■レーエンデ国物語 250127
多崎礼さんの『レーエンデ国物語 夜明け前』を読みました。
この作品も面白くて、一気に読んでしまいました。
「テーマは、愛する異母兄妹の正義と正義。」
歴史のうねりの中に生まれ、信念のために戦った者達の
夢を描き、未来を信じて死んでいった者達の
革命の話をしよう。
志なかばにして、おびただし数の人々が死んでいった。正に死屍累々。
人は、死ぬ。
それでも、長きにわたり革命を信じた人々に、しっかり受け継がれ続けたものがあった。
そう、それは、教育。「読み書き、ソロバン」。
民衆の進歩を教育がしっかり支えた。
第四の物語の始まりは聖イジョルニ暦八八八年八月八日。
帝国支配下のレーエンデ、西部の大都市ボネッティで男児が生まれた。西の司祭長ヴァスコ・
ペスタロッチとロベルノ州首長の娘イサベルの第一子。始祖の血を引く四大名家の嫡男でありな
がら、レーエンデ独立のために尽力した高潔の士。絶望と諦観の暗黒時代を撃ち抜いた英傑。
生前、彼は言っていた。
「妹を愛していた」と。「心から信頼していた」と。「彼女も俺を理解し、信頼してくれた。
自分がどう行動すれば、俺が何を選択するのか、彼女にはすべてわかっていた」と。
愛おしげに、誇らしげに、血を吐くように独白した。
「だから殺すしかなかった」と。
彼の名はレオナルド・ペスタロッチー
またの名をレオン・ペレッティという。
痛いところを突かれ、レオナルドは唇をねじ曲げた。
「強くあれ」と父は言った。「強さはすなわち正義だ」と。その言葉を信じ、レオナルドは幼い
頃から射撃と剣技と格闘技を習ってきた。強くあるため、正しくあるため、立派なペスタロッチ家
の当主になるため、大人でさえ音を上げそうな鍛錬を已に課し、日々研讃を積んできた。
でもヴァスコは滅多にボネッティに戻らなかった。たまに戻ってきても挨拶程度の言葉を交わす
だけで、親子らしい会話はしたことがない。立派な跡取りだと認められたことも、強い息子だと褒
められたこともない。
「父上に褒められたいからじゃない。すべては善き為政者になるためだ」
我ながら言い訳じみていると思った。恥ずかしくなって、レオナルドは小声で続けた。
「俺は祖父のようになりたいんだ。イジョル二人だけでなくレーエンデ人からも敬愛される、立
派な領主になりたいだけだ」
聖イジョルニ暦九一四年十一月六日。
シャイア城の礼拝堂では、しめやかにフィリシアの葬儀が執り行われていた。
ルクレツィアは黒いヴェールで顔を隠し、礼拝堂の片隅に座っていた。参列者は最高司祭や法皇
庁の高官達ばかりだった。彼らは腹の探り合いに忙しく、そこにルクレツィアがいることにも、彼
女の隣にレオナルドがいないことにも気づかなかった。
俯いて目を閉じると、昨夜のことが思い出される。確かにこの目で見たはずなのに、あまりに現
実離れしていて、すべてが夢であったかのように思えてくる。あの子は人魚足の銀呪病患者だった
のかもしれない。それを私が勝手に神の御子だと思い込んだだけなのかもしれない。
「神は見ておられる。神の御子は見守っておられる。神の奇跡は実在する。神の御名に願いを捧げ
よ。もっとも信心深い者にこそ、神のご加護は与えられん」
だが、私は神の御名に願いを捧げた。
もし本当に奇跡が起きたら、神の御子は実存するという証になる。
神から授かった天命が、本物だという証になる。
新鮮な日々は駆け足で過ぎ去る。
新年が来て、春が過ぎ、また夏がやってきた。
八月が近づくにつれ、レオナルドは落ち着かなくなった。去年、夏祭りで見たリオーネの勇姿、
地を揺るがす大合唱を思い出す。今ならば俺も歌える。あの輪の中に飛び込んでいける。
我慢しきれなくなって、レオナルドはリオーネに呼びかけた。
「今年の夏祭り、また『月と太陽』をやらないか?」
「やるなら俺達も手伝うぜ?」
珍しくブルーノも乗り気だった。
しかしリオーネは湿ったため息を吐いた。
「今年はやめとく」
「どうして?」
「いろいろ忙しくてさ。準備してる暇がないんだよ」
以前は毎日のように『春光亭』に来ていたリオーネだが、最近はその頻度が減っていた。
元気印のリオーネが、あまり笑わなくなっていた。
『 レーエンデ国物語 夜明け前/多崎礼/講談社 』
多崎礼さんの『レーエンデ国物語 夜明け前』を読みました。
この作品も面白くて、一気に読んでしまいました。
「テーマは、愛する異母兄妹の正義と正義。」
歴史のうねりの中に生まれ、信念のために戦った者達の
夢を描き、未来を信じて死んでいった者達の
革命の話をしよう。
志なかばにして、おびただし数の人々が死んでいった。正に死屍累々。
人は、死ぬ。
それでも、長きにわたり革命を信じた人々に、しっかり受け継がれ続けたものがあった。
そう、それは、教育。「読み書き、ソロバン」。
民衆の進歩を教育がしっかり支えた。
第四の物語の始まりは聖イジョルニ暦八八八年八月八日。
帝国支配下のレーエンデ、西部の大都市ボネッティで男児が生まれた。西の司祭長ヴァスコ・
ペスタロッチとロベルノ州首長の娘イサベルの第一子。始祖の血を引く四大名家の嫡男でありな
がら、レーエンデ独立のために尽力した高潔の士。絶望と諦観の暗黒時代を撃ち抜いた英傑。
生前、彼は言っていた。
「妹を愛していた」と。「心から信頼していた」と。「彼女も俺を理解し、信頼してくれた。
自分がどう行動すれば、俺が何を選択するのか、彼女にはすべてわかっていた」と。
愛おしげに、誇らしげに、血を吐くように独白した。
「だから殺すしかなかった」と。
彼の名はレオナルド・ペスタロッチー
またの名をレオン・ペレッティという。
痛いところを突かれ、レオナルドは唇をねじ曲げた。
「強くあれ」と父は言った。「強さはすなわち正義だ」と。その言葉を信じ、レオナルドは幼い
頃から射撃と剣技と格闘技を習ってきた。強くあるため、正しくあるため、立派なペスタロッチ家
の当主になるため、大人でさえ音を上げそうな鍛錬を已に課し、日々研讃を積んできた。
でもヴァスコは滅多にボネッティに戻らなかった。たまに戻ってきても挨拶程度の言葉を交わす
だけで、親子らしい会話はしたことがない。立派な跡取りだと認められたことも、強い息子だと褒
められたこともない。
「父上に褒められたいからじゃない。すべては善き為政者になるためだ」
我ながら言い訳じみていると思った。恥ずかしくなって、レオナルドは小声で続けた。
「俺は祖父のようになりたいんだ。イジョル二人だけでなくレーエンデ人からも敬愛される、立
派な領主になりたいだけだ」
聖イジョルニ暦九一四年十一月六日。
シャイア城の礼拝堂では、しめやかにフィリシアの葬儀が執り行われていた。
ルクレツィアは黒いヴェールで顔を隠し、礼拝堂の片隅に座っていた。参列者は最高司祭や法皇
庁の高官達ばかりだった。彼らは腹の探り合いに忙しく、そこにルクレツィアがいることにも、彼
女の隣にレオナルドがいないことにも気づかなかった。
俯いて目を閉じると、昨夜のことが思い出される。確かにこの目で見たはずなのに、あまりに現
実離れしていて、すべてが夢であったかのように思えてくる。あの子は人魚足の銀呪病患者だった
のかもしれない。それを私が勝手に神の御子だと思い込んだだけなのかもしれない。
「神は見ておられる。神の御子は見守っておられる。神の奇跡は実在する。神の御名に願いを捧げ
よ。もっとも信心深い者にこそ、神のご加護は与えられん」
だが、私は神の御名に願いを捧げた。
もし本当に奇跡が起きたら、神の御子は実存するという証になる。
神から授かった天命が、本物だという証になる。
新鮮な日々は駆け足で過ぎ去る。
新年が来て、春が過ぎ、また夏がやってきた。
八月が近づくにつれ、レオナルドは落ち着かなくなった。去年、夏祭りで見たリオーネの勇姿、
地を揺るがす大合唱を思い出す。今ならば俺も歌える。あの輪の中に飛び込んでいける。
我慢しきれなくなって、レオナルドはリオーネに呼びかけた。
「今年の夏祭り、また『月と太陽』をやらないか?」
「やるなら俺達も手伝うぜ?」
珍しくブルーノも乗り気だった。
しかしリオーネは湿ったため息を吐いた。
「今年はやめとく」
「どうして?」
「いろいろ忙しくてさ。準備してる暇がないんだよ」
以前は毎日のように『春光亭』に来ていたリオーネだが、最近はその頻度が減っていた。
元気印のリオーネが、あまり笑わなくなっていた。
『 レーエンデ国物語 夜明け前/多崎礼/講談社 』