「おっと、見られちまったな」
人通りの少ない路地裏、高架下。
頭上をガタンガタンと激しい音を立てながら電車が通り過ぎていく。
両端にそびえ立つ壁には、意味不明な落書き。
空き缶、タバコの吸殻、新聞の切れ端、ビニール袋。
日本の負の一端を代表するような、汚らしい場所。
そんな所で、彼は平然と人を殺していた。
「ま、見られたもんはしょうがないか」
――殺される。
そう思った。
口封じに殺される。遊び半分で殺される。勢いで殺される。
むしろ殺されない理由が思いつかなかった。
だが。
「・・・あれ? 兄ちゃん、逃げないの?」
目の前の殺人犯は、襲いかかることもなく、のんびりした口調でそんなことを言う。
「に・・・逃げる・・・いや、その、足が」
足が、動かなかった。
小刻みに震えるばかりで、逃げ出すことすらできなかった。
何せ、死体なんて初めて見る。
それがこんな――無残にナイフで刺殺され、血まみれになった若い女性ならば。
尚更恐ろしいじゃないか。
「まー、素人さんじゃしょうがないかー。大丈夫、兄ちゃんは殺さねーよ」
男はケラケラと楽しそうに笑う。
「ちょっと話し相手が欲しかったんだ。兄ちゃん、ちょうどいいや」
殺人犯を相手に話すことなど何もない。
しかし、それを告げる勇気も覚悟もない。
「俺、西島っていうんだけどさ。あ、兄ちゃんは名乗らなくていいぜ」
男――西島は勝手に話を始めた。実に楽しそうな声色で。
その足元には、ナイフの刺さった女性の死体。
何という光景だろう。
「俺さー、どうにも人殺しに特化し過ぎてて困ってんだ」
「・・・な、何を」
何を言うのだ。
この期に及んで強さ自慢か。殺人自慢か。
そんなこと言われなくても、目の前の死体が既に証明済みじゃないか。
人ひとりをこんなに無残に殺しておいて尚笑えるなら、そりゃあ最強だろう。
これ以上怖がらせてどうするつもりなのだ。
「言っとくけど、俺つえーよ。超つえー」
だから、分かっている。何が言いたい。
「でもな、例えば、ボクシングとか空手とか剣道とかが強いわけじゃないんだ」
「・・・はぁ」
相づちを打つので精一杯だった。
「腕っ節が強いわけじゃない。頭もどっちかっつーと悪い。
――けど、こと人殺しにかけては、多分誰にも負けねえな。
もちろん、そんな勝負はないから分かんねーけどよ。
何だろう。どこを刺せば死ぬのか、とか、そういうのがビビっと分かるんだ。
実際試してみて、これでもう何十人になるか分かんねー。
カウントし忘れるくらい殺した。で、俺は確信したんだな。
この、俺の殺人能力。
これは――世界を殺す力だ、ってさ」
殺人鬼が、何やら頭の悪いことを喋っている。
何だそれ。世界を殺すってどういうことだ。
「意味分かんねー、みたいな顔してるな」
「ひっ・・・いや、そんなことは」
「いいっていいって。実際意味分かんねーだろうし」
西島はやけに楽しそうだ。笑いながら、話を続ける。
「俺、直接接触できる相手なら誰でも殺せる自信があるわけよ。
で、例えばさあ、バスの運転手を殺すとするじゃん。
となると、最悪乗客全員・・・30人くらい? 殺せちゃう。
電車とか飛行機とかなら100人は余裕かなー。
そんな風に、世界には核になる人間がいて、俺はそれを殺せるんだ。
防弾チョッキ着てても、フルアーマーでも殺せる。
SPみたいなのが付いてたって関係ねえ。全部殺せる。
防御手段は、俺が攻撃開始して殺し終えるまでに遠距離狙撃するくらいか。
そんなもん、普通無理だよなぁ。
となると、基本的に俺に殺せない人間はいないんだ。
この力は何だ。人殺しを超えた、この異常な能力は何なんだ。
で、色々考えて実験した結論が――」
世界を殺す力、だというのか。
小規模な殺人から徐々に範囲を広げ、最終的には世界を殺す。
そんなシンプルで協力で、無意味な力。
「だから、俺さー、近々世界を殺そうと思って」
「・・・はぁ」
何度目になるだろう。意味のない溜め息のような相づち。
そうなると――。
下らない話に、下らない妄想が膨らみ、下らない疑問が生まれる。
「せ、世界を殺すって言うなら。僕も――殺される?」
そう、最初に西島は言った。
兄ちゃんは殺さねーよ、と。
それを信じる訳ではないが、殺されるというのならやはり恐ろしい。
「あー、いやいや、兄ちゃんは殺さねー。これは絶対だ」
「そ、そう・・・」
「殺さない相手だと思ったから、こういうこと話したんだよ。
殺さない、死なない人間相手だとやっぱり違うな。
いやー、久々に実のある会話をした気分だぜ」
「どうして・・・?」
世界を殺すと言うなら。
どうして、そこに僕が含まれないのだろうか。
そんな、疑問。
しかし、それは。
「だって兄ちゃん、世界に関係ねえもん」
いとも簡単に、説明されてしまった。
世界に関係がない。
それは、世界にとって意味がないということ。
「そういうの、俺超分かるんだー。あ、こいつ関係ねえなって。
何せ俺は、世界を殺す男だからな。世界に関係ねえヤツは殺さねえ」
関係ない。意味がない。
だから殺さない。
至極単純、当然の結論。
しかし、そうなると。
他人から、世界からの僕の評価というのは、つまり――。
「じゃあな、兄ちゃん。ちょっくら世界を殺してくるぜ」
西島は、楽しそうに去っていく。
残された僕と、血まみれの死体は。
特に意味もなく、ただそこに在り続けるばかり。
人通りの少ない路地裏、高架下。
頭上をガタンガタンと激しい音を立てながら電車が通り過ぎていく。
両端にそびえ立つ壁には、意味不明な落書き。
空き缶、タバコの吸殻、新聞の切れ端、ビニール袋。
日本の負の一端を代表するような、汚らしい場所。
そんな所で、彼は平然と人を殺していた。
「ま、見られたもんはしょうがないか」
――殺される。
そう思った。
口封じに殺される。遊び半分で殺される。勢いで殺される。
むしろ殺されない理由が思いつかなかった。
だが。
「・・・あれ? 兄ちゃん、逃げないの?」
目の前の殺人犯は、襲いかかることもなく、のんびりした口調でそんなことを言う。
「に・・・逃げる・・・いや、その、足が」
足が、動かなかった。
小刻みに震えるばかりで、逃げ出すことすらできなかった。
何せ、死体なんて初めて見る。
それがこんな――無残にナイフで刺殺され、血まみれになった若い女性ならば。
尚更恐ろしいじゃないか。
「まー、素人さんじゃしょうがないかー。大丈夫、兄ちゃんは殺さねーよ」
男はケラケラと楽しそうに笑う。
「ちょっと話し相手が欲しかったんだ。兄ちゃん、ちょうどいいや」
殺人犯を相手に話すことなど何もない。
しかし、それを告げる勇気も覚悟もない。
「俺、西島っていうんだけどさ。あ、兄ちゃんは名乗らなくていいぜ」
男――西島は勝手に話を始めた。実に楽しそうな声色で。
その足元には、ナイフの刺さった女性の死体。
何という光景だろう。
「俺さー、どうにも人殺しに特化し過ぎてて困ってんだ」
「・・・な、何を」
何を言うのだ。
この期に及んで強さ自慢か。殺人自慢か。
そんなこと言われなくても、目の前の死体が既に証明済みじゃないか。
人ひとりをこんなに無残に殺しておいて尚笑えるなら、そりゃあ最強だろう。
これ以上怖がらせてどうするつもりなのだ。
「言っとくけど、俺つえーよ。超つえー」
だから、分かっている。何が言いたい。
「でもな、例えば、ボクシングとか空手とか剣道とかが強いわけじゃないんだ」
「・・・はぁ」
相づちを打つので精一杯だった。
「腕っ節が強いわけじゃない。頭もどっちかっつーと悪い。
――けど、こと人殺しにかけては、多分誰にも負けねえな。
もちろん、そんな勝負はないから分かんねーけどよ。
何だろう。どこを刺せば死ぬのか、とか、そういうのがビビっと分かるんだ。
実際試してみて、これでもう何十人になるか分かんねー。
カウントし忘れるくらい殺した。で、俺は確信したんだな。
この、俺の殺人能力。
これは――世界を殺す力だ、ってさ」
殺人鬼が、何やら頭の悪いことを喋っている。
何だそれ。世界を殺すってどういうことだ。
「意味分かんねー、みたいな顔してるな」
「ひっ・・・いや、そんなことは」
「いいっていいって。実際意味分かんねーだろうし」
西島はやけに楽しそうだ。笑いながら、話を続ける。
「俺、直接接触できる相手なら誰でも殺せる自信があるわけよ。
で、例えばさあ、バスの運転手を殺すとするじゃん。
となると、最悪乗客全員・・・30人くらい? 殺せちゃう。
電車とか飛行機とかなら100人は余裕かなー。
そんな風に、世界には核になる人間がいて、俺はそれを殺せるんだ。
防弾チョッキ着てても、フルアーマーでも殺せる。
SPみたいなのが付いてたって関係ねえ。全部殺せる。
防御手段は、俺が攻撃開始して殺し終えるまでに遠距離狙撃するくらいか。
そんなもん、普通無理だよなぁ。
となると、基本的に俺に殺せない人間はいないんだ。
この力は何だ。人殺しを超えた、この異常な能力は何なんだ。
で、色々考えて実験した結論が――」
世界を殺す力、だというのか。
小規模な殺人から徐々に範囲を広げ、最終的には世界を殺す。
そんなシンプルで協力で、無意味な力。
「だから、俺さー、近々世界を殺そうと思って」
「・・・はぁ」
何度目になるだろう。意味のない溜め息のような相づち。
そうなると――。
下らない話に、下らない妄想が膨らみ、下らない疑問が生まれる。
「せ、世界を殺すって言うなら。僕も――殺される?」
そう、最初に西島は言った。
兄ちゃんは殺さねーよ、と。
それを信じる訳ではないが、殺されるというのならやはり恐ろしい。
「あー、いやいや、兄ちゃんは殺さねー。これは絶対だ」
「そ、そう・・・」
「殺さない相手だと思ったから、こういうこと話したんだよ。
殺さない、死なない人間相手だとやっぱり違うな。
いやー、久々に実のある会話をした気分だぜ」
「どうして・・・?」
世界を殺すと言うなら。
どうして、そこに僕が含まれないのだろうか。
そんな、疑問。
しかし、それは。
「だって兄ちゃん、世界に関係ねえもん」
いとも簡単に、説明されてしまった。
世界に関係がない。
それは、世界にとって意味がないということ。
「そういうの、俺超分かるんだー。あ、こいつ関係ねえなって。
何せ俺は、世界を殺す男だからな。世界に関係ねえヤツは殺さねえ」
関係ない。意味がない。
だから殺さない。
至極単純、当然の結論。
しかし、そうなると。
他人から、世界からの僕の評価というのは、つまり――。
「じゃあな、兄ちゃん。ちょっくら世界を殺してくるぜ」
西島は、楽しそうに去っていく。
残された僕と、血まみれの死体は。
特に意味もなく、ただそこに在り続けるばかり。