中国語学習者のブログ

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同音語の形成理由と文章中での効用、及びその分別方法

2010年08月05日 | 中国語
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 中国語を勉強し始めた頃、聞きとり、書きとりの練習で、同音語の存在、文章の中での正しいことばの区分の仕方を訓練されたことと思う。今日は、同音語がどのように形成されたか。同音語の文章修辞上の効用。及び、文章の中で、同音語を正しく分別する方法について、紹介する。

                  ことばの同音現象

(一)同音語と同音語の生まれる理由

 ことばの語音の形式から見て、現代漢語の中の多くのことばは、意味は全く異なるが、その語音の形式(音声、音韻、声調等を含む)は完全に同じである。このようなことばを同音語(“同音詞”)と呼ぶ。例えば:

第一組

◆“別”bie2(“分別”:区別する。区分する)――“別”bie2(“挿挂”:ピンで止める。差し込む)――“別”bie2(“不要”:~するな)
◆“搪”tang2(“抵擋”di3dang3:防ぐ)――“搪”tang2(“塗抹”tu2mo3:塗る。塗り付ける)――“搪”tang2(用搪床対机器零件的鑚孔進行加工切削:ボール盤で部品のドリル穴に加工切削を行う)
◆“管”guan3(中空的圓柱体:パイプ)――“管”guan3(管理)――“管”guan3(介詞。把:~を)

第二組

◆ “班”ban1 ――“斑”ban1
◆“嬌気”jiao1qi4(ひ弱い。お上品だ) ――“驕気”jiao1qi4(おごり高ぶった態度。傲慢)
◆“仙人”xian1ren2 ――“先人”xian1ren2
◆“公式”gong1shi4 ――“公事”gong1shi4 ――“攻勢”gong1shi4 ――“工事”gong1shi4

 第一組のことばは、語音は同じで、文字に書いた形も同じであり、“同音同形詞”である。第二組のことばは、語音は同じだが、文字に書いた形が異なり、“同音異形詞”と呼ぶことができる。これ以外に、文字に書いた形は同じだが、語音が異なるものがあり、例えば、“中”zhong1と“中”zhong4、“好”hao3と“好”hao4、“重”zhong4と“重”chong2、“長”chang2と“長”zhang3がそうで、何れも同音語ではない。

 同音語は、言語の中では、一般的な現象である。同音語ができる直接の原因は、以下のいくつかの理由による。

1、ことばが作られた時に語音の形式がたまたま一致した

 異なった時代に、異なった場所で、異なった人々が元々あったことばの基礎の上に新しいことばを創造すると、作られたことばが語音の形式がたまたま一致する(“偶合”)ことは避け難い。言語中の大部分の同音語は、何れもこのようにして作られた。例えば、“驕気”と“嬌気”、“油船”と“郵船”がそうである。

2、語音の変化の結果

 語音の変化と意味の変化は、釣り合わない。古代には同音ではなかったことばが、語音の発展、変化により、現代では同音語に変化していることがある。このような同音語は、現代漢語では、古代よりも多い。例えば、“軽”と“清”、“青”と“清”で、以前は何れも同音語ではなかった(“軽”と“清”は古代には“声母”(漢字の音節の初めの子音)が異なった。“青”と“清”は古代には“韻部”が異なった)が、現在は同音語に変化した。

3、意味の変化の結果

 同音語には意味の変化の結果生まれたものがある。これらの同意語は古代にはひとつのことばで、多義語であるに過ぎなかった。後に、長い時間を経て進化し、ことばの本来の意味は次第に分化、解体し、元々あった関係は失われたが、語音の形式はそれに対応した変化を生じなかったため、同音語になった。例えば、“刻”(時間を計る単位)と“刻”(“彫刻”の“刻”)は、嘗てはひとつのことばであったが、現在は意味のつながりのない同音語に変化した。“副”(正・副の副)と“副”(量詞)、“管”(パイプ)と“管”(管理の管)などは、このような原因により生じた。

4、外来語を仮借した結果

 中国語が外来語を借用する場合、常に外来語の語音の形式を中国語化する。この時、借用したことばの語音形式が元あった中国語のことばの語音形式と同じであると、同音語が形成される。例えば、モンゴル語の“jam”を借用し、このことばを中国語化して“站”(“車站”、すなわち「駅」の意味)が形成されたが、これは元々あった“站”(“站立”、すなわち「立つ」という意味)と同音である。英語の“meter”が中国語化して“米”となったが、これは“谷米”(穀物の米)の“米”と同音である。その他、例えば、“瓦”(watt。電力の単位)と“瓦”(“磚瓦”の“瓦”。つまり屋根瓦)、“听”(tin。缶詰の缶の意味)と“听”(聞く、という動詞)なども、同様の原因で生まれた同音語である。

(二)同音語の言語中での作用

 同音語は、言語中で1語で2語の意味を兼ねる、これを“双関”と言うが、“同音双関”の修辞手法として用いる、すなわち「かけことば」として用いることにより、言語の生き生きとしたイメージの表現能力を強めることができる。

 例えば、毛沢東が書いた《蝶恋花》という詞(詩の一形式)の中で、
      我失驕楊君失柳,
      楊柳軽揚
      直下重宵九
      …………

 第二句の“楊柳”は、表面上は軽々と風に吹かれ、天上の一番高いところ(“九重雲宵”)まで昇っていく柳絮のことを書いているが、実際には戦死した楊開慧、柳直荀のことを指し、彼らの忠魂が昇天し、彼らの功績は永遠に朽ちることがない(“永垂不朽”)ことを言っている。このように、“同音双関”の修辞手法を用いることで、思想や感情に含蓄を持たせ、寓する意味を深くする(“寓意深長”)ことができる。

 しかし、同音語が多過ぎると、意味の上での混同(“混淆”hun4xiao2)を引き起こし、思想表現に影響し、誤解を生じる場合もある。例えば、“郵船”や“油船”のことを言う時、この二つの同音語の存在は話す人や聞く人を煩わしく感じさせ、学校関係では、“期中考試”(中間試験)や“期終考試”(期末試験)の話をする時は、しばしば口を尽くして(“費唇舌来”)説明を加えざるを得ない。

 一般的に言うと、このようなケースは実際は稀であり、決して現代漢語に於ける普遍的な現象ではない。なぜなら、大部分の同音語は、実際の会話や文章の中では、その意味は前後の文によって確定されるからである。例えば、“這地方 shu4mu4 很多”という文の中で、“shu4mu4”が指すのは当然“樹木”であり、“数目”ではない。“yu4jian4了一位朋友”と言う時の“yu4jian4”は“遇見”であり、“預見”ではない。このように、表現の困難を生じることなない。

 同時に、別の面から言うと、混同を引き起こす可能性のある同音現象にぶつかった時、現代漢語では多くの方法でそれを補足することができる。

 第一、現代漢語の発展の過程で、多くの単音節の語素は独立して“詞”を構成することはなくなり別の語素と組み合わさり二音節語(“双音節詞”)となった。このように、混同を引き起こし易い同音現象は大幅に減少した。例えば、単音節の“優”、“憂”は二音節の“優良”、“憂愁”となり、同音語ではなくなった。

 第二に、中国語には意味の同じ語素がたくさんあり、適当な状況下では互いに置き換えができ、消極的な同音現象を避ける手助けになる。例えば、“期終”を“期末”に変えることで、“期中”と区別することができ、“遇見”を“遇到”、或いは“碰見”と改めることで、“預見”と区別することができる。

 第三に、中国語には多くの同義語が存在し、それらと置き換えることで、同音による混同を避けることができる。例えば、“食用油”により“食油”を置き換え、“石油”と区別することができる。“海里”により“浬”を置き換え、“里”と区別することができる。“出口処”により“出口”を置き換え、“出口”(“対外出口”、つまり輸出)と区別することができる。

 これからわかることは、一つ一つの文字の読音から見ると、中国語の中の同音のものはたいへん多いが、実際に、現代漢語中の同音語(“同音詞”)はそれほど多くない。《漢語拼音詞滙》(初稿)に収める20,133個のことば(“詞”)の中で、同音語は2,100個で、総数の10%を占めるだけである。また、大部分の同音語の意味は、前後の文から確定できるので、意味の混同が起こるケースは稀である。

【出典】胡裕樹主編《現代漢語》重訂版・上海教育出版社1995年