4月9日から11日まで、2012年の3日間。埼玉県の“桜きち”にとって最高の日々だった。
前日の強烈な春の嵐と打って変わって、20度超と初夏のような陽気に恵まれ桜が一斉に満開になったからである。
桜狂いだから、全国の有名な桜はたくさん見てきた。しかし、満開の桜を見たのは数えるほどしかない。
この日々の当地の桜は、本当の満開だった。
満開とは何か。七分咲き、八分咲き、いろいろな表現はある。私には、その細かな違いは分からない。
だが、満開は違うのである。感性に訴える何かがある。
この3日間、ほとんど風がなかった。満開の花が、ゆらぎなく咲き誇っているのに、なぜか花びらは落ちない。この自然界の微妙な静かな均衡が満開なのだろう。それに、素面ながら酔いしれた。
もし落ちている花があれば、それはムクドリなどが蜜を吸いたさに花びらの下を食いちぎったのだと、最近知った。
その至福の時間が極めて限られているのを知っているだけに、いっそう、いとおしい。花期の短いソメイヨシノならなおさらのことだ。
「花の命が短い」ことを自ら知っているから、あれほど豪華に咲くのだろう。ボッテリといつまで咲く八重桜との違いだ。
この3日間、ママチャリにまたがり、朝から夕までさいたま市の桜を求めて、ゆっくりとこぎ回った。
長い経験からさいたま市が大変な「桜の園」であることを知り尽くしているからだ。
浦和、大宮、与野の3市に岩槻市が加わり広い政令都市になったので、自転車でも全部は回りきれない。そこで今回は、旧浦和市の浦和、桜、南、大宮区と、南区の南隣の戸田市の荒川の貯水池「彩湖」の周辺に限った。
この時期、どこも桜が埋め尽くしているので、とても回りきれないからである。
どこから始めよう。やはり、旧浦和市の中心にある古刹「玉蔵院」に敬意を表すべきだろう。真言宗豊山派に属し、関東真言宗の代表寺院だった。
この寺の枝垂桜は例年、ソメイヨシノより早く咲く。ここの桜が咲いて、浦和市民はいつも、春の到来を知ってきた。毎年、カメラを手に多くの風流の士が詰めかける。
12年の長く厳しい冬は、その生理さえ狂わせた。一緒に咲いたのである(写真)。
いつも不思議に思うのは、桜にはいろんな名前がついているのに、枝垂桜には「紅枝垂桜」など、平凡な名前しかないのが気にかかる。
写真のとおり、ここのは白のシダレである(写真)。
次は当然、近くの「調(つきのみや)神社」である。「つき(槻)」の名のとおり、ケヤキの大木の林立する延喜式の古社。数はそれほど多くはないものの桜の名所である。
次は「別所沼公園」。それほど広くないとはいえ旧浦和市一の公園だ。かつてウナギが取れて、浦和宿の客に食わせたという、その池沿いには中国原産のメタセコイアが林立している。ここの桜も手近で、人でにぎわう。
この伝統の「3点セット」を離れて、埼京線武蔵浦和駅に向かって、「花と緑の遊歩道」をたどろう。「浦和西南桜」と呼ばれる桜の名所だ。今でも記念碑が残る。排水路を暗渠にしたものだ。
この4か所でほんのちょっぴりだ。先を急ごう。