■笑う男/ヘニング・マンケル 2021.12.13
ヘニング・マンケルの少し古いミステリ 『 笑う男 』 を読みました。
先日、刑事ヴァランダー最後の事件。『 苦悩する男 』 を読んだので、ヴァランダの若き日の事件をふり返ってみようかという気になったからです。
「笑う男」は、どのような悪事を働いている男なのか、その全貌がなかなか明らかにされません。
「笑う男」は、こんな人物です。
おれは霧を恐れている、と彼は思った。
自分はあの男のことを考えるべきなのだ。そしてあの男のにこやかな笑顔の陰に隠されているものを。あの男の、非難の余地のない市民としての完璧さについて考えるべきなのだ。あの男をこそ恐れるべきなのだ。海から忍び寄る霧のことなど本当はどうでもいい。あの男は、行く手を阻む者がいれば躊躇なく殺すと知るに至ったいまは、とくに。
最初の出会いのときから、男の背後には影がつきそっていた。影の男たちは、決して紹介されることはなかった。男たちは決まって二人、背後に控えていて、会合が終わると音もなく立ちあがった。
アルフレッド・ハーデルベリ。新しい時代のシルクライダー。彼は必ずこの一連の事件の背後にいるはずだ。世界じゅうを飛び回り、外部の人間にはわからない取引をして膨大な財産を築いた男。
「アルフレッド・ハーデルベリというのは何者だ? 怪物か?」
「友好的で、日に焼けた、笑顔を絶やさない男だよ。そのうえいつもエレガントな恰好をしている。怪物はいろんな恰好をしているものだよ」
ヴァランダーも彼の仲間たちも、人生に悩んでいる。
人は、年を重ねるとともに大きく成長し、充実するよりも、悩んだり、立ち止まったり、生きがたくなるものだろうか。考えさせられる。
悪党ばかりが、「笑っている」。
どうしようもない無気力にゆっくり陥っていった過程で、彼は確かなものなどなにもないという気分になってしまった。
だれにも会いたくなかったし、自分に会いたい人間などいないだろうと思った。
「夢? 警察官が夢をもつのか?」ヴァランダーは聞いた。
「みんな、もっているでしょう? 警官だってもってますよ。あなたには夢はないんですか?」
おれの夢? おれの夢はどこへ行ってしまったのだろう? 人は若いとき夢をもっている。それが年とともに忘れ去られるか、あるいは強い意志に変わって実現されていくか。おれが昔考えたことは、いったいどこへ行ってしまったのだろう?
「ときどき、なにもかも嫌になることがある」ヴィデーンが唐突に言った。
「おれもやり直しがきいたらいいのにと思うよ」ヴァランダーが答えた。
「おれはこう思うことがある。人生なんて、こんなものか? もうなにもないのか? 数回の手術、数知れない駄馬。いつも金の心配ばかり」
「そんなことばかりでもないだろう?」
「いや、なにもいいことはない。なにがあるというのだ? 教えてくれ。」
「おれは人生で一つだけ学んだことがある。友達とは適当な距離をおくこと、敵はできるだけ近くにおくこと」
「なるほど、それでおれがいまあんたの目の前にいるというわけだ」ヴァランダーが言った。
「かもしれない」ストルムが言った。
『 笑う男/ヘニング・マンケル/柳沢由実子訳/創元推理文庫 』
ヘニング・マンケルの少し古いミステリ 『 笑う男 』 を読みました。
先日、刑事ヴァランダー最後の事件。『 苦悩する男 』 を読んだので、ヴァランダの若き日の事件をふり返ってみようかという気になったからです。
「笑う男」は、どのような悪事を働いている男なのか、その全貌がなかなか明らかにされません。
「笑う男」は、こんな人物です。
おれは霧を恐れている、と彼は思った。
自分はあの男のことを考えるべきなのだ。そしてあの男のにこやかな笑顔の陰に隠されているものを。あの男の、非難の余地のない市民としての完璧さについて考えるべきなのだ。あの男をこそ恐れるべきなのだ。海から忍び寄る霧のことなど本当はどうでもいい。あの男は、行く手を阻む者がいれば躊躇なく殺すと知るに至ったいまは、とくに。
最初の出会いのときから、男の背後には影がつきそっていた。影の男たちは、決して紹介されることはなかった。男たちは決まって二人、背後に控えていて、会合が終わると音もなく立ちあがった。
アルフレッド・ハーデルベリ。新しい時代のシルクライダー。彼は必ずこの一連の事件の背後にいるはずだ。世界じゅうを飛び回り、外部の人間にはわからない取引をして膨大な財産を築いた男。
「アルフレッド・ハーデルベリというのは何者だ? 怪物か?」
「友好的で、日に焼けた、笑顔を絶やさない男だよ。そのうえいつもエレガントな恰好をしている。怪物はいろんな恰好をしているものだよ」
ヴァランダーも彼の仲間たちも、人生に悩んでいる。
人は、年を重ねるとともに大きく成長し、充実するよりも、悩んだり、立ち止まったり、生きがたくなるものだろうか。考えさせられる。
悪党ばかりが、「笑っている」。
どうしようもない無気力にゆっくり陥っていった過程で、彼は確かなものなどなにもないという気分になってしまった。
だれにも会いたくなかったし、自分に会いたい人間などいないだろうと思った。
「夢? 警察官が夢をもつのか?」ヴァランダーは聞いた。
「みんな、もっているでしょう? 警官だってもってますよ。あなたには夢はないんですか?」
おれの夢? おれの夢はどこへ行ってしまったのだろう? 人は若いとき夢をもっている。それが年とともに忘れ去られるか、あるいは強い意志に変わって実現されていくか。おれが昔考えたことは、いったいどこへ行ってしまったのだろう?
「ときどき、なにもかも嫌になることがある」ヴィデーンが唐突に言った。
「おれもやり直しがきいたらいいのにと思うよ」ヴァランダーが答えた。
「おれはこう思うことがある。人生なんて、こんなものか? もうなにもないのか? 数回の手術、数知れない駄馬。いつも金の心配ばかり」
「そんなことばかりでもないだろう?」
「いや、なにもいいことはない。なにがあるというのだ? 教えてくれ。」
「おれは人生で一つだけ学んだことがある。友達とは適当な距離をおくこと、敵はできるだけ近くにおくこと」
「なるほど、それでおれがいまあんたの目の前にいるというわけだ」ヴァランダーが言った。
「かもしれない」ストルムが言った。
『 笑う男/ヘニング・マンケル/柳沢由実子訳/創元推理文庫 』
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