
トランプはプーチンに事実上屈服した “戦争屋”の超タカ派ボルトン元大統領補佐官が批判 ウクライナ戦争
飯塚真紀子
在米ジャーナリスト
2/17(月) 8:09
(写真:ロイター/アフロ)
ロシアによるウクライナ侵攻からまもなく3年。第二次トランプ政権はウクライナ戦争の終結に向けた動きを加速化させている。
“影の大統領”の和平案を彷彿させる
そんな中、ブリュッセルで開催された会合「ウクライナ防衛コンタクトグループ」で、ヘグセス米国防長官が「ウクライナが2014年以前の国境に戻ることは非現実的な目標であることを認識しなければならない。この幻想的な目標を追い求めることは、戦争を長引かせ、さらなる苦しみをもたらすだけだ」と述べた。ロシアは2014年にウクライナの一部であるクリミア半島を併合したが、ウクライナは戦争を続けて併合前に戻ろうとしても現実的に戻れないとの見方を示したのだ。
ヘグセス氏のこの発言を聞いて思い出したのは、2022年10月に、イーロン・マスク氏が提案したウクライナ戦争の和平案だ。マスク氏は、2014年にロシアが一方的に併合したクリミア半島を正式にロシア領とすることを提案していた。当然のことながら、この提案はゼレンスキー氏から猛反発されたが、ヘグセス氏の今回の発言は当時のマスク氏の提案を彷彿させるものがある。やはり、トランプ政権には“影の大統領”のマスク氏あり、ということなのだろうか? ヘグセス氏はまた、ウクライナがNATOに加盟する可能性は小さいとの見方も示した。
トランプ氏はというと、プーチン氏と電話会談を行い、戦争終結のための交渉を開始することで合意した。同氏は、昨年の大統領選の時から、バイデン政権がウクライナに多大な軍事支援を続けていることを批判し、「ウクライナ戦争を24時間以内に終わらせる」と豪語していたが、具体的な形で、戦争終結に向けて動き出したことになる。
トランプはプーチンに屈服した
トランプ政権のこの動きを声高に批判している人物がいる。「戦争屋」とも呼ばれている、第一次トランプ政権下で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏だ。同氏は“X”に自身の見解を連ねている。
「ロシアがウクライナの主権を攻撃し、北朝鮮のような敵国を戦闘に協力させ、そして、ウクライナに、領土及びNATOによる安全保障やNATOの加盟国入りを譲歩させることに良心の呵責を感じる。交渉が始まってさえいないのに、これらの譲歩をすることで、トランプはウクライナ問題でプーチンに事実上屈服した」
「トランプは、ゼレンスキーとプーチンの交渉では、ロシアを優遇するだろうと私は何度も警告してきた。ロシアの軍事的パフォーマンスは悲惨なものだったが、トランプはプーチンの侵攻を正当化している。中東とインド太平洋にいる敵が(この状況を)見ていることは明らかなので、米国の安全保障の利益に対する損害は、中央ヨーロッパをはるかに超えて広がるだろう」
「米国の指導者に、ウクライナ及び同国と共にあるNATO同盟国を支持する責任があることは明白だ。ロシアがウクライナに言われのない攻撃をするのを許すことは、我が国の国益に反する。トランプ政権は恥を知れ」
米国の国家安全保障にとって脅威になる
ボルトン氏は米国内外のメディアでも、ロシアの勝利と米国の国家安全保障が脅威に晒されているという見解を繰り返している。
「プーチンは今週、米国、NATO、ウクライナに対して大きな勝利を収めた。バイデンやゼレンスキーとは交渉をしなかったからだ。彼(プーチン)がトランプとの交渉を待ったのは、ロシアはトランプとの交渉からより多くの利益を得られると考えたからだ。プーチンは完全に正しかった」
「ロシアに対する際限のない譲歩は、米国の国家安全保障にとって脅威だ。今週、トランプ政権はウクライナに対するNATOの立場と、ソ連を解体させたベラルーシ協定を台無しにした。これにより、旧ソ連の共和国はすべてロシアから侵略されるリスクに晒されることになる」(CNNに対するコメント)
「トランプはプーチンや習近平のような権威主義的な指導者との交渉を好むが、彼は自分がこれまで行ってきた譲歩や利害関係を十分に理解していないため、我が国の国家安全保障にとって危険だ」(インドの英語ニュースチャンネルWIONに対するコメント)
今を見るか、将来を見据えるか
トランプ氏は多くの犠牲者が出ているウクライナ戦争を早期に終結させる重要性を訴えてきた。その意味では、戦争に反対する平和主義者と言っていいだろう。確かに、こうしている瞬間にも命が失われているかもしれない目の前の戦争を一刻も早く終わらせることは非常に重要だと思う。
しかし、トランプ政権の頭の中にあると思われる、ウクライナが領土の一部をロシアに明け渡すことで戦争を終結させるという方法は力による現状変更を許すことであり、旧ソ連の共和国もロシアから侵攻されるリスクがあるし、東アジアでは台湾も中国から侵攻されるリスクがある。ボルトン氏が警戒しているのはこのことだ。米民主党もまた、トランプ氏の戦争へのアプローチはウクライナにとっては降伏と同じことで、ヨーロッパ全体を危険にさらすことになると訴えている。根底には、力による現状変更をしようとする権威主義国家から民主主義を守らなくてはならないとの思いがある。
これ以上死傷者が出るのを防ぐために目の前の戦争を終わらせるのか、それとも、ロシアのような権威主義国家をのさばらせれば将来また起こりうる戦争から民主主義を守るために軍事支援を続けるのか? 今を見るか、将来を見据えるか。トランプ氏は今起きている戦争を終結させるために、宥和策を取ろうとしているように見える。トランプ氏が、G7にロシアを復帰させ、G8に戻すべきだという考えを示したことからもそのことは窺える。しかし、ボルトン氏が憂えている将来のリスクもまた懸念される。
欧州や当事国のウクライナ抜きで行われる米国とロシアによる和平交渉は、ウクライナのNATO加盟と領土を巡って米国が譲歩し、ロシアにとって有利に進む可能性があるとの指摘もある。一方、ゼレンスキー氏はウクライナの関与なしで作られる和平案を受け入れないと述べている。今年に入り、トランプ氏はウクライナ戦争を6ヶ月以内に終結させたいとトーンダウンする発言をしたが、果たしてそれを実現できるのか?
飯塚真紀子
在米ジャーナリスト
2/17(月) 8:09
(写真:ロイター/アフロ)
ロシアによるウクライナ侵攻からまもなく3年。第二次トランプ政権はウクライナ戦争の終結に向けた動きを加速化させている。
“影の大統領”の和平案を彷彿させる
そんな中、ブリュッセルで開催された会合「ウクライナ防衛コンタクトグループ」で、ヘグセス米国防長官が「ウクライナが2014年以前の国境に戻ることは非現実的な目標であることを認識しなければならない。この幻想的な目標を追い求めることは、戦争を長引かせ、さらなる苦しみをもたらすだけだ」と述べた。ロシアは2014年にウクライナの一部であるクリミア半島を併合したが、ウクライナは戦争を続けて併合前に戻ろうとしても現実的に戻れないとの見方を示したのだ。
ヘグセス氏のこの発言を聞いて思い出したのは、2022年10月に、イーロン・マスク氏が提案したウクライナ戦争の和平案だ。マスク氏は、2014年にロシアが一方的に併合したクリミア半島を正式にロシア領とすることを提案していた。当然のことながら、この提案はゼレンスキー氏から猛反発されたが、ヘグセス氏の今回の発言は当時のマスク氏の提案を彷彿させるものがある。やはり、トランプ政権には“影の大統領”のマスク氏あり、ということなのだろうか? ヘグセス氏はまた、ウクライナがNATOに加盟する可能性は小さいとの見方も示した。
トランプ氏はというと、プーチン氏と電話会談を行い、戦争終結のための交渉を開始することで合意した。同氏は、昨年の大統領選の時から、バイデン政権がウクライナに多大な軍事支援を続けていることを批判し、「ウクライナ戦争を24時間以内に終わらせる」と豪語していたが、具体的な形で、戦争終結に向けて動き出したことになる。
トランプはプーチンに屈服した
トランプ政権のこの動きを声高に批判している人物がいる。「戦争屋」とも呼ばれている、第一次トランプ政権下で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏だ。同氏は“X”に自身の見解を連ねている。
「ロシアがウクライナの主権を攻撃し、北朝鮮のような敵国を戦闘に協力させ、そして、ウクライナに、領土及びNATOによる安全保障やNATOの加盟国入りを譲歩させることに良心の呵責を感じる。交渉が始まってさえいないのに、これらの譲歩をすることで、トランプはウクライナ問題でプーチンに事実上屈服した」
「トランプは、ゼレンスキーとプーチンの交渉では、ロシアを優遇するだろうと私は何度も警告してきた。ロシアの軍事的パフォーマンスは悲惨なものだったが、トランプはプーチンの侵攻を正当化している。中東とインド太平洋にいる敵が(この状況を)見ていることは明らかなので、米国の安全保障の利益に対する損害は、中央ヨーロッパをはるかに超えて広がるだろう」
「米国の指導者に、ウクライナ及び同国と共にあるNATO同盟国を支持する責任があることは明白だ。ロシアがウクライナに言われのない攻撃をするのを許すことは、我が国の国益に反する。トランプ政権は恥を知れ」
米国の国家安全保障にとって脅威になる
ボルトン氏は米国内外のメディアでも、ロシアの勝利と米国の国家安全保障が脅威に晒されているという見解を繰り返している。
「プーチンは今週、米国、NATO、ウクライナに対して大きな勝利を収めた。バイデンやゼレンスキーとは交渉をしなかったからだ。彼(プーチン)がトランプとの交渉を待ったのは、ロシアはトランプとの交渉からより多くの利益を得られると考えたからだ。プーチンは完全に正しかった」
「ロシアに対する際限のない譲歩は、米国の国家安全保障にとって脅威だ。今週、トランプ政権はウクライナに対するNATOの立場と、ソ連を解体させたベラルーシ協定を台無しにした。これにより、旧ソ連の共和国はすべてロシアから侵略されるリスクに晒されることになる」(CNNに対するコメント)
「トランプはプーチンや習近平のような権威主義的な指導者との交渉を好むが、彼は自分がこれまで行ってきた譲歩や利害関係を十分に理解していないため、我が国の国家安全保障にとって危険だ」(インドの英語ニュースチャンネルWIONに対するコメント)
今を見るか、将来を見据えるか
トランプ氏は多くの犠牲者が出ているウクライナ戦争を早期に終結させる重要性を訴えてきた。その意味では、戦争に反対する平和主義者と言っていいだろう。確かに、こうしている瞬間にも命が失われているかもしれない目の前の戦争を一刻も早く終わらせることは非常に重要だと思う。
しかし、トランプ政権の頭の中にあると思われる、ウクライナが領土の一部をロシアに明け渡すことで戦争を終結させるという方法は力による現状変更を許すことであり、旧ソ連の共和国もロシアから侵攻されるリスクがあるし、東アジアでは台湾も中国から侵攻されるリスクがある。ボルトン氏が警戒しているのはこのことだ。米民主党もまた、トランプ氏の戦争へのアプローチはウクライナにとっては降伏と同じことで、ヨーロッパ全体を危険にさらすことになると訴えている。根底には、力による現状変更をしようとする権威主義国家から民主主義を守らなくてはならないとの思いがある。
これ以上死傷者が出るのを防ぐために目の前の戦争を終わらせるのか、それとも、ロシアのような権威主義国家をのさばらせれば将来また起こりうる戦争から民主主義を守るために軍事支援を続けるのか? 今を見るか、将来を見据えるか。トランプ氏は今起きている戦争を終結させるために、宥和策を取ろうとしているように見える。トランプ氏が、G7にロシアを復帰させ、G8に戻すべきだという考えを示したことからもそのことは窺える。しかし、ボルトン氏が憂えている将来のリスクもまた懸念される。
欧州や当事国のウクライナ抜きで行われる米国とロシアによる和平交渉は、ウクライナのNATO加盟と領土を巡って米国が譲歩し、ロシアにとって有利に進む可能性があるとの指摘もある。一方、ゼレンスキー氏はウクライナの関与なしで作られる和平案を受け入れないと述べている。今年に入り、トランプ氏はウクライナ戦争を6ヶ月以内に終結させたいとトーンダウンする発言をしたが、果たしてそれを実現できるのか?