■はなればなれに 2023.6.19
トリュフォーが愛しゴダールが映画化した、犯罪小説の名品
『 はなればなれに 』を読みました。
「マフィアでも手を出さない金」に目が眩む前科者のスキップとエディと可憐な娘カレンの三人。
さて、マフィアでも手を出さない金とは、どんな金なのか?
ぼくは、気がつかなかった。
みなさんは、どんな金だと思います。
三人は、そんな“禁断の金”に手を出した。
今年読んだミステリのなかで、最高に面白かった。
エディにはわかっていた。要するにスキップは、おまえは腰抜けだといいたいのだ。
ふたりの乗った車は屋敷の前を過ぎ、空き地のわきを通って坂を下っていった。エディはちらっと後ろを振り返った。「いやほんと、とんでもなくでかい屋敷だな。一度見たら忘れられない感じだ」黄昏も近いこの時間だと、どことなく不気味で、幽霊でも出そうに見える。
「ああ、ほんとうんざりするよな」スキップはカウンターの奥で働いている老人を観察しはじめた。老人は汚れた皿を洗って大きなブリキのトレイに並べている。歳はおそらく六十くらいだろう。でっぷり太っていて、目は涙ぐみ、髪はほとんど残っていない。白いTシャツに、白いズックのエプロン。太い腕にはあちこちに傷跡や内出血の跡がある。
「あのじいさんを見ろよ。わかるだろ? あと何年かすればおれたちだってああなるんだぜ、エディ。レストランの雑用係だ。さもなきゃ皿洗いだな。それも運がよければの話だ。運に見放されたら浮浪者になって、排水溝でぼろ切れにくるまって凍えることになる」
エディは追いつめられた気分だった。「気が滅入るような話をすんのはやめてくれよ」
しかしスキップはさらに暗くなり、目から表情が消えた。「考えてもみろ。おれは二十二だ。おまえだってそう変わらない。夜間学校なんかに通って、誰を騙そうってんだ? おれはタイプと簿記、おまえは金属加工を習ってる。だけど卒業したからって、誰が雇ってくれる?」
エディはスキップに目を向けた。「チャンスだってめぐってくるさ」
「誰から? どっかの人事部長か? おれたちの履歴を調べようともしないウスノロか?」
ふたりは料理を食べはじめた。スキップはなぜおれをくりかえし試しては苦しめるんだろう? エディは食べながら考えた。今回の計画に不安は感じつつも、スキップが正しいことはわかっていた。こんなチャンスはめったにない。もし逃したら二度目は絶対にないだろう。カレンみたいにちょっと変わった娘に出会うことなんて、そうそうあるもんじゃない。カレンはスキップを信用し、ぱあさんのことや定期的にラスヴェガスからくる男のことや金のことをすべて話してくれたのだ。ある意味じゃマヌケな娘だといっていいかもしれない。そもそもスキップのことなどなにも知っちゃいないのだから。もしスキップがどんな人間かわかっていれば、五セント以上の金の話なんかするはずがない。
風がカレンの黒髪に触れ、羽根のように軽いほつれ毛を顔に吹きっけた。その目は幼く、怯えていた。エディは慰めの言葉を探したが、もう手遅れだった。スキップに金のことを口にした時点で、なにもかも手遅れだったのだ。
『 はなればなれに/ドロレス・ヒッチェンズ/矢口誠訳/新潮文庫 』
トリュフォーが愛しゴダールが映画化した、犯罪小説の名品
『 はなればなれに 』を読みました。
「マフィアでも手を出さない金」に目が眩む前科者のスキップとエディと可憐な娘カレンの三人。
さて、マフィアでも手を出さない金とは、どんな金なのか?
ぼくは、気がつかなかった。
みなさんは、どんな金だと思います。
三人は、そんな“禁断の金”に手を出した。
今年読んだミステリのなかで、最高に面白かった。
エディにはわかっていた。要するにスキップは、おまえは腰抜けだといいたいのだ。
ふたりの乗った車は屋敷の前を過ぎ、空き地のわきを通って坂を下っていった。エディはちらっと後ろを振り返った。「いやほんと、とんでもなくでかい屋敷だな。一度見たら忘れられない感じだ」黄昏も近いこの時間だと、どことなく不気味で、幽霊でも出そうに見える。
「ああ、ほんとうんざりするよな」スキップはカウンターの奥で働いている老人を観察しはじめた。老人は汚れた皿を洗って大きなブリキのトレイに並べている。歳はおそらく六十くらいだろう。でっぷり太っていて、目は涙ぐみ、髪はほとんど残っていない。白いTシャツに、白いズックのエプロン。太い腕にはあちこちに傷跡や内出血の跡がある。
「あのじいさんを見ろよ。わかるだろ? あと何年かすればおれたちだってああなるんだぜ、エディ。レストランの雑用係だ。さもなきゃ皿洗いだな。それも運がよければの話だ。運に見放されたら浮浪者になって、排水溝でぼろ切れにくるまって凍えることになる」
エディは追いつめられた気分だった。「気が滅入るような話をすんのはやめてくれよ」
しかしスキップはさらに暗くなり、目から表情が消えた。「考えてもみろ。おれは二十二だ。おまえだってそう変わらない。夜間学校なんかに通って、誰を騙そうってんだ? おれはタイプと簿記、おまえは金属加工を習ってる。だけど卒業したからって、誰が雇ってくれる?」
エディはスキップに目を向けた。「チャンスだってめぐってくるさ」
「誰から? どっかの人事部長か? おれたちの履歴を調べようともしないウスノロか?」
ふたりは料理を食べはじめた。スキップはなぜおれをくりかえし試しては苦しめるんだろう? エディは食べながら考えた。今回の計画に不安は感じつつも、スキップが正しいことはわかっていた。こんなチャンスはめったにない。もし逃したら二度目は絶対にないだろう。カレンみたいにちょっと変わった娘に出会うことなんて、そうそうあるもんじゃない。カレンはスキップを信用し、ぱあさんのことや定期的にラスヴェガスからくる男のことや金のことをすべて話してくれたのだ。ある意味じゃマヌケな娘だといっていいかもしれない。そもそもスキップのことなどなにも知っちゃいないのだから。もしスキップがどんな人間かわかっていれば、五セント以上の金の話なんかするはずがない。
風がカレンの黒髪に触れ、羽根のように軽いほつれ毛を顔に吹きっけた。その目は幼く、怯えていた。エディは慰めの言葉を探したが、もう手遅れだった。スキップに金のことを口にした時点で、なにもかも手遅れだったのだ。
『 はなればなれに/ドロレス・ヒッチェンズ/矢口誠訳/新潮文庫 』
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