富山大学の前川清人先生が講演された「社会性昆虫の多様な形をどう作るかーシロアリのカースト分化」を聴講した機会に、シロアリ社会の進化と遺伝学について、ブログ記事として纏めておくことにした。
シロアリ社会は、繁殖に関与する王と女王のほかに、翅アリ(オス・メス)、兵隊およびワーカーから構成される。翅アリは、生殖に関与できるので、生殖カーストと呼ばれる。兵隊とワーカーは、生殖に関与しないので、不妊カーストと呼ばれる。
ドーキンスの著書によると、王と女王のペアがつくった卵からカースト分化したシロアリが生じるが、ペアの一方が死ぬと、同じコロニーの翅アリが翅を落として後を継ぐ場合が多いので、同系交配の傾向が強い。王・女王の予備軍である翅アリ間の競合を避けるために、翅アリが飛翔して別のコロニーの王または女王になる場合もあるが、その後同系交配と異系交配が入り乱れることになり、多くのコロニーに亘ってシロアリの遺伝情報は同じものに統一されていく。
繁殖相手を求める個体が生まれたコロニーを去って別のコロニーに移ることを一般に「移動分散」と言うが、より多くの子孫を残すためには移動分散が有利なことを数理で確認しておこう。
各コロニーには平均してS匹の翅アリが生まれるとし、そのうち平均して割合Qで翅アリが移動するものとする。翅アリが移動中に天敵に食われるなどして死亡する可能性があるので、個体が移動中に死ぬ確率をCとする。そうすると、各コロニーには、平均的に生来の個体数S(1-Q)と外来の個体数SQ(1-C)を合計した
F=S(1-Q)+SQ(1-C)=S(1-QC)
だけの翅アリが存在することになる。そうすると、Qが0でなくCが0でない場合には、Fは移動分散しない場合のSより小さくなり、繁殖の競合相手の翅アリが減るとともに、移動する翅アリにとっても繁殖のチャンスが増える可能性があるので、移動分散が有利なことが分かる。
シロアリ社会の遺伝情報(ゲノム)が同じになると、いわゆる「進化の平衡状態」となって、シロアリにローカルな突然変異が生じても自然淘汰によって切り捨てられ、カースト構造の崩壊のような革命的な変化は生じないと考えられる。現にシロアリ社会が1億5千万年もの長い間続いてきたゆえんである。
それでは、同じゲノムをもったシロアリの卵からどのようにして翅アリ、兵隊およびワーカーの各カーストが分化するのか。前川先生の説明によれば、ゲノム中の遺伝子を発現させるか否か調節する作用により、カースト分化を行い、各カーストの形を作るということである。この調節機能により、環境要因を検知し、環境に適した生物の形や性質を決めているとの説明である。先生は、湿度が高くなってきたことを検知して、翅アリを出す時期を予想し、卵が翅アリにする遺伝子を発現させて翅アリを作る例を挙げておられた。また、他の例として、兵隊の多いコロニーでは新しい兵隊は不要なので、兵隊になる遺伝子を発現させないように調節している。
参考文献
リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」(紀伊国屋書店)
入谷亮介「数理の窓から世界を読みとくー第3章: 数理で読みとく生物進化」(岩波ジュニア新書)
シロアリ社会は、繁殖に関与する王と女王のほかに、翅アリ(オス・メス)、兵隊およびワーカーから構成される。翅アリは、生殖に関与できるので、生殖カーストと呼ばれる。兵隊とワーカーは、生殖に関与しないので、不妊カーストと呼ばれる。
ドーキンスの著書によると、王と女王のペアがつくった卵からカースト分化したシロアリが生じるが、ペアの一方が死ぬと、同じコロニーの翅アリが翅を落として後を継ぐ場合が多いので、同系交配の傾向が強い。王・女王の予備軍である翅アリ間の競合を避けるために、翅アリが飛翔して別のコロニーの王または女王になる場合もあるが、その後同系交配と異系交配が入り乱れることになり、多くのコロニーに亘ってシロアリの遺伝情報は同じものに統一されていく。
繁殖相手を求める個体が生まれたコロニーを去って別のコロニーに移ることを一般に「移動分散」と言うが、より多くの子孫を残すためには移動分散が有利なことを数理で確認しておこう。
各コロニーには平均してS匹の翅アリが生まれるとし、そのうち平均して割合Qで翅アリが移動するものとする。翅アリが移動中に天敵に食われるなどして死亡する可能性があるので、個体が移動中に死ぬ確率をCとする。そうすると、各コロニーには、平均的に生来の個体数S(1-Q)と外来の個体数SQ(1-C)を合計した
F=S(1-Q)+SQ(1-C)=S(1-QC)
だけの翅アリが存在することになる。そうすると、Qが0でなくCが0でない場合には、Fは移動分散しない場合のSより小さくなり、繁殖の競合相手の翅アリが減るとともに、移動する翅アリにとっても繁殖のチャンスが増える可能性があるので、移動分散が有利なことが分かる。
シロアリ社会の遺伝情報(ゲノム)が同じになると、いわゆる「進化の平衡状態」となって、シロアリにローカルな突然変異が生じても自然淘汰によって切り捨てられ、カースト構造の崩壊のような革命的な変化は生じないと考えられる。現にシロアリ社会が1億5千万年もの長い間続いてきたゆえんである。
それでは、同じゲノムをもったシロアリの卵からどのようにして翅アリ、兵隊およびワーカーの各カーストが分化するのか。前川先生の説明によれば、ゲノム中の遺伝子を発現させるか否か調節する作用により、カースト分化を行い、各カーストの形を作るということである。この調節機能により、環境要因を検知し、環境に適した生物の形や性質を決めているとの説明である。先生は、湿度が高くなってきたことを検知して、翅アリを出す時期を予想し、卵が翅アリにする遺伝子を発現させて翅アリを作る例を挙げておられた。また、他の例として、兵隊の多いコロニーでは新しい兵隊は不要なので、兵隊になる遺伝子を発現させないように調節している。
参考文献
リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」(紀伊国屋書店)
入谷亮介「数理の窓から世界を読みとくー第3章: 数理で読みとく生物進化」(岩波ジュニア新書)