◆近年、こんなに嬉しいことはない。日本文学研究家で米国コロンビア大学のドナルド・キーン名誉教授(1922年6月18日、 ニューヨーク市ブルックリンで貿易商の家庭に生まれる。89歳、日本名キーン・ドナルド、雅号・鬼怒鳴門)が日本国籍を認められ、晴れて日本人となられたからだ。3月8日、東京都北区役所で記者会見に臨まれた。「おめでとうございます」と心より祝意を表したい。
私は以前にも、このブログで書いたけれど、高校生のとき、国鉄有楽町駅近くにあった朝日新聞社の講堂で、初めてドナルド・キーン名誉教授の講演を聞いて、日本の古典文学の魅力に取り付かれたのを今でも鮮明に覚えている。あれからもう51年の時が過ぎた。ドナルド・キーン名誉教授は当時、38歳、文字通り、新進気鋭の日本文学者だった。源氏物語を現代語訳した作家・瀬戸内寂聴さん(1922年5月5日生まれ)と同い年である。
朝日新聞デジタルニュース3月8日午後7時44分配信した。
「ドナルド・キーンさん、日本国籍取得 震災後永住を決意」という見出しをつけて、以下のように配信した。
「日本文学者のドナルド・キーンさん(89)が8日、日本国籍を取得し、記者会見した。約40年間、研究・著作活動で米国と日本を行き来し、日本の永住権も取得していたが、東日本大震災後、多くの外国人が日本を離れたと知って『私は日本に行き、ずっといる。(日本を)信じます、と知らせたかった』と話した。キーンさんは1974年から東京都北区に暮らし、同区の宣伝役『アンバサダー』を務める。戸籍名は『キーン ドナルド』、通称で『鬼怒鳴門(キーンドナルド)』という漢字名も使う。栃木県の鬼怒川と、徳島県の鳴門からとった。震災後の日本について、キーンさんは『率直に言って、がっかりしている』という。直後は東京からあかりが消えエレベーターも止まり『力を合わせて東北の人を助けている』と感じたが、『いまは明るく、必要のない(電光)看板がたくさんある。東京だけではない。もう忘れているのではないか』と辛口だった」
私にとって、残念だったのは、3月3日、東京都新宿区西新宿の住友ビル内で、朝日カルチャーセンターが主催した「ドナルド・キーン名誉教授の文化講演会」に参加を申し込んでいたのに、栃木県の鬼怒川温泉に出張のため参加できなかったことだ。ドナルド・キーン名誉教授は現在、東京都北区に在住、私はさいたま市内に住んでいるので、至近距離だ。いずれ、朝日新聞さいたま総局が、さいたま市内で文化講演会を催すだから、そのときは、必ず駆けつけてみようと決意している。
◆日本・日本文化を紹介した著名人としては、明治の文豪ラフカディオ・ハーンをはじめ、イザベラ・バード、アーネスト・フェノロサ、ヴェンセスラウ・デ・モラエス、ブルーノ・タウト、アンドレ・マルローらがいる。このなかで、ドナルド・キーンと同様、日本国籍を取得したのは、ラフカディオ・ハーンである。
ラフカディオ・ハーン(日本名・小泉八雲、1850年6月27日、ギリシャ王国レフカダ島生まれ、1904年9月26日、東京都新宿区西大久保で死去、享年54歳)は、代表作「怪談」「生ける神」などの作品を残している。1890年 4月4日横浜港に着き、1891年1月、中学教頭西田千太郎に薦められて、島根県松江の士族・小泉湊の娘・小泉セツ(1868年2月4日 ~ 1932年2月18日)と結婚。東京帝国大学文科大学の英文学講師に就職、帰化して「小泉八雲」と名乗った。1903年、東京帝国大学を退職(後任は夏目漱石)、早稲田大学講師を勤め、9月26日に狭心症により死去している。
ドナルド・キーン名誉教授とラフカディオ・ハーンの偶然的な共通点がある。それは、「大津波」である。ドナルド・キーン名誉教授は、「東日本大地震・大津波・福島第1原発大事故」に遭遇、、「三陸海岸」が被災地になった。小泉八雲は1896年6月15日、三陸地震・大津波の報を聞いていた。規模は、マグニチュード (M)8.2~8.5 、最大震度4、津波は、綾里湾(現・大船渡市)で38.2m、死者2万1915人、行方不明者44人、負傷者4398人、被害地域は、北海道から宮城県までの太平洋沿岸に及んだ。
ラフカディオ・ハーンは、「仏陀の国の落穂拾い」という短編集のなかで「A Living God(生ける神)」として身の危険や財産を顧みない濱口梧陵の行為に感動して、紹介している。濱口梧陵は和歌山県の人である。幕末に大津波が襲ってくるのを知り、村これを村人に知らせて、多くの人々を助けた人物だ。ラフカディオ・ハーンは、この話の時と場所を明治の三陸大地震・大津波に置き換えて作品にした。
後に小学校教師であった中井常蔵がこれをもとにして、「稲村の火」題する物語を著し、小学国語読本に採用された。この物語では、舞台が三陸海岸の村という設定で描かれ、小学生ばかりでなく、国民の多くに感動を与え続けた。だが、いつの間にか、この物語は、教科書からも消えてしまった。
小泉純一郎首相は2005年4月21日から24日までインドネシアを訪問し、22日、23両日ジャカルタで開かれるアジア・アフリカ首脳会議(バンドン会議)と24日にバンドンで催されるバンドン会議50周年記念式典に出席した。
その間の23日には、インド洋大津波(2004年Ⅰ2月26日にマグニチュード9.1の地震が発生した「スマトラ島沖地震」)で甚大な被害を受けたバンダアチェを日帰りで訪問した。現地で小泉純一郎首相は、インドネシアの要人から、日本の学校の教科書に、「稲村の火」題する物語が掲載されていた話を感動的に持ち出されて、当惑した。知らなかったからだ。小泉純一郎首相は、慌てて直ぐに本国の文部省に問い合わせを命じたが、文部官僚のだれも知らなかったという。
実に恥ずかしい話であった。「稲村の火」の物語は2011年度の学校教科書に掲載されているというが、「3・11」の大震災には、間に合わなかった。
私は、「3・11」の直後、このことをブログでラフカディオ・ハーンの「生ける神」と中井常蔵の「稲村の火」について書いている。
大津波と聞いていつも小泉八雲の「生ける神」と「稲村の火」の主人公・濱口梧陵の偉業を思い出す
ドナルド・キーン名誉教授は、日本人の物忘れの早さを嘆いている。「直後は東京からあかりが消えエレベーターも止まり『力を合わせて東北の人を助けている』と感じたが、『いまは明るく、必要のない(電光)看板がたくさんある。東京だけではない。もう忘れているのではないか』」と。
そう言えば、米CIA対日工作者マイケル・グリーンCSIS日本部長は、東日本大震災の直後、米軍が「トモダチ作戦」を展開したことを日本の政治家たちが忘れつつあることを嘆いていた。
そうなのだ。そもそも日本人は、良く悪くも物忘れが早い。日本人を愛し、日本人以上に日本文化に精通し、そして日本人になってくれたドナルド・キーンも、まだこの域には達していない。本物の日本人になるには、まだまだ修業?が必要なのかもしれない。
本日の「板垣英憲(いたがきえいけん)情報局」
自民党の義家弘介参院議員が痛快なり、日教組批判して、沖縄県教組がPTA会費から事実上の「闇給与」を支払わせていた「収賄事件」を暴露した
◆〔特別情報①〕
自民党の義家弘介参院議員が3月9日午後の参院決算委員会で、日教組批判を行っていた。義家弘介参院議員が暴露した日教組のデタラメぶりの極めつけは、沖縄県教組の横暴だった。沖縄県民の所得が年収200万円そこそこの全国最下位クラスのなのに、小中高校教員のそれは、600万円以上(一般公務員とは別に給料割り増し)と3倍だという。しかも、これに加えて、PTAに支払わせている事実上の「闇給与」があるというのだ。その実態とは?
つづきはこちら→「板垣英憲(いたがきえいけん)情報局」*有料サイト(申し込み日から月額1000円)
「板垣英憲情報局」はメルマガ(有料)での配信もしております。
お申し込みはこちら↓
平成24年3月21日(水)
第3回板垣英憲『勉強会』開催のご案内
『ロスチャイルドとロックフェラーの暗闘
~金融戦争~資源エネルギー戦争~第3次世界大戦へ』
板垣英憲マスコミ事務所
ブログランキング
私は以前にも、このブログで書いたけれど、高校生のとき、国鉄有楽町駅近くにあった朝日新聞社の講堂で、初めてドナルド・キーン名誉教授の講演を聞いて、日本の古典文学の魅力に取り付かれたのを今でも鮮明に覚えている。あれからもう51年の時が過ぎた。ドナルド・キーン名誉教授は当時、38歳、文字通り、新進気鋭の日本文学者だった。源氏物語を現代語訳した作家・瀬戸内寂聴さん(1922年5月5日生まれ)と同い年である。
朝日新聞デジタルニュース3月8日午後7時44分配信した。
「ドナルド・キーンさん、日本国籍取得 震災後永住を決意」という見出しをつけて、以下のように配信した。
「日本文学者のドナルド・キーンさん(89)が8日、日本国籍を取得し、記者会見した。約40年間、研究・著作活動で米国と日本を行き来し、日本の永住権も取得していたが、東日本大震災後、多くの外国人が日本を離れたと知って『私は日本に行き、ずっといる。(日本を)信じます、と知らせたかった』と話した。キーンさんは1974年から東京都北区に暮らし、同区の宣伝役『アンバサダー』を務める。戸籍名は『キーン ドナルド』、通称で『鬼怒鳴門(キーンドナルド)』という漢字名も使う。栃木県の鬼怒川と、徳島県の鳴門からとった。震災後の日本について、キーンさんは『率直に言って、がっかりしている』という。直後は東京からあかりが消えエレベーターも止まり『力を合わせて東北の人を助けている』と感じたが、『いまは明るく、必要のない(電光)看板がたくさんある。東京だけではない。もう忘れているのではないか』と辛口だった」
私にとって、残念だったのは、3月3日、東京都新宿区西新宿の住友ビル内で、朝日カルチャーセンターが主催した「ドナルド・キーン名誉教授の文化講演会」に参加を申し込んでいたのに、栃木県の鬼怒川温泉に出張のため参加できなかったことだ。ドナルド・キーン名誉教授は現在、東京都北区に在住、私はさいたま市内に住んでいるので、至近距離だ。いずれ、朝日新聞さいたま総局が、さいたま市内で文化講演会を催すだから、そのときは、必ず駆けつけてみようと決意している。
◆日本・日本文化を紹介した著名人としては、明治の文豪ラフカディオ・ハーンをはじめ、イザベラ・バード、アーネスト・フェノロサ、ヴェンセスラウ・デ・モラエス、ブルーノ・タウト、アンドレ・マルローらがいる。このなかで、ドナルド・キーンと同様、日本国籍を取得したのは、ラフカディオ・ハーンである。
ラフカディオ・ハーン(日本名・小泉八雲、1850年6月27日、ギリシャ王国レフカダ島生まれ、1904年9月26日、東京都新宿区西大久保で死去、享年54歳)は、代表作「怪談」「生ける神」などの作品を残している。1890年 4月4日横浜港に着き、1891年1月、中学教頭西田千太郎に薦められて、島根県松江の士族・小泉湊の娘・小泉セツ(1868年2月4日 ~ 1932年2月18日)と結婚。東京帝国大学文科大学の英文学講師に就職、帰化して「小泉八雲」と名乗った。1903年、東京帝国大学を退職(後任は夏目漱石)、早稲田大学講師を勤め、9月26日に狭心症により死去している。
ドナルド・キーン名誉教授とラフカディオ・ハーンの偶然的な共通点がある。それは、「大津波」である。ドナルド・キーン名誉教授は、「東日本大地震・大津波・福島第1原発大事故」に遭遇、、「三陸海岸」が被災地になった。小泉八雲は1896年6月15日、三陸地震・大津波の報を聞いていた。規模は、マグニチュード (M)8.2~8.5 、最大震度4、津波は、綾里湾(現・大船渡市)で38.2m、死者2万1915人、行方不明者44人、負傷者4398人、被害地域は、北海道から宮城県までの太平洋沿岸に及んだ。
ラフカディオ・ハーンは、「仏陀の国の落穂拾い」という短編集のなかで「A Living God(生ける神)」として身の危険や財産を顧みない濱口梧陵の行為に感動して、紹介している。濱口梧陵は和歌山県の人である。幕末に大津波が襲ってくるのを知り、村これを村人に知らせて、多くの人々を助けた人物だ。ラフカディオ・ハーンは、この話の時と場所を明治の三陸大地震・大津波に置き換えて作品にした。
後に小学校教師であった中井常蔵がこれをもとにして、「稲村の火」題する物語を著し、小学国語読本に採用された。この物語では、舞台が三陸海岸の村という設定で描かれ、小学生ばかりでなく、国民の多くに感動を与え続けた。だが、いつの間にか、この物語は、教科書からも消えてしまった。
小泉純一郎首相は2005年4月21日から24日までインドネシアを訪問し、22日、23両日ジャカルタで開かれるアジア・アフリカ首脳会議(バンドン会議)と24日にバンドンで催されるバンドン会議50周年記念式典に出席した。
その間の23日には、インド洋大津波(2004年Ⅰ2月26日にマグニチュード9.1の地震が発生した「スマトラ島沖地震」)で甚大な被害を受けたバンダアチェを日帰りで訪問した。現地で小泉純一郎首相は、インドネシアの要人から、日本の学校の教科書に、「稲村の火」題する物語が掲載されていた話を感動的に持ち出されて、当惑した。知らなかったからだ。小泉純一郎首相は、慌てて直ぐに本国の文部省に問い合わせを命じたが、文部官僚のだれも知らなかったという。
実に恥ずかしい話であった。「稲村の火」の物語は2011年度の学校教科書に掲載されているというが、「3・11」の大震災には、間に合わなかった。
私は、「3・11」の直後、このことをブログでラフカディオ・ハーンの「生ける神」と中井常蔵の「稲村の火」について書いている。
大津波と聞いていつも小泉八雲の「生ける神」と「稲村の火」の主人公・濱口梧陵の偉業を思い出す
ドナルド・キーン名誉教授は、日本人の物忘れの早さを嘆いている。「直後は東京からあかりが消えエレベーターも止まり『力を合わせて東北の人を助けている』と感じたが、『いまは明るく、必要のない(電光)看板がたくさんある。東京だけではない。もう忘れているのではないか』」と。
そう言えば、米CIA対日工作者マイケル・グリーンCSIS日本部長は、東日本大震災の直後、米軍が「トモダチ作戦」を展開したことを日本の政治家たちが忘れつつあることを嘆いていた。
そうなのだ。そもそも日本人は、良く悪くも物忘れが早い。日本人を愛し、日本人以上に日本文化に精通し、そして日本人になってくれたドナルド・キーンも、まだこの域には達していない。本物の日本人になるには、まだまだ修業?が必要なのかもしれない。
本日の「板垣英憲(いたがきえいけん)情報局」
自民党の義家弘介参院議員が痛快なり、日教組批判して、沖縄県教組がPTA会費から事実上の「闇給与」を支払わせていた「収賄事件」を暴露した
◆〔特別情報①〕
自民党の義家弘介参院議員が3月9日午後の参院決算委員会で、日教組批判を行っていた。義家弘介参院議員が暴露した日教組のデタラメぶりの極めつけは、沖縄県教組の横暴だった。沖縄県民の所得が年収200万円そこそこの全国最下位クラスのなのに、小中高校教員のそれは、600万円以上(一般公務員とは別に給料割り増し)と3倍だという。しかも、これに加えて、PTAに支払わせている事実上の「闇給与」があるというのだ。その実態とは?
つづきはこちら→「板垣英憲(いたがきえいけん)情報局」*有料サイト(申し込み日から月額1000円)
「板垣英憲情報局」はメルマガ(有料)での配信もしております。
お申し込みはこちら↓
平成24年3月21日(水)
第3回板垣英憲『勉強会』開催のご案内
『ロスチャイルドとロックフェラーの暗闘
~金融戦争~資源エネルギー戦争~第3次世界大戦へ』
板垣英憲マスコミ事務所
ブログランキング