中国語学習者のブログ

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中国国鉄の在来線特急、急行の改善と25型客車について (1)

2011年10月23日 | 中国生活

 温州での新幹線列車の追突事故の後、あまり良いニュースの無かった中国の鉄道ですが、久々に在来線の特急、急行のサービス改善計画を伝えるニュースがありました。

 10月18日付の《新京報》によると:
 「中国鉄道部は、在来線の旅客需要に対応する為、年内に客車500輛を新造、11,924輛のAC380V電源のエアコン付客車、及び2,230輛の地域管理局間を直通する列車に使用する緑色の客車の更新修理を行い、まだ修理が予定されていない553輛についても、鉄道部より検査・修繕費用を捻出し、来年1月の春節の多客期までに修理を完了させる。
 来年上半期には、旅客流動量調査の結果を基に、隣接する幹線の条件、車輛の引き渡し時期により、ハルピン~大連、北京~石家庄~武漢の列車ダイヤの見直しを行う。二年以内に管理局間を直通する急行、及び一つの管理局内で運行される急行列車の全てをエアコン付き車輛に置き換えることを目指す。特急、急行の何れにも使用されている列車は徐々に25T型に置き換える。条件の合う区間では夕方に出発し朝到着する特急列車を増発、輸送能力に余裕があり、旅客流動の大きい区間で列車の増発を行う。」

 ここで、特急、急行用車輛の“25T型車底”への置き換え、と書かれています。“車底”というのは、俗に、鉄道車輛の車体のことを言います。また、“緑皮車”と言っていますが、これも中国語独特の表現で、在来線一般車の緑色に黄色のラインの客車のことです。ちなみに、急行用のオレンジ色と白に塗り分けられた客車は“紅皮車”と言います。

 “25T”というのは、25T型客車のことで、在来線の特急などに使用されている客車ですが、この元となった25型車輛の開発は、高鉄時代に入る前の、中国国鉄のスピードアップ取組みの歴史であり、なかなか興味深いものがあります。今回は、25型客車の歩みについて、ご紹介したいと思います。
 25型客車は非常にバリエーションがあり、2回に分けて紹介します。

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 25型客車は、中国国鉄の第三代の主力客車である。25型は中国国鉄用の車長25.5mの客車である。25型は多くのシリーズに分かれる。1990年代から次第に22型に代わり、幹線の長距離列車と各大都市間の特急列車に用いられ、中国鉄道の客車の主力となった。

【概況】

 25型客車は当初、1964~1966年に車長25.5mの新型客車として開発された、「25.5m軽量高速列車用車輛」で、1966~1969年に製造され、車体材質は軽量合金、KZ2型台車、ディスクブレーキ、中空車軸、空気ばね等の技術が採用され、構造速度は160Km/hであった。列車にはエアコン、集中給電が採用された。この車輛は広深鉄路(広州~深セン)等で使用されたが、当時は台車の技術が未成熟で、使用中、多くのトラブルが発生した。

 1978~1985年に制定された鉄道科学技術計画の中で、車長25.5mの客車を開発することになり、中梁無し、平面側壁構造、材質は耐腐蝕鋼板、209型台車を採用し、構造速度160Km/h、発電車による集中給電で、1980年に運用投入された。1986年、鉄道部は25.5mの新型のエアコン付客車の開発要求を下達し、ユニット空調式の集中給電空調客車を採用した。206型台車を使用し、構造速度140Km/h、京広線(北京~広州)列車に使用されたが、この時の車輛は要求に合わず、成功しなかった。その後、1987年より海外からの借款と海外の技術を利用し、集中給電空調客車の製造が開始された。1990年代より、鉄道客車の更新、性能向上の要求に基づき、一連の車長25.5mの25型客車が相次いで開発、製造され、営業運転に投入された。

 25型客車は、車体長25.5m、幅3.105m、車高4.433m、最小通過曲線半径145mである。25型客車の構造上の特徴は:車体は全溶接構造、シャーシ、側壁、妻板、屋根で構成される。車体は高強度、耐腐蝕の軽量合金鋼で作られている。車体の構造は、中梁(シャーシの真ん中を貫通する梁)無し、圧筋(側壁の強度を強める補強材)無しの、薄板による筒型全体で荷重を受ける構造で、そのうち、シャーシ、側壁と屋根は密閉筒型構造を形成し、荷重負荷の特徴は、車体全体で荷重を受ける構造であることで、シャーシは中梁無しの構造を採用した。各系列の車輛(25B型を除く)は屋根にユニット式のエアコンを設置し、集中給電である。ユニット式のアルミサッシ窓が取り付けられ、低摩耗、低騒音の風除け、ゴム製の連結幌、密閉式の風防ガラスが採用された。構造速度が高く、快適性、安全性に優れている。定員は21型、22型客車より増加し、定員乗車時の車輛自重は低減した。

 25型客車は初期の試作車の他、主要な型式には25A型、25B型、25C型、25DT型(国産第一世代の200Km/h高速客車を含む)、25G型、25Z型、25K型、25T型がある。25型客車には硬座車(普通車。中国語発音の“ying4zuo4”から“YZ”で表記。以下の表記方法も同様)、軟座車(グリーン車。RZ(ruan3zuo4))、硬臥車(普通寝台。YW(ying4qo4))、軟臥車(1等寝台。RW(ruan3wo4))、食堂車(CA(can1che1))、空調用発電車(KD(kong1tiao2 gong1dian4))、荷物車(XL(xing2li3))などの種類がある。

 25型客車には、基本車型以外に二階建て客車が作られ、車体長は25.5mで変わらず、幅3.105m、車高4.75mで、車体底面から軌道面までの高さが0.25mである。空気ばね台車、ディスクブレーキが採用された。二階建て客車の客室は上層、下層に分かれ、両端は単層で、乗務員室、トイレ、補助室は単層の車端部に設けられている。上下層と両端部の間には階段が設置されている。硬座車の場合、定員は186席で、25型硬座車より58席多く、軟座車の場合は110席、25型軟座車より30席多い。この他、中長距離用二階建て寝台車も開発された。二階建て25型空調客車は1989年から、上海~南京間で営業運転に投入された。

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【1】 25A型客車

 25A型客車は、国際入札で一時的に生産した、集中給電空調客車である。鉄道部は、衡広鉄路(湖南省衡陽~広州。京広鉄路の南側)複線化建設の円借款の残金を利用し、国際入札で168輛の25.5m長の集中給電空調客車を購入することとした。その後、長春客車廠(現長春軌道客車股份有限公司)、唐山機車車輛廠、南京浦鎮車輛廠が連合で応札し、受注した。3社は国際入札契約の技術条件の規定に基づき、イギリスと協力し試作を行い、1989~1990年の間に168輛の客車を製造したので、これらは「168客車」とも呼ばれている。25A型客車の車体は耐腐蝕鋼板を採用し、中梁が無く、圧筋による補強の無い、薄板の筒型荷重受け構造であった。車体にはユニット式空調が取りつけられ、車輛編成は発電車による集中給電であった。206型/209型(改良型)台車が採用された。構造速度は毎時140キロ、最大許容速度は120Km/hであった。これは平らな直線で800mで緊急制動ができることという要求を満足させるためであった。これらの客車は試験的な性格を持ち、輸入の高級材料と設備が用いられ、製造コストが高かった。車輛技術は1980年代の国際レベルに達していた。1990年から25A型客車は北京鉄路局、鄭州鉄路局に配置され、営業運転された。25A型客車の塗装は、オレンジ色に白色で、後の25G型客車に似ている。


【2】 25B型客車

 25B型客車は一般のアップグレード、旧型の置き換え用車輛である。1991年、168輛の25A型の試作と運用が成功して後、鉄道部は再び、「アップグレード、旧型の置き換え用の25.5mの空調付き、及び空調無しの客車」生産の要求を提出した。長春客車工廠は25A型客車の基礎の上に、エアコン無しの25B型客車とエアコン付きの25G型客車の開発を同時に行った。25B型客車の設計の技術要件は25A/G型と全く同じであるが、25B型の硬座車、硬臥車、軟座車はエアコン無しとし、軟臥車、食堂車にのみエアコンを取り付け、その電力源は車体の下にディーゼル発電機を取り付け、25A/G型のような発電車からの集中給電方式は採らなかった。25B型は車体全体に耐腐蝕鋼板を用い、中梁無し、圧筋無しの筒型全体荷重受け構造で、アルミサッシの上半分が開く窓、折戸が採用された。209T/206G型台車が採用され、構造速度は毎時140キロ、最大許容速度は120Km/hで、これは平らな直線で800mで緊急制動ができることという要求を満足させるためである。製造メーカーは、長春軌道客車、唐山軌道客車、青島四方機車車輛廠、南京浦鎮車輛廠である。1993年に最初の25B型客車が投入され、運用を開始した。25B型客車の塗装は通常は緑色の車体に黄色の帯である。


【3】 25C型客車

 25C型客車は、鉄道部が1990年代半ばに韓国の協力で設計された、広深鉄路(広州~深セン)用の高速客車で、同時にステンレス車体の製造技術を導入した。1994年に契約が結ばれ、客車は長春軌道客車と韓進重工業の協力で生産され、1994年から1995年までに30輛製造され、韓進重工業はステンレス車体の設計を担当し、長春軌道客車は200Km/h級のCW-2A型とCW-1A型高速台車の提供を担当、設計最高運行速度は時速200キロ、中国で初めて鉄道車輛にドラム型の車体構造を使用し、当時中国唯一の200Km/h級の高速客車車体であった。自動センサー制御ドア、気密式風防窓を採用、発電車には全車故障自動検出監視システムを備えていた。しかし、実際の運行の中で、台車の運行追随性とフレームの強度不足が発見され、運行時の最大運行速度は160Km/hに制限され、後に更に25C型の車体の速度表記は140Km/hとされた。25C型客車は1998年に広州鉄路集団に配属され、広深鉄路線で営業運転に入った。25C型は製造コストが高すぎる為、それ以降は製造されていない。


【4】 25G型客車

 25G型客車は1991年に168輛の25A型新型空調客車の試作と運用に成功後、鉄道部が再び生産要求を出し、長春客車廠が25A型の基礎の上に開発した。25G型客車の設計技術条件は25A型と同一で、同様に屋根上に集中式ユニット・クーラーを設置し、空調発電車から集中的に給電する。25G型は、品質と性能が保証されるとい前提の下、25A型客車の部品を国産化し、製造コストを引き下げた。209T/206G/206P型台車を採用した。構造速度は毎時140キロ、最大許容速度は120Km/hで、これは平らな直線で800mで緊急制動ができることという要求を満足させるためである。25G型客車は1992年から生産が始まり、製造メーカーは、長春軌道客車、唐山軌道客車、青島四方機車車輛廠、南京浦鎮車輛廠である。25G型客車は、最初、1992年に京滬線(北京~上海)の直通特急列車として運用が開始された。1994年から、25G型客車が大規模生産が開始され、次々と元のエアコン無しの車輛と置き換えられていった。長年生産される中で、台車と車体は何度も改良が加えられ、例えば、ディスクブレーキと電子式の滑り止め装置の付いた209P型台車、機関車からの給電システムに変更、密閉式プラグイン・ドア、内側を開け閉めできる窓、密封式の風防窓などが採用されてきた。25Gの塗装はオレンジ色と白を主体とし、このため「赤い客車」と呼ばれている。


【5】25Z型客車 25Z型客車は、当初広深鉄路のため開発された客車で、主に中短距離の都市近郊特急列車に用いられる。25Z型準高速客車の“Z”は準高速を表す(中国語で“zhun3 gao1su4”)。206KP/206WP/CW-2/209HS型の台車を採用している。構造速度は160Km/hで、最高試験速度は183Km/hに達した。青島四方機車車輛廠、長春客車廠、南京浦鎮車輛廠で開発、製造され、1993年から1996年まで、2回製造された。25Z型客車は型式の統一がなされなかったので、前後2度と各鉄路局向けの25Z型客車とで、それぞれ異なる。25Z型客車は、1回目は1993~1994年に製造され、広深準高速鉄路線で使用された。2回目は1996年に製造され、北京鉄路局、上海鉄路局、広深鉄路股份有限公司に配属された。25Z型客車の各車種には、ユニット式空調装置、自動電気湯沸かし器、琺瑯製の洗面台、電子情報表示装置、有線及び無線電話システム等が完備していた。25Z型客車は設計上の欠陥があり、高速運行時の安定性と台車の抗蛇行能力に問題があったので、後に25Z型の車体の表記速度は140Km/hに改められた。25Z準高速客車は中国鉄道の初代の高速客車であった。広く使われることはなかったが、この開発は、後に大量に作られた25K型客車のために経験を蓄積することとなった。


(次回に続きます)

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