>東京除外は、正直ありがたいと思っています。ただ、私たちの地域は3.11で大きな被害を受けた時に東京の人にたくさん助けてもらった。だからもどかしい気持ちにもなります
2021>
7月29日、岩手県内で初めて新型コロナウィルスの感染が確認された。岩手県は日本で最初に感染が確認された1月28日から感染者はゼロを維持し続けており、4月10日に鳥取県で感染者が確認されてからは、全国で唯一の“感染者ゼロ県”だった。
【アンケート】岩手県の旅館に聞いた「Go Toトラベル」に賛成?反対?
「文春オンライン」は、政府の観光支援策「Go Toトラベル」事業の開始直前、岩手県の宿泊施設に電話でGo Toトラベルの是非についてのアンケートを実施。賛否あった“岩手県民の本音”を再公開する。
◆◆◆ 政府の観光支援策「Go Toトラベル」事業が波紋を広げている。当初は8月以降に開始する予定だったが、7月10日になって突如7月22日に前倒しして開始すると発表。二転三転して、7月16日午後、赤羽一嘉国土交通相が「東京発着の旅行を対象外にする」と発表した。
「国のほうで、よーく、ご判断されたことかと。一方で国として都民、国民に対しての説明ということが求められるのではないでしょうか」
Go Toトラベル東京除外を受けて同日、小池百合子東京都知事は皮肉るようにこう発言した。
岩手県の旅館を対象にアンケートを実施
全国的な感染拡大が懸念されている新型コロナウイルスだが、7月17日現在、いまだ感染者が確認されていないのが、岩手県だ。“感染ゼロ県”の宿泊施設関係者は、このGo Toトラベル事業をどうみているのだろうか。
「文春オンライン」特集班は、岩手県の宿泊施設を対象に電話でGo Toトラベルの是非についてのアンケートを実施。
電話をかけた52施設中、29施設が取材に応じてくれた。
そのうちGo Toトラベルに「賛成」したのが34.5%、
「反対」が55.2%、「どちらとも言えない」が10.3%という結果になった。
「自分の旅館から感染者第1号を出したくない」
岩手県の内陸で100年以上営業を続ける老舗旅館の関係者が語る。
「今うちは前年比10%の売上しかない危機的状況だし、(他県からの客が)来てくれたら受け入れるしかないけど、正直お客が来てくれるよりも『コロナに罹りたくない』『絶対に自分の旅館から感染者第1号を出したくない』という気持ちの方が強いですよ」
ほかにも多くの施設で「なにより第1号を出したくない」という声が。 「絶対に自分のホテルから第1号を出したくない。
今Go Toトラベルをやったところで、県外からの来客があるとは思えないし、効果ないんじゃないですか。正直、東京のお客さんが来るとドキッとする」(宿泊施設支配人)
コロナ!」の罵声で引っ越しせざるを得ない人も
感染者ゼロというプレッシャーはこの地に重くのしかかっているようだ。県外の人を排斥するような言動は、宿泊施設関係者にとって他人事では済まされない。 「岩手でも、最近は “コロナ対応”で葬式をすることもあるんです。感染者がゼロなのに、万が一のことがあってはいけないということで、葬式には親族以外は立ち会わない。生活が制限されて『なんで私たちが』という被害者感情が芽生えるのでしょうね。この前、東京から帰省した人が、近隣住民から『コロナ!』と罵声を浴びて引っ越しをせざるを得なくなったという話を人づてに聞きました」(岩手県中西部の旅館経営者)
「3.11」を思い返す大船渡の旅館経営者
Go Toキャンペーンから東京が除外されたのには、こうした不安の声もあったのだろう。東京除外の発表で、沿岸地域で家族経営の旅館を営む男性は安堵したという。
「東京除外は、正直ありがたいと思っています。ただ、私たちの地域は3.11で大きな被害を受けた時に東京の人にたくさん助けてもらった。だからもどかしい気持ちにもなります。いま、コロナの震源地として目の敵にされている新宿からも毎年復興の手伝いをするため泊まりに来てくれていた人がいるので、非常に心苦しいですね」
前出の100年続く老舗旅館関係者もこう語っていた。 「東京対象外は正直、嬉しいです。東京からの客はしばらくいらないと思っていましたから」
しかし、東京が除外されたことで「正直痛手です」と落胆する宿泊施設関係者もいる。盛岡市で旅館を経営する男性は、Go Toトラベル事業に「賛成です」としたうえで次のように語る。
「Go Toに『反対』と言える旅館がうらやましい」
「旅行業は関係業者が多く、裾野の広い業種なんです。Go Toトラベル事業は宿泊施設だけでなく、宿に食材を卸してくれる業者や、高速道路やサービスエリアを運営する会社への救済措置でもあったはず。東京から岩手まで車で来ようと思ったら往復で3万円近くしますから、Go Toキャンペーンの対象かそうでないかは客足に直接響きますよね。東京の人が来れなくなることで、旅行者の母数が縮小してしまうのは目に見えている。感染は怖いけど、岩手の旅行産業全体を考えると来てほしかったという気持ちがあります」
Go Toトラベルの予算は総額1.7兆円。国をあげた大規模な観光支援キャンペーンは、資金繰りに困窮していた小規模な宿泊施設にとっては希望の光だった。
「うちは、月400万円程度で経営している小さな旅館です。でもこのコロナ危機で3000万円の借金を抱えました。売り上げは前年比10%です。その借金も、数カ月程度しかもたないので本当に困っています。今、ギリギリで運営できているという状況なので、Go To事業に『反対』と言える旅館は本当にうらやましい。感染してもいいからお客さんに来てもらいたい……というのが正直なところです」(盛岡市街地にある旅館関係者)
関西のお客さんはおしゃべりだから……」
「(Go Toトラベルは)本当に腹立たしい。家族経営で女将が高齢なので、大都市圏のお客さんは来てほしくないというのが正直なところです。情報番組で、『どんどん来てください』みたいな意見を岩手県行政関係者の声として紹介されているのを観ると本当に驚く。このたまった鬱憤をどこにぶつけたらいいか。関西からのお客さんはみなおしゃべりなので、10分以上フロントでしゃべったりするんですよ。早く部屋に戻って欲しいのに……。7月の連休で東京からもお客さんが来るけれど、電話をして暗に本当に来るのか確認しようと思っています」(旅館従業員)
また、「県内でも独自に割引キャンペーンなどをしているのでそれで十分」(旅館関係者)だという声もあった。岩手県では、岩手県民を対象に7月11日から「岩手(じもと)に泊まるなら地元割クーポン」という割引クーポンを20万枚発行し、県内の観光業の活性化を始めた。宿泊料金が1人1泊3000円以上の場合に2000円が割り引かれるのだ。
「Go Toトラベルで全国から旅行客が来るのは不安が大きいので、県民向けの取り組みはありがたいです。まだ具体的に予約が入っているわけではないのですが、今この状況においては、同じお客さんだったら県外よりも県内の人に来て欲しいのが正直なところですから……」(旅館関係者)
県外ナンバーの旅行者に「帰ってほしい」と苦情
「県外から来ても、お客さんの方も居心地が悪いのではないでしょうか」という旅館関係者もいた。岩手県東部の旅館経営者は、県外から来る常連客について申し訳なさそうな口調でこう語る。
「コロナ前からよく泊まりにきてくださる県外からの常連さんがいるのですが、やっぱり岩手は感染者ゼロだから、周りの目が厳しくて。その方は釣りをするために車で来てくださったのですが、旅館の近隣の方が県外ナンバーだと気が付いてしまった。その常連客の方は、近隣の方から『泊まりに来たんですか?』『帰ってほしい』と苦情を言われてしまったんです。本当は連泊の予定だったのですが、その方は『申し訳ない』と、1日で帰っていかれました。こちらとしても心苦しかったです」
この状態で何を準備すればいいのか」
「第1号が出るかもしれないが、そればっかりはしょうがない。今は前年の2~3割程度の来客数ですから、経営的にはありがたいですよ。ただ、これだけ前倒しで進めるのだから、万が一感染者が出たとしても受け入れ先だけの責任にしないでほしいですね」(盛岡市内にあるホテルの支配人) 「どちらとも言えない」と回答した、岩手県南東部で小さな旅館を経営する女性は政府への不満と困惑を隠さずにこう話す。
「22日から前倒しで実施とか、東京除外とかの報道ばかりが過熱していますが、私たちのところに自治体から具体的な連絡は来ていません。だから賛成も反対も何もない。
以前、Go Toトラベルについての説明会を開催すると自治体からFAXがきましたが、そこには8月以降の日程が記されていました。そもそもうちは小さな旅館ですから説明会に出向くことができませんし、もし開催された時は、近くの旅館の知り合いに内容を教えてもらうことになるんですけどね。この状態で何を準備すればいいっていうのでしょうか」
東京は除外となったが、Go Toトラベル事業は予定通り、7月22日から開始される。