マスクをしていなかったり、大勢で集まって飲んでいたり……。そういう人を「許せない」と思う人の心理に迫ります(写真:yoshan/PIXTA)
欧米ではすでに盛んだった「マスク着用の是非」、ようやく日本でも議論されるようになってきました。マスクには健康上のデメリットもあり、特に子どもたちへの悪影響も深刻です。そのようなことを知ったうえで、マスクを外したいと思ってもなかなかできない――。
そこには「他人の目」という同調圧力の壁があるかもしれません。
『マスクを外す日のために今から始める、ウィズコロナの健やかな生き方』を緊急出版した医師、和田秀樹さんが「他人を許せない人」の脳で起きているカラクリをわかりやすく解説します。
コロナ下、さまざまな「警察組織」が登場しました。
その総称は「自粛警察」。「マスク警察」や「帰省警察」「ワクチン接種警察」などの“部署”に分かれているようです。
「自粛警察」という言葉自体は、2011年3月の東日本大震災の頃からあるそうで、今、確認されている最初の用例は、東日本大震災後のツイッターへの投稿だとか。その意味は、言うまでもないでしょうが、政府などの自粛要請に応じない個人や飲食店などを「許せない」と、私的に「取り締まる」人々や行為を指します。
■真面目な人ほど攻撃的になりやすい
「他県ナンバーのクルマを傷つける」や「マスクをしていない人を罵倒する」といった暴力的な事例は一時より減ったようですが、その「許せない精神」は今も健在です。
私の知人は、母親が亡くなった際、東京ナンバーのクルマで帰省したところ、駐車線から5センチほどはみだしていただけで、警察に通報されたそうです。私自身、クルマで動くことが多いため、今も県境を越えたときは、冷たい視線を感じて、けっこう窮屈な思いをしています。
さて、心理学の知見では、「まじめな人ほど、ルール違反の行為に接したとき、自らの損失を省みず、攻撃的になる」傾向があることがわかっています。そうした行動には、セロトニン不足が関係しているようです。
セロトニンが不足すると、感情状態のバランスが欠け、自分が正しいと思うこと(=自分なりの正義)に反する行為を許せなくなる傾向が強まるのです。そのため、ふだんなら見逃しているレベルの「事犯」でも、セロトニンが不足していると、反射的に激しく注意したりしてしまうのです。
そもそも、「日本人のセロトニン分泌量は、世界最少クラス」という研究もあるくらいですから、日本人には、何らかのきっかけでセロトニン不足が生じると、自粛警察官化する傾向があるといってもいいでしょう。
とりわけ、コロナ下では、ステイホームが要求されていたため、日光を浴びる時間が短くなり、セロトニンが不足しがちです。その結果、ふだんは隠れている“自粛警察性”が現れやすくなったとも思えます。
■「怒り」はどこから生まれてくるのか
では、他者を「許せなくなる」ような負の感情は、どのように制御すればいいのか。まずは、「負の感情」、具体的には「怒り」がどのようにして生まれてくるのか、そこからお話ししましょう。
人間の感情は、大脳皮質(前頭葉など)と、脳の深いところにある大脳辺縁系(古脳)の相互作用から生じます。
たとえば、「マスクをしていない人が、大声で話している」姿を見かけると、辺縁系がすばやく、かつ単純に反応して、イラッときます。ときには頭に血がのぼり、文句の一言もいいたくなるでしょう。それも、辺縁系の反応です。辺縁系は、瞬間的に交感神経を興奮させ、直情的な怒りといった原始的感情を生み出すのです。
その辺縁系のなかでも、感情に関しては、「扁桃体」という部位が主役を務めています。扁桃体は、目や耳から情報が入ってくると、それが「生存」に関わるかどうかを瞬時に判断します。たとえば人が「ヘビだ!」と気づくと、0.04秒後には、扁桃体が興奮すると報告されています。そして、人は恐怖を覚え、とっさに飛びのくことになるのです。
というように、扁桃体の反応は、とにかくスピード優先です。一方、それにブレーキをかけるのが、大脳皮質です。そのアクセルとブレーキの関係は、「怒り」をめぐって、最もわかりやすく現れます。
たとえば、先ほど述べたような、マスクをしていない人に対しても、大脳皮質はゆっくりと反応します。扁桃体の働きによって、瞬間的にはカッときても、その後すぐに大脳皮質が「文句をいうと、あとあと厄介ではないか」のように考えて、衝動的反応にストップをかけるのです。
要するに、辺縁系は感情のアクセル役、大脳皮質は感情のブレーキ役といえます。人間の感情状態は、この2つの遅速の決定システムによって決まってくるのです。
これは、怒り以外の感情の場合でも同様で、たとえば、おいしそうなものを目にしたとき、辺縁系の「早いシステム」は「わっ、食べたい!」と反応します。しかし、その後、大脳皮質が遅れて反応し、「食べると太るから、やめておこう」というようにブレーキをかけるという具合です。
しかし、ストレスが過剰にかかっている場合は、大脳皮質の冷静な反応が、辺縁系の直情的反応に負けやすくなります。あなたも、疲れているとき、つい人に当たってしまったことはないでしょうか。それは、疲労から、大脳皮質が辺縁系を抑え込められなかったときに起きる現象です。
新型コロナの影響で、自粛生活が続いたり、経済的な困難があったりすると、誰しもイライラがつのります。この項からは、ストレスがたまり、「イライラする」ときの対処法を紹介していきましょう。
医学的にいうと、イライラしているのは、自律神経系の交感神経が優勢な状態といえます。
交感神経が活発に働くと、血圧や心拍数が上がり、呼吸数が増えます。一方、副交感神経の働きが鈍って、精神的にリラックスできなくなります。消化器系の機能が落ちるため、食べ物をおいしく感じられなくなり、なかなか眠れなくもなります。そうしたことが重なって、さらにイライラするという悪循環を招きがちです。
そうしたイライラを防ぐには、まずは食べ物から「セロトニン」を補給することです。これまで述べてきたように、セロトニンは脳内の神経伝達物質であり、これが不足すると、ちょっとしたことでイライラしやすくなります。
■セロトニンの材料となる肉を食べよう
その量を増やすには、日の光を浴びるほかに、原料となる食べ物を摂取するのが有効な策です。セロトニンの原料はトリプトファンというアミノ酸なので、アミノ酸を含む食べ物、具体的には、肉類を食べるのがいちばんです。
そもそも、栄養不足は、それ自体がイライラを招く原因になります。たとえば、朝食抜きの生活を続けると、血中ぶどう糖濃度が低下し、メンタル面が不安定になりがちです。栄養不足は、さまざまな理由から、イライラの原因になるのです。
また、イライラを防ぐには、睡眠を十分にとることも重要です。ふだんは温厚な人でも、睡眠不足が続くと、イライラしはじめるのは、経験的にご存じのことでしょう。睡眠欲求が満たされないと、人は神経過敏となり、ふだんは気にならないようなことにも、イライラしはじめるのです。
ただし、睡眠に関しては個人差が大きく、「6時間眠れば十分」という人もいれば、「8時間は必要」という人もいます。私の場合は、夜6時間寝て、1時間昼寝するという睡眠法が最適のようです。
コロナ下で生活が不規則になりがちですが、自分に合った睡眠時間を守って、脳の疲れをしっかりとることも意識してみてください。