■隠れ家の女/ダン・フェスパーマン 2020.8.10
『隠れ家の女』 の「訳者あとがき」には、
謎解きのおもしろさとスパイ小説の醍醐味が見事に融合した本作は各方面から絶賛され、《パブリシャーズ・ウィークリー》誌が“スパイ小説にはかなりうるさいファンをもうならせるインパクトがある”と評し、......
とある。
ショート家の隣人、ヘンリーの不審な行動。誰に雇われているのか。しかも単純ではない。
CIAの女性職員だったヘレンは、何故退職後35年もして殺されなければならなかったのか。
ヘレンを助ける謎のCIAの女性職員の存在と活躍。
謎解きとスパイ小説の面白さを大いに堪能できました。
そういえば、先日読んだラーラ・プレスコットの 『あの本は読まれているか』 もCIAの女性職員の物語でした。これも面白かった。
物語の発端は、これです。
知る必要性の法則(情報は知る必要のない者には伝えないという原則)。ヘレンがおかした鉄則と言えるルール。なにかおかしなことがおこなわれていても、彼女には知る必要はなく、ましてや報告する義務もない。
今も昔も変わらぬ職場での女性職員の扱われ方と頑固な上司の姿勢。
おかしなことだが、この業界では好奇心を持つと煙たがられることが多い。採用された当初は、好奇心は強みであり、ヘレンのすぐれた資質のひとつだと言われた。それがいまはどうだ。割り切れ。目をそらせ。いらぬことに首を突っ込むな。もしかしたら、ヘリントンはそれらをヘレンにだけマントラのようにとなえていたのかもしれない。
知る必要性の法則の破綻。
フリーダは最後にもう一度、室内を見まわした。
「隠れ家」と嫌悪感たっぷりに言う。かぶりを振り、雨と闇のなかへと歩きだした。
去り際のそのひとことがヘレンの胸をぐさりとえぐり、ドアが閉まった。しばらくヘレンは動くことができずにいたが、ふと窓に駆けよってカーテンをあけたときには、もうフリーダの姿はなかった。
やるべきことができた。細い糸だが、手がかりであることに間違いない。
「現時点では君の知ったことではないし、知らないほうがいい。“知る必要性の原則”はきみたちの身をより安全にたもつと言うべきかもしれん。とくに、安全とはまったく正反対のことをかたっぱしからやっているとしか思えない場合には。そこで、もうひとつきみに渡すものがある。」
ポーコムは上着に手を入れて封筒を出し、それをテーブルの上で滑らせた。おもてにはなにも書いてなかった。ヘレンは突っ返そうかと一瞬思った。しかし、けっきょく手に取った。
「なかを見てもかまわない? いまここで? 」
なかをのぞくと、カナダのパスポートにくわえ、使用を開始した日から一カ月間有効のユーレイルパスが入っていた。購入したのはきのうだ。
「誰のためのもの?」
「誰のものだと思う?」
「エリザベス・ウェアリング・ハート」
パスポートをひらくと、ヘレンの写真が貼ってあった----ただし、髪はブロンドだ。
ヘレン、ベルリンを去る。
一分ほどたつと、その笑みは消え、高揚した気分も消えた。彼女は飛び立った。しかしこのあとは降下しなくてはならない。それもそうとう長い距離を。大事なのはどう着地するかだ。
35年後に待っていたものは。
この日以降、ヘレンはどれだけ疲れ、動揺し、頭にくることがあっても、眠りは安全な目的地であり、心を温めてくれる避難場所だという考えを守りつづけた。三十五年後、自分の寝床で殺されるまで。
ショート家の隣人、ヘンリーの人物像。
アメリカに戻ってきたとたん、自分が生まれ育った国についてそれまでなぜか気づいていなかったことが目についた。やたらと食べ、やたらとものを買い、ばかでかい車やトラックに乗って出かけ、さらにたくさんのものを買いこんでくる。大きいことは常にいいこととされ、少なくともより多くの賞賛を受ける。誰もかれもが上の空で、読むものといったら携帯電話のメールやケーブルニュースのテロップだけ。選挙では、自分が格別に軽蔑している人物あるいは集団に対して厳しい態度でのぞむと約束した候補に一票を投じる。強欲と銃がはびこっていた。いまのご時世では、誰か、あるいはなにかに忠義立てするのは危険を感じる。
『 隠れ家の女/ダン・フェスパーマン/東野さやか訳/集英社文庫 』
『隠れ家の女』 の「訳者あとがき」には、
謎解きのおもしろさとスパイ小説の醍醐味が見事に融合した本作は各方面から絶賛され、《パブリシャーズ・ウィークリー》誌が“スパイ小説にはかなりうるさいファンをもうならせるインパクトがある”と評し、......
とある。
ショート家の隣人、ヘンリーの不審な行動。誰に雇われているのか。しかも単純ではない。
CIAの女性職員だったヘレンは、何故退職後35年もして殺されなければならなかったのか。
ヘレンを助ける謎のCIAの女性職員の存在と活躍。
謎解きとスパイ小説の面白さを大いに堪能できました。
そういえば、先日読んだラーラ・プレスコットの 『あの本は読まれているか』 もCIAの女性職員の物語でした。これも面白かった。
物語の発端は、これです。
知る必要性の法則(情報は知る必要のない者には伝えないという原則)。ヘレンがおかした鉄則と言えるルール。なにかおかしなことがおこなわれていても、彼女には知る必要はなく、ましてや報告する義務もない。
今も昔も変わらぬ職場での女性職員の扱われ方と頑固な上司の姿勢。
おかしなことだが、この業界では好奇心を持つと煙たがられることが多い。採用された当初は、好奇心は強みであり、ヘレンのすぐれた資質のひとつだと言われた。それがいまはどうだ。割り切れ。目をそらせ。いらぬことに首を突っ込むな。もしかしたら、ヘリントンはそれらをヘレンにだけマントラのようにとなえていたのかもしれない。
知る必要性の法則の破綻。
フリーダは最後にもう一度、室内を見まわした。
「隠れ家」と嫌悪感たっぷりに言う。かぶりを振り、雨と闇のなかへと歩きだした。
去り際のそのひとことがヘレンの胸をぐさりとえぐり、ドアが閉まった。しばらくヘレンは動くことができずにいたが、ふと窓に駆けよってカーテンをあけたときには、もうフリーダの姿はなかった。
やるべきことができた。細い糸だが、手がかりであることに間違いない。
「現時点では君の知ったことではないし、知らないほうがいい。“知る必要性の原則”はきみたちの身をより安全にたもつと言うべきかもしれん。とくに、安全とはまったく正反対のことをかたっぱしからやっているとしか思えない場合には。そこで、もうひとつきみに渡すものがある。」
ポーコムは上着に手を入れて封筒を出し、それをテーブルの上で滑らせた。おもてにはなにも書いてなかった。ヘレンは突っ返そうかと一瞬思った。しかし、けっきょく手に取った。
「なかを見てもかまわない? いまここで? 」
なかをのぞくと、カナダのパスポートにくわえ、使用を開始した日から一カ月間有効のユーレイルパスが入っていた。購入したのはきのうだ。
「誰のためのもの?」
「誰のものだと思う?」
「エリザベス・ウェアリング・ハート」
パスポートをひらくと、ヘレンの写真が貼ってあった----ただし、髪はブロンドだ。
ヘレン、ベルリンを去る。
一分ほどたつと、その笑みは消え、高揚した気分も消えた。彼女は飛び立った。しかしこのあとは降下しなくてはならない。それもそうとう長い距離を。大事なのはどう着地するかだ。
35年後に待っていたものは。
この日以降、ヘレンはどれだけ疲れ、動揺し、頭にくることがあっても、眠りは安全な目的地であり、心を温めてくれる避難場所だという考えを守りつづけた。三十五年後、自分の寝床で殺されるまで。
ショート家の隣人、ヘンリーの人物像。
アメリカに戻ってきたとたん、自分が生まれ育った国についてそれまでなぜか気づいていなかったことが目についた。やたらと食べ、やたらとものを買い、ばかでかい車やトラックに乗って出かけ、さらにたくさんのものを買いこんでくる。大きいことは常にいいこととされ、少なくともより多くの賞賛を受ける。誰もかれもが上の空で、読むものといったら携帯電話のメールやケーブルニュースのテロップだけ。選挙では、自分が格別に軽蔑している人物あるいは集団に対して厳しい態度でのぞむと約束した候補に一票を投じる。強欲と銃がはびこっていた。いまのご時世では、誰か、あるいはなにかに忠義立てするのは危険を感じる。
『 隠れ家の女/ダン・フェスパーマン/東野さやか訳/集英社文庫 』
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます