「専門家からすると“自殺行為”」 事故多発の再生医療の闇… 「儲け優先の医師が売りまくっている」
1/19(日) 11:08配信
1/19(日) 11:08配信
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デイリー新潮
患者には見抜けない? 再生医療の落とし穴とは
美容医療業界で近頃人気を博す「エクソソーム」。細胞から放出されるこの物質を利用した治療法は「再生医療」に位置付けられることもあり、タレントや有名実業家がこぞって宣伝してきた。だが「新時代の美容医療」ともてはやされる陰には大きな落とし穴も――。
【写真を見る】銀座などで激増の再生医療クリニック
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東京・銀座や日本橋といった日本を代表する高級繁華街。これらの地で近年とくに増えているのが、再生医療を看板に掲げるクリニックだ。そんなクリニックの一つに厚生労働省が再生医療等の提供の一時停止を内容とする緊急命令を出したのは、昨年10月のことだった。
全国紙記者が語る。
「緊急命令を受けたのは、がんなどの予防をうたう再生医療を自由診療で提供するクリニックでした。このクリニックでは患者の体内から採取したNK細胞と呼ばれる免疫細胞を培養・加工し、再び体内に戻すことで、患者の免疫力を活性化させるという治療を提供していましたが、施術を受けた患者のうち2名が重大な感染症にかかってしまったのです」
この治療は1クール当たり300万円前後の費用がかかる超高額治療。細胞の培養を専用施設内の“クリーンルーム”で行うため、安全性が担保されているというのがウリのはずだった。
「しかし、そこで培養された細胞加工物が細菌で汚染されていたわけですから、結局は管理がずさんだったということでしょう。クリニックを運営する医療法人は速やかに当該クリニックを閉鎖しましたが、系列の別のクリニックは何食わぬ顔で営業を続けています」(同)
後を絶たない医療事故
「再生医療」と聞けば、多くの人が「高度な医療」や「先進的な医療」といったイメージを抱くに違いない。2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥氏の「iPS細胞」を思い浮かべたり、「不老長寿」という夢物語を思い描いたりする人もいるだろう。しかし「その安全性は?」と聞かれれば、よく分からない人がほとんどなのではないか。
実は近年、再生医療を巡るトラブルや医療事故が後を絶たない。「無限の可能性」ばかりが強調され、安全性がなおざりになった再生医療がちまたに横行しているのだという。再生医療の現場で一体、何が起こっているのだろうか。
“あたかも再生医療”
玉石混淆の再生医療業界において、そもそも「再生医療」という言葉自体が曖昧模糊(もこ)としていると指摘するのは、一般社団法人「再生医療安全推進機構」の代表理事を務める香月信滋氏だ。
「皆さんがイメージされている通り、再生医療とは病気やケガなどで損なわれた細胞や組織、器官を正常な状態に“再生”させる治療法を言います。ただ、現在一般的に提供されている再生医療には、法律内で提供される再生医療と法律外で提供される“あたかも再生医療”の二種類が存在するのです」(香月氏)
ここでいう「法律」とは、13年に成立、翌14年に施行された「再生医療等安全性確保法(安確法)」のことを指す。再生医療では多くの場合、患者の体内から細胞を採取し、それを培養したり加工したりしたものを再び患者の体内に戻すことで治療が行われる。安確法ではそのような再生医療を行うにあたって踏むべき厳格なプロセスが定められているのである。
「具体的には、医療機関は再生医療等の提供にあたって各疾患の治療法ごとに『再生医療等提供計画』を作成することが義務付けられます。そして、その提供計画は安確法に基づいて厚生労働省から設置認定を受けた『特定認定再生医療等委員会』の審議にかけられる。そこで承認された後、厚生労働大臣に届出を行って初めて、クリニックで再生医療を提供することができるのです」(同)
法律は“骨抜き”
しかし、安確法が厳しいルールを定めていようとも、クリニックが実際にそれを守らなければ、当然、安全性も絵に描いた餅に終わってしまう。冒頭で紹介したクリニックはその最たる問題例といえる。
先の全国紙記者によれば、
「10月に緊急命令が出されたクリニックも、安確法に基づき提供計画を作成して委員会の承認を得ていました。さらに言えば、このクリニックを運営する医療法人は、自社の培養センターの運営を東証グロース市場に上場しているバイオ企業に任せていたといいます。しかし緊急命令後の厚労省による立ち入り検査で、計画と異なる方法での提供など複数の法令違反が確認され、改善命令が出されるに至ったわけで、“委員会の承認があるから安全”とは到底いえない状況なのです」
つまり、安確法は事実上骨抜きになっているといってよく、一般の患者にとって「本当に安全な再生医療」を見抜くことはほとんど不可能なのである。
玉石混淆の再生医療業界において、そもそも「再生医療」という言葉自体が曖昧模糊(もこ)としていると指摘するのは、一般社団法人「再生医療安全推進機構」の代表理事を務める香月信滋氏だ。
「皆さんがイメージされている通り、再生医療とは病気やケガなどで損なわれた細胞や組織、器官を正常な状態に“再生”させる治療法を言います。ただ、現在一般的に提供されている再生医療には、法律内で提供される再生医療と法律外で提供される“あたかも再生医療”の二種類が存在するのです」(香月氏)
ここでいう「法律」とは、13年に成立、翌14年に施行された「再生医療等安全性確保法(安確法)」のことを指す。再生医療では多くの場合、患者の体内から細胞を採取し、それを培養したり加工したりしたものを再び患者の体内に戻すことで治療が行われる。安確法ではそのような再生医療を行うにあたって踏むべき厳格なプロセスが定められているのである。
「具体的には、医療機関は再生医療等の提供にあたって各疾患の治療法ごとに『再生医療等提供計画』を作成することが義務付けられます。そして、その提供計画は安確法に基づいて厚生労働省から設置認定を受けた『特定認定再生医療等委員会』の審議にかけられる。そこで承認された後、厚生労働大臣に届出を行って初めて、クリニックで再生医療を提供することができるのです」(同)
法律は“骨抜き”
しかし、安確法が厳しいルールを定めていようとも、クリニックが実際にそれを守らなければ、当然、安全性も絵に描いた餅に終わってしまう。冒頭で紹介したクリニックはその最たる問題例といえる。
先の全国紙記者によれば、
「10月に緊急命令が出されたクリニックも、安確法に基づき提供計画を作成して委員会の承認を得ていました。さらに言えば、このクリニックを運営する医療法人は、自社の培養センターの運営を東証グロース市場に上場しているバイオ企業に任せていたといいます。しかし緊急命令後の厚労省による立ち入り検査で、計画と異なる方法での提供など複数の法令違反が確認され、改善命令が出されるに至ったわけで、“委員会の承認があるから安全”とは到底いえない状況なのです」
つまり、安確法は事実上骨抜きになっているといってよく、一般の患者にとって「本当に安全な再生医療」を見抜くことはほとんど不可能なのである。
“儲け優先”で売りまくり
法律内で提供される再生医療ですら安全性に疑問符が付くのだから、法律外で提供される“あたかも再生医療”の安全性は推して知るべし……。ところが目下の再生医療業界では、この“あたかも再生医療”が絶大な人気を博しているのだという。
香月氏が嘆息する。
「この手の“再生医療”の代表格が、エクソソーム治療や幹細胞培養上清液(じょうせいえき)治療と呼ばれる治療法です。これらは培養した幹細胞を直接使用するのではなく、培養後に残った上清液という上澄み液や、細胞から分泌されたエクソソームと呼ばれる物質を抽出し、皮膚に塗布したり筋肉に注射したりすることで治療効果を得ようとするもの。細胞を体内に注入するわけではありませんから安確法の所管外であり、面倒な提供計画の作成や委員会への審議の申請なども要りません。細胞を培養した後のいわば“廃棄物”を利用するわけですから価格も数万円程度で、法律内で提供される再生医療とは比べ物にならないくらい安い。しかも『手軽だ』と人気がありますから、効果もリスクも理解していない医師が“儲け優先”で売りまくっているのです」
命の危険にさらされる恐れも
実際、上清液やエクソソームをインターネットで検索すると、アンチエイジングや傷ついた組織の修復、育毛、疲労回復に免疫調節作用など、夢のような効果がうたわれている。中には「iPS細胞を利用」といった最先端医療を装う宣伝文句まで存在する始末だ。
しかし現実には「夢のような治療」とは程遠い劣悪な製品が横行し、命の危険にさらされる恐れすら否定できないのが実態なのだという。
「“あたかも再生医療”のリスクの一つは、製品の原料がどこの誰の細胞か分からないというところです。法律の範囲内の再生医療では基本的に、使用されるのは自分の細胞です。ところが、私たちが調査したところ、現在の日本で表立って上清液治療やエクソソーム治療を提供している約700カ所の医療施設のうち、患者自身の細胞を使用していると明確に公表している施設はほとんどありません。それどころか8割以上が他人の細胞由来か、下手をすれば人間の細胞由来ではない恐れすらあります。また、専門家の調査によって、エクソソームとうたいながらエクソソームが全く含まれていない“謎の液体”が使用されている悪質な例も判明したため、注意が必要なのです」(香月氏)
法律内で提供される再生医療ですら安全性に疑問符が付くのだから、法律外で提供される“あたかも再生医療”の安全性は推して知るべし……。ところが目下の再生医療業界では、この“あたかも再生医療”が絶大な人気を博しているのだという。
香月氏が嘆息する。
「この手の“再生医療”の代表格が、エクソソーム治療や幹細胞培養上清液(じょうせいえき)治療と呼ばれる治療法です。これらは培養した幹細胞を直接使用するのではなく、培養後に残った上清液という上澄み液や、細胞から分泌されたエクソソームと呼ばれる物質を抽出し、皮膚に塗布したり筋肉に注射したりすることで治療効果を得ようとするもの。細胞を体内に注入するわけではありませんから安確法の所管外であり、面倒な提供計画の作成や委員会への審議の申請なども要りません。細胞を培養した後のいわば“廃棄物”を利用するわけですから価格も数万円程度で、法律内で提供される再生医療とは比べ物にならないくらい安い。しかも『手軽だ』と人気がありますから、効果もリスクも理解していない医師が“儲け優先”で売りまくっているのです」
命の危険にさらされる恐れも
実際、上清液やエクソソームをインターネットで検索すると、アンチエイジングや傷ついた組織の修復、育毛、疲労回復に免疫調節作用など、夢のような効果がうたわれている。中には「iPS細胞を利用」といった最先端医療を装う宣伝文句まで存在する始末だ。
しかし現実には「夢のような治療」とは程遠い劣悪な製品が横行し、命の危険にさらされる恐れすら否定できないのが実態なのだという。
「“あたかも再生医療”のリスクの一つは、製品の原料がどこの誰の細胞か分からないというところです。法律の範囲内の再生医療では基本的に、使用されるのは自分の細胞です。ところが、私たちが調査したところ、現在の日本で表立って上清液治療やエクソソーム治療を提供している約700カ所の医療施設のうち、患者自身の細胞を使用していると明確に公表している施設はほとんどありません。それどころか8割以上が他人の細胞由来か、下手をすれば人間の細胞由来ではない恐れすらあります。また、専門家の調査によって、エクソソームとうたいながらエクソソームが全く含まれていない“謎の液体”が使用されている悪質な例も判明したため、注意が必要なのです」(香月氏)
“自殺行為”
出どころ不明の不気味な液体を肌に塗りたくる――。考えただけでもゾッとするが、さらに危険なのは、その液体を静脈に注射するという施術メニューが存在することだ。“静脈注射”をすれば上清液やエクソソームの有効成分が効果的に全身を回り、さまざまな疾患に対しより高い効果を発揮する。そんな売り文句らしいが、専門家からすれば、いつ命を落としてもおかしくない“自殺行為”に他ならないという。
実際、再生医療安全推進機構の「再生医療相談室」には、日々、切実な“悲鳴”が寄せられている。
香月氏が言う。
「向精神薬の影響で勃起不全になった男性がクリニックで陰茎にエクソソームの局所注射を行ったところ、数日後から、椅子に座ることもできないような強い痛みや手足の痺れが現れたそうです。クリニックに相談しても“メンタルの問題”と門前払いされたといいます。また、脳梗塞の治療にと病院からエクソソームの点滴を勧められた方もおられました。全10回の点滴治療に合計400万円ほど支払ったものの、9回目の点滴を終えた段階で効果は全くなし。医師に説明を求めてもはぐらかされるばかりだったそうです」
意識レベルが下がり救急搬送
都内で再生医療クリニックを経営するある医師も、こう証言する。
「上清液やエクソソームを美容液として皮膚に塗布することは、健康被害という意味ではほとんどリスクはなく、むしろ効果的な側面も確認されています。でも、それはあくまでも美容液が真皮より深くには浸透しないことが前提。上清液やエクソソームに不純物が混じっている場合、それを静脈に注射してしまえば不純物が全身を回り、最悪の場合、命を落とすことにもなりかねません。私の知っている医師も業者からエクソソームの静脈注射を病院の施術メニューとして提案され、試しに自分の腕の血管に注射したところ、たちどころに意識レベルが低下。最終的に救急搬送されるに至ったということがありました」
それでも“静脈注射”という危険行為が横行しているのは、ひとえに医師の無知が原因といい、
「“あたかも再生医療”を提供する医師の中には、再生医療の専門家ではない先生もかなりいます。彼らが上清液やエクソソームに手を出すのは、悪質な細胞販売業者に“儲かりますから”と勧められたというだけ。上清液やエクソソームは機械さえ用意できれば誰でも作り出すことができ、そのための資格も不要ですから、最近は“ベンチャー感覚”で細胞培養事業に乗り出す実業家も多い。そのような駆け出しの業者が“エクソソームをやりませんか”と専門外の医師に売り込みをかけるのです」(同)
これまでプラスの面ばかりに光が当てられてきた再生医療の世界。研究が進んで“不治の病”がなくなるのなら喜ばしい限りだが、“不老長寿”のうたい文句にはまだまだ落とし穴が潜んでいることを肝に銘じておくべきだろう。
「週刊新潮」2025年1月16日号 掲載
出どころ不明の不気味な液体を肌に塗りたくる――。考えただけでもゾッとするが、さらに危険なのは、その液体を静脈に注射するという施術メニューが存在することだ。“静脈注射”をすれば上清液やエクソソームの有効成分が効果的に全身を回り、さまざまな疾患に対しより高い効果を発揮する。そんな売り文句らしいが、専門家からすれば、いつ命を落としてもおかしくない“自殺行為”に他ならないという。
実際、再生医療安全推進機構の「再生医療相談室」には、日々、切実な“悲鳴”が寄せられている。
香月氏が言う。
「向精神薬の影響で勃起不全になった男性がクリニックで陰茎にエクソソームの局所注射を行ったところ、数日後から、椅子に座ることもできないような強い痛みや手足の痺れが現れたそうです。クリニックに相談しても“メンタルの問題”と門前払いされたといいます。また、脳梗塞の治療にと病院からエクソソームの点滴を勧められた方もおられました。全10回の点滴治療に合計400万円ほど支払ったものの、9回目の点滴を終えた段階で効果は全くなし。医師に説明を求めてもはぐらかされるばかりだったそうです」
意識レベルが下がり救急搬送
都内で再生医療クリニックを経営するある医師も、こう証言する。
「上清液やエクソソームを美容液として皮膚に塗布することは、健康被害という意味ではほとんどリスクはなく、むしろ効果的な側面も確認されています。でも、それはあくまでも美容液が真皮より深くには浸透しないことが前提。上清液やエクソソームに不純物が混じっている場合、それを静脈に注射してしまえば不純物が全身を回り、最悪の場合、命を落とすことにもなりかねません。私の知っている医師も業者からエクソソームの静脈注射を病院の施術メニューとして提案され、試しに自分の腕の血管に注射したところ、たちどころに意識レベルが低下。最終的に救急搬送されるに至ったということがありました」
それでも“静脈注射”という危険行為が横行しているのは、ひとえに医師の無知が原因といい、
「“あたかも再生医療”を提供する医師の中には、再生医療の専門家ではない先生もかなりいます。彼らが上清液やエクソソームに手を出すのは、悪質な細胞販売業者に“儲かりますから”と勧められたというだけ。上清液やエクソソームは機械さえ用意できれば誰でも作り出すことができ、そのための資格も不要ですから、最近は“ベンチャー感覚”で細胞培養事業に乗り出す実業家も多い。そのような駆け出しの業者が“エクソソームをやりませんか”と専門外の医師に売り込みをかけるのです」(同)
これまでプラスの面ばかりに光が当てられてきた再生医療の世界。研究が進んで“不治の病”がなくなるのなら喜ばしい限りだが、“不老長寿”のうたい文句にはまだまだ落とし穴が潜んでいることを肝に銘じておくべきだろう。
「週刊新潮」2025年1月16日号 掲載