「當世武大明神(とせっぷだいみょうじん)」は、えりも町が江戸時代からコンブ生産地として発展してきた歴史を物語る貴重なもので、平成14年(2002年)3月20日に町指定文化財第6号に指定されました。
この石碑は、トセップ(えりも町字庶野黄金道路入口付近)のコンブ干場にあり、東側は日高山脈が太平洋へ沈む断崖(黄金道路)となっています。
そのため、強い西風が吹いても、風が弱く、船舶が風待ちができる小さな入り江になっています。
江戸時代、本州と蝦夷地を結ぶ北前船も停泊していたと推測できます。
慶応二年(1866年)に建立され、碑文には、正面に「當世武大明神」、左側に「願主請負人 杦(すぎ)浦嘉七豊明、支配人紋蔵、惣番人中」と刻まれています。
願主の杦浦嘉七豊明(幌泉場所の場所請負人二代目杉浦嘉七)は、幌泉場所の繁栄と航海の安全を祈願し、この「當世武大明神」を建立奉納したと考えられます。
※修復前の「當世武大明神」
※修復後の「當世武大明神」
この石碑は、トセップ(えりも町字庶野黄金道路入口付近)のコンブ干場にあり、東側は日高山脈が太平洋へ沈む断崖(黄金道路)となっています。
そのため、強い西風が吹いても、風が弱く、船舶が風待ちができる小さな入り江になっています。
江戸時代、本州と蝦夷地を結ぶ北前船も停泊していたと推測できます。
慶応二年(1866年)に建立され、碑文には、正面に「當世武大明神」、左側に「願主請負人 杦(すぎ)浦嘉七豊明、支配人紋蔵、惣番人中」と刻まれています。
願主の杦浦嘉七豊明(幌泉場所の場所請負人二代目杉浦嘉七)は、幌泉場所の繁栄と航海の安全を祈願し、この「當世武大明神」を建立奉納したと考えられます。
※修復前の「當世武大明神」
※修復後の「當世武大明神」
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます