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一人のヒーラーさんとの出会いから、私の世界が変わっていきました。

熊野大社 玉置神社の旅2004年4月 3

2009-07-27 20:57:19 | 神社 エネルギースッポトを巡る旅

 

陰陽の滝でお仕事をするノワタリさん

 那智勝浦の宿に着いた時、まだ わからなかった滝が見つかった。フロントの壁に掛けてあった滝の写真であった。「陰陽の滝」という。ノワタリさんは、夫婦なんだけど、うまくいっていないと言うような事を言われた。(翌日、滝の説明に 夫婦滝と呼ばれると記載されていた)早速、地図で調べた。

町にでて、夕食をとる事にしたが、ガイドブックの店は休みであり、アーケードの中も暗く、歩いている人もなく、戸の降りている店が多かった。結局、港近くのすし屋で済ませた。

宿にしたビジネスホテルはロフト式で、上にベッドがあった。階段を上がろうとすると、ノワタリさんが「何かいる!」と言って、私を制止した。

その部屋で、4人が集まり 明日の予定を確認し、話し合った後、ベッドで休む準備をしていたら、また、 ノワタリさんの様子が違った。

「さっきも、今も、綿帽子を被って、白いきらきら光っている内掛けを着た茶色い狐さんが、トントントンと階段を上がって来るのよ。とっても格の高い狐さんね。」と説明してくれた。あの浜本さんの本の目次に、『キツネの嫁入り』と言うのが、在った事を思い出した。今回、これを書くのに また、読み返した。

その本によると、『イナリの使いをキツネといってますが、キは気、神、ツは詰まる、固まる、ネは元、根、の意味で、地球に神の気が詰まっていると言う意味で、ウガのみたまが完成するという黙示であります。中略 そして嫁入りするというのは母になるみたまの資格を持った事ですから、これをキツネの嫁入りというのであります。中略 天気が良いのに雨の降るのを、昔からキツネのをキツネの嫁入りと言っていますが、中略 天気が良くて既に清まっていると思っても、念には念を入れて禊いで嫁入りする事を言ったものです。』とあった。その時点では、玉置の三柱社であることはわかっていたが、ノワタリさんは読んでいないし、私も何のことか解らなかった。ただ、ご挨拶に来られたのだろうと思っていた。陰陽の滝 滝つぼにノワタリさん

夜美の滝

翌朝、一升瓶とお塩と水を2組づつ持って、陰陽の滝に行った。人一人歩くほどの細長い道で 丁度 蛇の尻尾から頭(滝つぼの所)みたい中たちな形で、ノワタリさんの指示に従って、置いてお清めした。途中、夜美(やみ)の滝は、読み方どうり闇のように暗く、ちょっと怖かった。ノワタリさんは、ズボンのすそを上げ、川の中に入り、腰まで浸かりながら歌いお仕事をしたが、歌いだしはとても険しい声であった。私たちは、終わるのを側で待っていた。(とても厳しかったそうである)

お仕事が終わり、私達は「とんだ熊野古道ね。誰も来ないでしょう。近畿電力くらいかな?」と言いながら、車に戻り、那智の滝に行った。

那智の滝

那智の滝で終わった途端、雨がぽつぽつと降り始めた。

今回の旅は3日ともお昼ごはんに、縁がなく その日も ナビに食堂のマークが出て、みんなで喜んでも、まだ開いてなかったり、見当たらなかったりして、4時前にやっと奥伊勢の道の駅で遅い昼食をとった。外に出ると、雨が激しく降りだした。

高速道路の接続の事を考え、多気町で西と東に別れた。

が、しかし 駅に着くと電車は出た後で、小一時間待たなければならず、もっと便利の良い所にすればよかったと後悔した。

 電車に乗っている間、雨は激しく降っていたが大阪に着くと、止んでいた。ノワタリさんは竜神様にお頼みして、着くまで小降りにして頂いたそうだ。

サウナに行き、旅の垢を落とし、ゆっくり夕食を一人でとり、夜行バスに乗り現実離れした旅から日常に戻った。2泊3日とは思えない中身の濃い旅でした。