気がしますが)。

ある有名大学がこういった一人ぼっちの学生のために、一人で気兼ねなく食べれるようについ立のあるテーブルを用意したそうです。
私にとって、これは “秋入学” と同じぐらい的を外れたばかげたアイディアだと思います。
異常過保護の親と変わりないことを学校がしているのです。

最近では学校で何を教えているのかしらと疑問です。
学校が “良いんだよ、一人で携帯相手にして時間をすごしても。誰ともかかわりを持たなくて人生を送っても良いんだよ” と教えているようなもんじゃないですか。
この社会、他人とかかわりを持たずに暮らしていけるなんてことありえません。
それなのに反対のことを促すような行動を学校側がするなんて信じられません。

アメリカ福祉が得意とするところの “魚がほしい人に、釣竿よりも魚をあげる” 的政策です。
つまり、学校で他人との協調性を教えるよりも、強調しないでもすむ方法をとっているみたいなもんです。 
ボッチ飯はボッチ飯で良いと思います。

つい立を必要とするような “ボッチ飯” をする子に一言、“こせこせ食うな、そして食うときには食え”。
あえて言うなら、“食うときには携帯するな、仲間と一緒に楽しく食え”。
仲間がいないんだったら、“ボッチ飯同士仲間を作れ”。

人間一人では暮らせません。
その “一人” を学校が、たとえつい立一つでも助長するようなことをしてはいけません。

今日はなんとなく年寄りの独りよがり的になりました。

ハブグレジュンタのマミー