紅楼夢を読んでみましょう。紅楼夢は中国の清代に書かれた小説で、栄国府の貴公子、賈宝玉と林黛玉ら十二人の美女との関わり、栄国府と寧国府というふたつの名家の盛衰を描いたもの、というと、日本の源氏物語のようですが、そういう男女の掛け合いの要素意外に、中国の貴族文化華やかなりし時代の風俗習慣が反映されており、歴史や文化の研究の参考にもなります。
現代中国語ではあまり使わないことばが出てきたり、詩やかけことばが使われたりするので、読むのはたいへんですが、すこしずつ、いっしょに読んでいきましょう。
第一回 甄士隠夢幻識通霊 賈雨村風塵懐閨秀
[訳]甄士隠は夢に通霊に通じ、賈雨村は風塵に閨秀を懐う
● 甄士隠 zhen1shi4yin3 は、「真事隠」(真実を隠す)と音が同じ。
● 通霊 tong1ling2 消息によく通じている
● 賈雨村 jia3yu3cun1は「假語村」と音が同じで、「假語村言」(うそや野卑なことば)に通じる
● 風塵 feng1chen2 乱世。浮世
● 閨秀 gui1xiu4 名家の娘
此開卷第一回也.作者自云:因曾歴過一番夢幻之后,故将真事隠去,而借"通霊"之説,撰此《石頭記》一書也.故曰"甄士隠"云云.
[訳]これは開巻第一回である。作者自ら曰く:嘗て夢、幻のような世の中を経験したので、真実を隠していたが、消息に通じていることを頼みに、この《石頭記》なる一書を撰した。ゆえに「甄士隠」云々と言うのである。
但書中所記何事何人?自又云:"今風塵碌碌,一事無成,忽念及当日所有之女子,一一細考較去,覚其行止見識,皆出于我之上.
[訳]しかし書中に書いたのは誰のどういう事跡であろうか?自らまた言う。今、浮世であくせく働くも、何事も成し遂げられない。ふと嘗て会った女性達のことに思い廻り、ひとりひとり思い出して比較してみると、その品行や見識は皆、私などよりずっとりっぱであった。
● 碌碌 lu4lu4 あくせく働く
● 一事無成 yi1shi4wu2cheng2 何事も成し遂げられない
● 行止見識 xing2zhi3jian4shi2 品行や見識
何我堂堂須眉,誠不若彼裙釵哉?実愧則有余,悔又無益之大無可如何之日也!
[訳]私はこのようにりっぱな髭と眉を蓄えた偉丈夫であるのに、誠にかの女性達にも及ばないとは。実に恥ずかしくてたまらず、悔やんでも如何ともし難い。
● 堂堂 tang2tang2 堂々とした
● 須眉 xu1mei2 ひげとまゆ。堂堂須眉でりっぱな男子の意味。
● 裙釵 qun2chai1 スカートとかんざし。女性のこと。
● 無可如何 wu2ke3ru2he2 =無可奈何 どうしようもない
当此,則自欲将已往所頼天恩祖,錦衣紈絝之時,飫甘饜肥之日,背父兄教育之恩,負師友規談之,以至今日一技無成,半生潦倒之罪,編述一集,以告天下人:我之罪固不免,然閨閣中本自歴歴有人,万不可因我之不肖,自護己短,一并使其泯滅也.
[訳]ここに、自ら嘗て天の恩、祖先の徳を頼みに、華美な服装をし、美食三昧の日々、父母兄弟の教育の恩に背き、師や友人の忠告に背き、今日に至るも一技も成せず、やがて落ちぶれた罪を、一冊の本にまとめ、天下の人々に告げるものである。私の罪は固より免れないが、閨房には一人一人りっぱな女性がいたのであり、私が愚かで、自分の落ち度をかばったとしても、それといっしょに彼女たちの功績を消し去ってはならない。
● 紈絝 wan3ku4 絹のズボン。華美な服装のこと
● 飫 yu4 満腹になる
● 饜 yan4 満腹する
● 潦倒 liao2dao3 落ちぶれる
● 閨閣 gui1ge2 =閨房。女性の寝室
● 歴歴 li4li4 一つ一つはっきりと
● 不肖 bu4xiao4 不肖。愚か
● 泯滅 min3mie4 消えてなくなる
雖今日之茅椽蓬牖,瓦灶縄床,其晨夕風露,階柳庭花,亦未有妨我之襟懐筆墨者.雖我未学,下筆無文,又何妨用假語村言,敷演出一段故事来,亦可使閨閣昭伝,復可悦世之目,破人愁悶,不亦宜乎?"故曰"賈雨村"云云.
[訳]今日のあばらや、侘び住まいも、朝夕は涼しい風も吹き露の潤いもあり、庭には草花が茂っているが、かといって私の胸中の思いを書きだすのを妨げるものではない。私は学問も無く、筆を取っても何も書けないが、野卑なことばで、物語を語るのを妨げはしない。閨房のことをあからさまに伝え、世間の目を悦ばせ、人の憂いを慰めるのも、良いではないか。それゆえ「賈雨村」云々と言うのである。
● 茅椽蓬牖 mao2chuan2peng2you3 カヤの垂木とヨモギの窓。あばらやを表す
● 瓦灶縄床 wa3zao4sheng2chuang2 素焼きの竈に縄のベッド(ハンモック)。貧しい住まいを表す
● 襟懐 jin1huai2 胸中
● 假語村言 jia3yu3cun1yan2 うそや野卑なことば
● 敷演 fu1yan3 敷衍する。わかりやすく説明する
● 昭 zhao1 あからさまに
此回中凡用“夢”用“幻”等字,是提醒閲者眼目,亦是此書立意本旨. 列位看官:你道此書従何而来?説起根由雖近荒唐,細按則深有趣味.待在下将此来歴注明,方使閲者了然不惑.
[訳]今回、よく「夢」や「幻」の字を用いるのは、読者に注意を促しており、これもこの本の着想の本旨である。お聴きの皆さん、この本はどこから来たとお考えか。根本を説けば荒唐無稽に近いが、細かく見れば深く味わいがある。以下にこの来歴に注釈を加えれば、読者の皆さんにもよくわかり、戸惑うことがないだろう。
● 看官 kan4guan1 お聴きの皆さん
原来女媧氏煉石補天之時,于大荒山無稽崖煉成高十二丈,見方二十四丈頑石三万六千五百零一塊.媧皇氏只用了三万六千五百塊,只単単剩了一塊未用,便棄在此山青梗峰下.誰知此石自経鍛錬之后,霊性已通,因見衆石俱得補天,独自己無材不堪入選,遂自怨自嘆,日夜悲号慚愧.
[訳]もともと女媧氏が石を鍛練し天を繕った時、大荒山無稽崖で高さ十二丈、四方が二十四丈の石ころ三万六千五百と一個を鍛練した。媧皇氏は三万六千五百個だけ用い、ただ一個だけ使わずに残し、この山の青梗峰の下に棄て置いたが、誰知ろう、この石は自ら鍛練し、霊性已に通じ、多くの石が皆天を繕うのに用いられ、ただ自分だけが才能が無く選ばれなかったことから、自分を恨み嘆き悲しみ、日夜号泣し恥じていた。
● 女媧 nv3wa1 女媧。中国の伝説上の皇帝で、伏義の妹。人面蛇身
● 煉 lian4 鍛錬する
● 見方 jian4fang1 四方
● 頑石 wan2shi2 石ころ
一日,正当嗟悼之際,俄見一僧一道遠遠而来,生得骨骼不凡,豊神迥異,説説笑笑来至峰下,坐于石辺高談快論.
[訳]ある日、正に嘆き悲しんでいると、俄かに(仏教の)坊さんと道師(道教の坊さん)が遠くからやって来た。体つきが普通でなく、風采も他と異なり、談笑しながら峰の下まで来て、石の横に座ると大いに弁舌を振るった。
● 嗟悼 jie1dao4 嘆き悲しむ
● 俄 e2 にわかに
● 骨骼 gu3ge2 骨格
● 豊神 feng1shen2 =豊采、豊姿: 風采。容姿
● 迥異 jiong3yi4 =迥別 大いに異なる
● 高談快論 gao1tan2kuai4lun4 =高談闊論: 大いに弁舌を振るう。大いに議論をする
先是説些雲山霧海神仙玄幻之事,后便説到紅塵中栄華富貴.
[訳]先ずは雲山霧海神仙玄幻の仙界の事を言い、その後は俗世間の栄華富貴の事に話が及んだ。
● 紅塵 hong2chen2 浮世。俗世間
此石聴了,不覚打動凡心,也想要到人間去享一享這栄華富貴,但自恨粗蠢,不得已,便口吐人言,向那僧道説道:“大師,弟子蠢物,不能見礼了.
[訳]この石は聞いていたが、思わず俗念を動かし、人の世に行ってこの栄華富貴を味わいたいと思ったが、自分ががさつ者であるので、如何ともし難く、口から人のことばを吐き、その坊さんと道師に言った。「師匠、拙者はがさつ者ゆえ、お辞儀もできません。
● 凡心 fan2xin1 俗念
● 蠢物 chun3wu4 がさつ者
適聞二位談那人世間栄耀繁華,心切慕之.弟子質雖粗蠢,性却稍通,况見二師仙形道体,定非凡品,必有補天済世之材,利物済人之.
[訳]ちょうどお二人が人の世の栄耀繁華をお話になるのを聞き、羨ましくてならなかったのです。拙者はがさつ者ですが、多少は霊に通じており、ましてやお二人は仙形道体で、普通の方ではないとお見受けしました。必ずや補天済世の人材であり、利物済人の徳をお持ちのはず。
如蒙発一点慈心,携帯弟子得入紅塵,在那富貴場中,温柔郷里受享几年,自当永佩洪恩,万劫不忘也。”
[訳]もし多少のお慈悲を以て、拙者を浮世にお連れいただき、かの富貴の場で、ぬくぬくと何年か楽しむことができましたら、その大恩に永遠に敬服し、決して忘れるものではございません。
● 万劫不忘 wan4jie2bu4wang4 永遠に忘れない。
*仏教では、世界の生成から壊滅までの過程を「一劫」(ごう)という
二仙師聴听畢,斉憨笑道:“善哉,善哉!那紅塵中有却有些楽事,但不能永遠依恃,况又有‘美中不足,好事多魔’八个字緊相連属,瞬息間則又楽極悲生,人非物換,究竟是到頭一夢,万境帰空,倒不如不去的好。”
[訳]二人の仙師はそれを聞くと、けたけた笑って言った。「善哉,善哉!かの浮世には確かに楽しい事があるが、それを永遠に頼みとすることはできない。ましてや「美中不足、好事多魔」(玉に瑕なり、好事魔多し)の八文字と密接に繋がっていて、あっという間に楽が極まり悲が生まれる。人は物のように取り換えることができないので、結局のところ、夢の世界に達するか、万事空(くう)に帰するか。まあ行かぬ方がよいじゃろう。
● 憨笑 han1xiao4 ばか笑いをする。
● 依恃 yi1shi4 頼みとする
● 物換 wu4huan4 [参考]物換星移 事物が変化し星が移る→月日が移り変わり、世の中の様相が変化する
● 到頭 dao4tou2 ぎりぎりのところまでいく。極限に達する
這石凡心已熾,那里聴得進這話去,乃復苦求再四.二仙知不可強制,乃嘆道:“此亦静極慫級,無中生有之数也.既如此,我們便携你去受享受享,只是到不得意時,切莫后悔。“
[訳]この石の俗念は既に激しく、こう言っても言うことを聞かず、また頼むことしきり。二人の仙人はこれ以上強制できず、嘆いて言った。「これもまた静極まり慫となり、無に生ができる定めであろう。かくなる上は、おまえを連れて行って楽しむこととしよう。ただ、思うようにならなくとも、後悔するでないぞ。」
● 熾 chi4 盛んである。激しい
● 慫 song3 驚き恐れる
● 数 shu4 =天数:天の定め。運命
石道:“自然,自然。”那僧又道:“若説你性霊,却又如此質蠢,并更無貴之処.如此也只好跕脚而已.也罷,我如今大施佛法助你助,待劫終之日,復還本質,以了此案.你道好否?”
[訳]石は言った。「当然ですとも。」その僧はまた言った。「もしおまえが霊に通じていると言っても、こんながさつ者で、それ以上優れたところが無いなら、こうして、びっこをひいているしかない。まあよかろう、私は今大いに仏法を施しおまえを助けたのだから、劫が終わるのを待って、根本に戻ったら、この件は終わりにしよう。それでよろしいかな。」
● 跕脚 dian3jiao3 びっこ(をひく)
● 也罷 ye3ba4 仕方がない。まあよかろう
石頭聴了,感謝不尽.那僧便念咒書符,大展幻術,将一塊石登時変成一塊鮮明瑩潔的美玉,且又縮成扇墜大小的可佩可拿.
[訳]石はそれを聞くと、感謝に絶えなかった。その僧は念仏を唱え、幻術を施し、一個の石をたちまち透き通ってきれいな美玉に変え、大きさも扇子の柄に下げる飾りの大きさにまで小さくした。
● 登時 deng1shi2 たちどころに。たちまち
● 鮮明瑩潔 xian1ming2ying2jie2 透き通ってきれいな
● 扇墜 shan4zhui4 扇子の柄に下げる飾り
● 佩 pei4 ぶら下げる
那僧托于掌上,笑道:“形体倒也是个宝物了!還只没有,実在的好処,須得再鐫上数字,使人一見便知是奇物方妙.然后携你到那昌明隆盛之邦,詩礼簪纓之族,花柳繁華地,温柔富貴郷去安身楽業。”
[訳]その僧は石を手のひらに載せ、笑って言った。「形は確かに宝物になった。しかしまだ何もない。本当の良いところは、まだ数や字を彫りこまなければならない。ひと眼で珍しいものとわかってこそ妙である。それからおまえを連れてあの繁栄栄華を誇る都へ行き、教養のある美しく着飾った人々や、色街や繁華な場所、やさしく富貴を誇る人々の所に身を落ちつかせ、楽しませることとしよう。」
● 托于掌上 tuo1yu2zhang3shang4 手のひらに載せる
● 鐫 juan1 彫る
● 昌明 chang1ming2 政治や文化が盛んである。繁栄している
● 隆盛 long2sheng4 勢いが盛んである。繁盛する
● 簪 zan1 かんざし
● 纓 ying1 冠のひも。装飾した房がついている
● 花柳 hua1liu3 色街。歓楽街
石頭聴了,喜不能禁,乃問:“不知賜了弟子那几件奇処,又不知携了弟子到何地方?望乞明示,使弟子不惑。”
[訳]石はそれを聞くと、嬉しくてたまらず、質問した。「私にどのような珍しいことを授けていただけるのですか。どこに連れて行ってくれるのですか。どうか明かして、私が戸惑わないようにしてくれませんか。」
那僧笑道:“你且莫問,日后自然明白的。”説着,便袖了這石,同那道人飄然而去,竟不知投棄何方何舍.
[訳]その僧は笑って言った。「聞くでない。そのうちわかることじゃ。」そう言うと、この石を袖の中にしまうと、道師といっしょに飄然と立ち去り、何処へ行ったか、遂にわからなかった。
● 袖 xiu4 袖の中に隠す
このあと、また果てしもない年月が経ってから、青梗峰の下を空空道人という人が通りかかり、石の上に何やら字が書いてあるのを見つけ、その内容にいたく感心するのであるが、それはまた次回に読んでいきたい。
現代中国語ではあまり使わないことばが出てきたり、詩やかけことばが使われたりするので、読むのはたいへんですが、すこしずつ、いっしょに読んでいきましょう。
第一回 甄士隠夢幻識通霊 賈雨村風塵懐閨秀
[訳]甄士隠は夢に通霊に通じ、賈雨村は風塵に閨秀を懐う
● 甄士隠 zhen1shi4yin3 は、「真事隠」(真実を隠す)と音が同じ。
● 通霊 tong1ling2 消息によく通じている
● 賈雨村 jia3yu3cun1は「假語村」と音が同じで、「假語村言」(うそや野卑なことば)に通じる
● 風塵 feng1chen2 乱世。浮世
● 閨秀 gui1xiu4 名家の娘
此開卷第一回也.作者自云:因曾歴過一番夢幻之后,故将真事隠去,而借"通霊"之説,撰此《石頭記》一書也.故曰"甄士隠"云云.
[訳]これは開巻第一回である。作者自ら曰く:嘗て夢、幻のような世の中を経験したので、真実を隠していたが、消息に通じていることを頼みに、この《石頭記》なる一書を撰した。ゆえに「甄士隠」云々と言うのである。
但書中所記何事何人?自又云:"今風塵碌碌,一事無成,忽念及当日所有之女子,一一細考較去,覚其行止見識,皆出于我之上.
[訳]しかし書中に書いたのは誰のどういう事跡であろうか?自らまた言う。今、浮世であくせく働くも、何事も成し遂げられない。ふと嘗て会った女性達のことに思い廻り、ひとりひとり思い出して比較してみると、その品行や見識は皆、私などよりずっとりっぱであった。
● 碌碌 lu4lu4 あくせく働く
● 一事無成 yi1shi4wu2cheng2 何事も成し遂げられない
● 行止見識 xing2zhi3jian4shi2 品行や見識
何我堂堂須眉,誠不若彼裙釵哉?実愧則有余,悔又無益之大無可如何之日也!
[訳]私はこのようにりっぱな髭と眉を蓄えた偉丈夫であるのに、誠にかの女性達にも及ばないとは。実に恥ずかしくてたまらず、悔やんでも如何ともし難い。
● 堂堂 tang2tang2 堂々とした
● 須眉 xu1mei2 ひげとまゆ。堂堂須眉でりっぱな男子の意味。
● 裙釵 qun2chai1 スカートとかんざし。女性のこと。
● 無可如何 wu2ke3ru2he2 =無可奈何 どうしようもない
当此,則自欲将已往所頼天恩祖,錦衣紈絝之時,飫甘饜肥之日,背父兄教育之恩,負師友規談之,以至今日一技無成,半生潦倒之罪,編述一集,以告天下人:我之罪固不免,然閨閣中本自歴歴有人,万不可因我之不肖,自護己短,一并使其泯滅也.
[訳]ここに、自ら嘗て天の恩、祖先の徳を頼みに、華美な服装をし、美食三昧の日々、父母兄弟の教育の恩に背き、師や友人の忠告に背き、今日に至るも一技も成せず、やがて落ちぶれた罪を、一冊の本にまとめ、天下の人々に告げるものである。私の罪は固より免れないが、閨房には一人一人りっぱな女性がいたのであり、私が愚かで、自分の落ち度をかばったとしても、それといっしょに彼女たちの功績を消し去ってはならない。
● 紈絝 wan3ku4 絹のズボン。華美な服装のこと
● 飫 yu4 満腹になる
● 饜 yan4 満腹する
● 潦倒 liao2dao3 落ちぶれる
● 閨閣 gui1ge2 =閨房。女性の寝室
● 歴歴 li4li4 一つ一つはっきりと
● 不肖 bu4xiao4 不肖。愚か
● 泯滅 min3mie4 消えてなくなる
雖今日之茅椽蓬牖,瓦灶縄床,其晨夕風露,階柳庭花,亦未有妨我之襟懐筆墨者.雖我未学,下筆無文,又何妨用假語村言,敷演出一段故事来,亦可使閨閣昭伝,復可悦世之目,破人愁悶,不亦宜乎?"故曰"賈雨村"云云.
[訳]今日のあばらや、侘び住まいも、朝夕は涼しい風も吹き露の潤いもあり、庭には草花が茂っているが、かといって私の胸中の思いを書きだすのを妨げるものではない。私は学問も無く、筆を取っても何も書けないが、野卑なことばで、物語を語るのを妨げはしない。閨房のことをあからさまに伝え、世間の目を悦ばせ、人の憂いを慰めるのも、良いではないか。それゆえ「賈雨村」云々と言うのである。
● 茅椽蓬牖 mao2chuan2peng2you3 カヤの垂木とヨモギの窓。あばらやを表す
● 瓦灶縄床 wa3zao4sheng2chuang2 素焼きの竈に縄のベッド(ハンモック)。貧しい住まいを表す
● 襟懐 jin1huai2 胸中
● 假語村言 jia3yu3cun1yan2 うそや野卑なことば
● 敷演 fu1yan3 敷衍する。わかりやすく説明する
● 昭 zhao1 あからさまに
此回中凡用“夢”用“幻”等字,是提醒閲者眼目,亦是此書立意本旨. 列位看官:你道此書従何而来?説起根由雖近荒唐,細按則深有趣味.待在下将此来歴注明,方使閲者了然不惑.
[訳]今回、よく「夢」や「幻」の字を用いるのは、読者に注意を促しており、これもこの本の着想の本旨である。お聴きの皆さん、この本はどこから来たとお考えか。根本を説けば荒唐無稽に近いが、細かく見れば深く味わいがある。以下にこの来歴に注釈を加えれば、読者の皆さんにもよくわかり、戸惑うことがないだろう。
● 看官 kan4guan1 お聴きの皆さん
原来女媧氏煉石補天之時,于大荒山無稽崖煉成高十二丈,見方二十四丈頑石三万六千五百零一塊.媧皇氏只用了三万六千五百塊,只単単剩了一塊未用,便棄在此山青梗峰下.誰知此石自経鍛錬之后,霊性已通,因見衆石俱得補天,独自己無材不堪入選,遂自怨自嘆,日夜悲号慚愧.
[訳]もともと女媧氏が石を鍛練し天を繕った時、大荒山無稽崖で高さ十二丈、四方が二十四丈の石ころ三万六千五百と一個を鍛練した。媧皇氏は三万六千五百個だけ用い、ただ一個だけ使わずに残し、この山の青梗峰の下に棄て置いたが、誰知ろう、この石は自ら鍛練し、霊性已に通じ、多くの石が皆天を繕うのに用いられ、ただ自分だけが才能が無く選ばれなかったことから、自分を恨み嘆き悲しみ、日夜号泣し恥じていた。
● 女媧 nv3wa1 女媧。中国の伝説上の皇帝で、伏義の妹。人面蛇身
● 煉 lian4 鍛錬する
● 見方 jian4fang1 四方
● 頑石 wan2shi2 石ころ
一日,正当嗟悼之際,俄見一僧一道遠遠而来,生得骨骼不凡,豊神迥異,説説笑笑来至峰下,坐于石辺高談快論.
[訳]ある日、正に嘆き悲しんでいると、俄かに(仏教の)坊さんと道師(道教の坊さん)が遠くからやって来た。体つきが普通でなく、風采も他と異なり、談笑しながら峰の下まで来て、石の横に座ると大いに弁舌を振るった。
● 嗟悼 jie1dao4 嘆き悲しむ
● 俄 e2 にわかに
● 骨骼 gu3ge2 骨格
● 豊神 feng1shen2 =豊采、豊姿: 風采。容姿
● 迥異 jiong3yi4 =迥別 大いに異なる
● 高談快論 gao1tan2kuai4lun4 =高談闊論: 大いに弁舌を振るう。大いに議論をする
先是説些雲山霧海神仙玄幻之事,后便説到紅塵中栄華富貴.
[訳]先ずは雲山霧海神仙玄幻の仙界の事を言い、その後は俗世間の栄華富貴の事に話が及んだ。
● 紅塵 hong2chen2 浮世。俗世間
此石聴了,不覚打動凡心,也想要到人間去享一享這栄華富貴,但自恨粗蠢,不得已,便口吐人言,向那僧道説道:“大師,弟子蠢物,不能見礼了.
[訳]この石は聞いていたが、思わず俗念を動かし、人の世に行ってこの栄華富貴を味わいたいと思ったが、自分ががさつ者であるので、如何ともし難く、口から人のことばを吐き、その坊さんと道師に言った。「師匠、拙者はがさつ者ゆえ、お辞儀もできません。
● 凡心 fan2xin1 俗念
● 蠢物 chun3wu4 がさつ者
適聞二位談那人世間栄耀繁華,心切慕之.弟子質雖粗蠢,性却稍通,况見二師仙形道体,定非凡品,必有補天済世之材,利物済人之.
[訳]ちょうどお二人が人の世の栄耀繁華をお話になるのを聞き、羨ましくてならなかったのです。拙者はがさつ者ですが、多少は霊に通じており、ましてやお二人は仙形道体で、普通の方ではないとお見受けしました。必ずや補天済世の人材であり、利物済人の徳をお持ちのはず。
如蒙発一点慈心,携帯弟子得入紅塵,在那富貴場中,温柔郷里受享几年,自当永佩洪恩,万劫不忘也。”
[訳]もし多少のお慈悲を以て、拙者を浮世にお連れいただき、かの富貴の場で、ぬくぬくと何年か楽しむことができましたら、その大恩に永遠に敬服し、決して忘れるものではございません。
● 万劫不忘 wan4jie2bu4wang4 永遠に忘れない。
*仏教では、世界の生成から壊滅までの過程を「一劫」(ごう)という
二仙師聴听畢,斉憨笑道:“善哉,善哉!那紅塵中有却有些楽事,但不能永遠依恃,况又有‘美中不足,好事多魔’八个字緊相連属,瞬息間則又楽極悲生,人非物換,究竟是到頭一夢,万境帰空,倒不如不去的好。”
[訳]二人の仙師はそれを聞くと、けたけた笑って言った。「善哉,善哉!かの浮世には確かに楽しい事があるが、それを永遠に頼みとすることはできない。ましてや「美中不足、好事多魔」(玉に瑕なり、好事魔多し)の八文字と密接に繋がっていて、あっという間に楽が極まり悲が生まれる。人は物のように取り換えることができないので、結局のところ、夢の世界に達するか、万事空(くう)に帰するか。まあ行かぬ方がよいじゃろう。
● 憨笑 han1xiao4 ばか笑いをする。
● 依恃 yi1shi4 頼みとする
● 物換 wu4huan4 [参考]物換星移 事物が変化し星が移る→月日が移り変わり、世の中の様相が変化する
● 到頭 dao4tou2 ぎりぎりのところまでいく。極限に達する
這石凡心已熾,那里聴得進這話去,乃復苦求再四.二仙知不可強制,乃嘆道:“此亦静極慫級,無中生有之数也.既如此,我們便携你去受享受享,只是到不得意時,切莫后悔。“
[訳]この石の俗念は既に激しく、こう言っても言うことを聞かず、また頼むことしきり。二人の仙人はこれ以上強制できず、嘆いて言った。「これもまた静極まり慫となり、無に生ができる定めであろう。かくなる上は、おまえを連れて行って楽しむこととしよう。ただ、思うようにならなくとも、後悔するでないぞ。」
● 熾 chi4 盛んである。激しい
● 慫 song3 驚き恐れる
● 数 shu4 =天数:天の定め。運命
石道:“自然,自然。”那僧又道:“若説你性霊,却又如此質蠢,并更無貴之処.如此也只好跕脚而已.也罷,我如今大施佛法助你助,待劫終之日,復還本質,以了此案.你道好否?”
[訳]石は言った。「当然ですとも。」その僧はまた言った。「もしおまえが霊に通じていると言っても、こんながさつ者で、それ以上優れたところが無いなら、こうして、びっこをひいているしかない。まあよかろう、私は今大いに仏法を施しおまえを助けたのだから、劫が終わるのを待って、根本に戻ったら、この件は終わりにしよう。それでよろしいかな。」
● 跕脚 dian3jiao3 びっこ(をひく)
● 也罷 ye3ba4 仕方がない。まあよかろう
石頭聴了,感謝不尽.那僧便念咒書符,大展幻術,将一塊石登時変成一塊鮮明瑩潔的美玉,且又縮成扇墜大小的可佩可拿.
[訳]石はそれを聞くと、感謝に絶えなかった。その僧は念仏を唱え、幻術を施し、一個の石をたちまち透き通ってきれいな美玉に変え、大きさも扇子の柄に下げる飾りの大きさにまで小さくした。
● 登時 deng1shi2 たちどころに。たちまち
● 鮮明瑩潔 xian1ming2ying2jie2 透き通ってきれいな
● 扇墜 shan4zhui4 扇子の柄に下げる飾り
● 佩 pei4 ぶら下げる
那僧托于掌上,笑道:“形体倒也是个宝物了!還只没有,実在的好処,須得再鐫上数字,使人一見便知是奇物方妙.然后携你到那昌明隆盛之邦,詩礼簪纓之族,花柳繁華地,温柔富貴郷去安身楽業。”
[訳]その僧は石を手のひらに載せ、笑って言った。「形は確かに宝物になった。しかしまだ何もない。本当の良いところは、まだ数や字を彫りこまなければならない。ひと眼で珍しいものとわかってこそ妙である。それからおまえを連れてあの繁栄栄華を誇る都へ行き、教養のある美しく着飾った人々や、色街や繁華な場所、やさしく富貴を誇る人々の所に身を落ちつかせ、楽しませることとしよう。」
● 托于掌上 tuo1yu2zhang3shang4 手のひらに載せる
● 鐫 juan1 彫る
● 昌明 chang1ming2 政治や文化が盛んである。繁栄している
● 隆盛 long2sheng4 勢いが盛んである。繁盛する
● 簪 zan1 かんざし
● 纓 ying1 冠のひも。装飾した房がついている
● 花柳 hua1liu3 色街。歓楽街
石頭聴了,喜不能禁,乃問:“不知賜了弟子那几件奇処,又不知携了弟子到何地方?望乞明示,使弟子不惑。”
[訳]石はそれを聞くと、嬉しくてたまらず、質問した。「私にどのような珍しいことを授けていただけるのですか。どこに連れて行ってくれるのですか。どうか明かして、私が戸惑わないようにしてくれませんか。」
那僧笑道:“你且莫問,日后自然明白的。”説着,便袖了這石,同那道人飄然而去,竟不知投棄何方何舍.
[訳]その僧は笑って言った。「聞くでない。そのうちわかることじゃ。」そう言うと、この石を袖の中にしまうと、道師といっしょに飄然と立ち去り、何処へ行ったか、遂にわからなかった。
● 袖 xiu4 袖の中に隠す
このあと、また果てしもない年月が経ってから、青梗峰の下を空空道人という人が通りかかり、石の上に何やら字が書いてあるのを見つけ、その内容にいたく感心するのであるが、それはまた次回に読んでいきたい。