和泉の日記。

気が向いたときに、ちょっとだけ。

僕たちの文化祭(7)

2015-12-30 14:19:34 | 小説――「僕たちの文化祭」
文化祭真っ最中。

B棟を加藤に任せ、俺はA棟の見回りを行うことになった。
一通り見て回ったが、今のところ特に異常はない。
表面上は、だが。
裏では何が起こっているのか分かったものではない。
学校とは、そういうトコロだ。

俺は知っている。
知っているも何も、自身が異常の塊のようなものだと自覚している。

人が死ぬ瞬間を見てみたい。

それが俺の夢だった。
特に、愛する人、掛け替えのない人が死ぬ様を見たい。
それは、どれほどの喪失感を伴うものなのだろうか?
その疑問に、今日答えが出る。

場所は、現在使われていない旧校舎。
文化祭であっても人の賑わいがないポジションだ。
基本、ここへは立ち入り禁止となっている。
が、そんなことはどうとでもなるものだ。

仕事である見回りも早々に切り上げて。
俺は、約束の時間ぴったりにそこへと着いた。
今日、ここで、人が死ぬ。
夢が叶う場所だ。
人通りのない寂しい場所だが、この際仕方がない。
人が悲しくも死んでいく場面。
それが見られれば文句などあるはずもないのだから。

俺は旧校舎屋上を見上げる。
そこには、約束通り、一人の少女が立っていた。
フェンスを乗り越え、今にも落下しそうな少女。
ここからではその表情までうかがい知ることはできない。
しかし――きっと彼女は微笑っているのだろうな、と思った。

彼女の名は、乾今日子。
俺、丘裕也の恋人だ。

俺は、恋人に、目の前で死んで欲しいとお願いした。
そして彼女はそれを快く受け入れてくれた。

ああ、何と深い愛情だろうか。
恋人のために死んでくれる。
これほどの愛はない。
きっと、俺にだって真似できない。

俺は本当にいい恋人に恵まれた。
そんな大事な、素敵な恋人が、これから死んでいく。
胸が高鳴った。
そこには、どんな喪失感が待っているのだろうか。

屋上の彼女がこちらを向いた。
手を振っている・・・ように見える。

そして、躊躇することもなく。
ひらりと舞い降りた。

落下。

物凄いスピードで、落ちてくる。
これは確実に死ぬ、そんな速度。
そして、地面に衝突する。
瞬間、花が咲いた。
彼女を中心に、赤い血が凛と広がる。
それはそれは、美しい花だった。

そうか、これが死か。
途端に、強烈な寂寥感が全身を覆った。
彼女はもう喋らない。動かない。
当然のことだ。分かりきっていたことだ。
しかし、実感として得るものは予備知識とはまるで違う。
体感とはなんと甘美なことだろう。

どれだけの時間、俺はここに立ち尽くしていただろう。
感動、愉悦、悲哀、絶望、苦渋、恍惚。
様々な感情が入り混じり、これまでに経験したことのない興奮に包まれていた。
愛する人の死というのは、こんなにも様々なものをもたらしてくれるのか。
これはきっと、生涯に一度きりの体験だ。

しかし、いつまでもこうしてはいられない。
いくら人通りが少ないとはいえ、いずれここにも人は来る。
何より、丘裕也が戻ってこないとなればいくらか委員会で騒ぎになるだろう。
まずは、委員長の鶴崎に連絡しておこう。
問題が発覚して嫌がる彼の顔を浮かべると、少し笑ってしまった。
後で謝っておこうと思う。
さて、鶴崎はこの問題にどう対処するのだろうか。
俺は、そんなことを考えながら、旧校舎裏を後にした。

さあ、仕事仕事。
俺の密やかな文化祭は、これにて幕を閉じるのだった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする