ハムやソーセージは、北ヨーロッパの産物である。日本では高級品のイメージながら、雪に降り込められる風土の中では、長い冬を生き延びるために生存のための必須の保存食だった。
埼玉県に、その本場ドイツのDLG(ドイツ農業協会)主催のコンテストに1997年の初出品以来23年間挑戦、2020年1月までに累計1000個の金メダルを獲得したハム・ソーセージ製造会社がある。
日高市にある「埼玉種畜牧場」。種豚・肉豚を生産、自社産の肉を加工してハム、ソーセージなどをつくり、「サイボクハム」ブランドで売り出している。笹崎静雄社長らは1月20日、知事を表敬訪問、この偉業を報告した。
世界でたまたま何らかの賞を受けると、大げさに宣伝する日本の食品業者は多い。だがこれは、簡単にもらえる賞ではないらしい。
この協会は1887年から毎年、125年の世界最古の歴史と世界最大の規模(世界30か国近くから出品3万点超)を誇る伝統と権威ある「国際食品品質競技会」を開いている。ハム・ソーセージ、調理食品、パン、ビール、ワイン、乳製品などの部門に分かれている。
サイボクハムは、1997年に初参加、ハム・ソーセージ、調理食品の部門で2011年秋に13年連続で出品製品に対して金メダルを獲得、15年に満たないのに、会社として異例の飛び級でアジア初の「最優秀ゴールド賞」を受けた。「最優秀ゴールド賞」は、15年以上金メダルを得た「会社」に与えられるからだ。
16年も食品コンテストで32品目中22品目で金メダルを獲得、18年連続で獲得した金メダルの数は計792個になった。
同年には、創立70周年記念に若手技術者に挑戦意欲を持ってもらおうと、ドイツ食肉協会主催のハム・ソーセージコンテストにも初参加、35品目中19品目で金メダルを獲得したうえ、金メダルが12個以上の出品者に送られる「最高栄誉賞トロフィー」を、参加国20カ国の中でドイツ以外で唯一、獲得した。
サイボクハムは1946年創業、60余年を経て、種豚の育種・改良から肉豚の精肉、加工、販売までの一貫体制を整えている。埼玉県の鳩山町の鳩山牧場のほか、宮城県栗原市に100haのサイボク東北牧場、山梨県早川町に南アルプス牧場の3つの直営牧場と10余りのグループ牧場を持つ。
サイボクの種豚は、柔らかくおいしい肉のとれるものですべて血統書つき。ハム・ソーセージは、サイボクの銘柄豚肉「ゴールデンポーク」か「スーパーゴールデンポーク」だけを使い、乳タンパクや卵白などの混ぜ物は使用しない。一種類のブランド肉だけで作ったハム・ソーセージは、世界的にもほとんどないという。
えさは、自社の配合飼料工場で作られる出来立て。保存料は一切使わないし、着色料なども極力使わない。
ソーセージづくりではハーブの組み合わせが味の決め手になる。本場ドイツに学び、サイボク独自の風味を創りだした。金メダル受賞が最も多いポークウインナーの場合、10数種類のハーブを使用しているという。
日高市下大谷沢の本社(写真)には、ハム・ソーセージ直営工場と隣接したミートショップ、レストラン、地元野菜直売所(楽農ひろば)などのほか、パークゴルフ場、陶芸教室まである。天然温泉「花鳥風月」は全国平均の10倍という豊富な湯量を誇る。合わせて年間400万人が訪れる県内有数の人気スポットになっている。
サイボクの牧場から出た堆肥は「サンライト」という肥料になり、楽農ひろばで売られている地元農家の朝採り野菜はこれを使っているという。
「イチロー」と言えば、まず、米メジャーリーグで活躍したイチロー選手を思い出す。
最近、音だけは同じ、秩父の「イチロー」が、分野はまるで違うウイスキー蒸留の世界で、日本だけでなく世界のウイスキーファンをうならせている。
マリナーズの選手の本名は「鈴木一朗」。秩父の方は「肥土伊知郎」。珍しい名前である。「あくと・いちろう」と読むのだそうだ。「伊知郎」には驚かないものの、「肥土」を「あくと」と読むとは。
肥土伊知郎氏は、秩父市にある「ベンチャーウイスキー」の社長である。日本で唯一のウイスキー専門のメーカー社長といっても、社長を含めて従業員20人程度の小企業だ。
この小さな会社がつくったウイスキーが、日本の有名なウイスキーメーカーであるサントリー、ニッカをしのいで権威ある「ワールド・ウイスキー・アワード」の日本一の座を、07年から11年まで五年連続で獲得したのである。
私は「イモ焼酎派」だったので、ウイスキーの味はよく分からない。
若くて酒に強かったころは、ウイスキーをよく飲んだものだ。飲み始めの学生時代は「トリスを飲んでハワイに行こう」の宣伝文句に釣られて、安いトリスバーでハイボールをせっせと飲んだ。
ウイスキーをハイボールにして飲んだと言うことは、当時から酒に弱かった証拠だ。社会人になって、「角」、「オールド」、「ロイヤル」と高いものに上がっていったものの、決してうまいから飲んだのではなかった。
本物のウイスキーの味が分かったのは、海外に出てからだった。当時のサントリーのウイスキーとはまるで違う、新しい世界に入った感じだった。
新聞記者も外交特権で酒が免税の国もあった。安さも手伝って、好奇心から高級ウイスキーは残らず飲んだ。なにしろ免税価格なのだから。そのうちに覚えたのが「モルト」だった。モルトとは、原料に麦芽を100%使う、麦芽と酵母と水だけを使うウイスキーである。
シングルモルトという言葉がある。一つの蒸留所のモルトウイスキーだけでつくられた製品のことだ。飲んでいるうち覚えたのが、その代表であるスコットランドの「グレン・フィディック」だった。
そのうちウイスキーといえばこれだけを頼むようになった。シングルモルトの魅力に魅かれたからである。
ウイスキーは複数の蒸留所のモルトをブレンドしたり(ブレンデッドモルト)、モルトウイスキーにグレーンウイスキーを混ぜたりするのが普通だ。グレーンウイスキーとは、大麦 ライ麦、トウモロコシなどの穀物(グレーン)を原料とする。
日本は世界で五番目のウイスキー大国だという。日本人はどうも、ストレート(生)のウイスキーは苦手で、ハイボールや水割りを好み、シングルモルトは苦手のようだ。それにあえて挑戦したのが、このベンチャーウイスキーである。
肥土さんは、東京農大で醸造学を学んだ後、サントリーを経て、父親の経営する酒造会社に入ったが、倒産。父が残したウイスキー原酒の400樽の買い手がつかなかったので、福島の酒造会社からの援助と親戚からの資金を得て、04年秩父市にベンチャーウイスキー社を設立した。
「イチローズモルト」として商品化したこのシングルモルトは、早くも06年100か国以上で出版されている英国の権威ある「ウイスキーマガジン」の日本モルト特集で、最高得点の「ゴールドアワード」に選ばれた。
その後も10年には「イチローズモルト」は、「ウイスキーマガジン」のワールド・ウイスキー・アワードのコンペティションで、「最優秀日本ウイスキー」の栄誉を、全部で11ある部門の中で、シングルモルトの熟成年別3部門中2部門(21年以上と12年以下)とブレンデッドモルト部門(No Age=熟成年制限なし)の3部門で受賞した。
07年には秩父蒸留所を開設、蒸留を始めた。その後、熟成用の貯蔵庫も新設、さらに増設を予定していて、30年物の製造を目指している。
11年10月には秩父で蒸留したシングルモルトウイスキー「イチローズモルト秩父ザファースト」を発売した。
熟成3年もので、限定7400本が国内外からの予約で初日に完売した。
また、秩父産の大麦を地元の農家に委託して育てており、その大麦を使って、ウイスキーをつくり、「シングルモルトウイスキー」と並ぶ看板商品にする計画。国内ではすべて地元産の大麦を使ったウイスキーは珍しい。
14年10月には秩父蒸留所で自前で作った熟成樽もできるようになった。日本で最初にミズナラの丸太で作った発酵槽やたるでを仕込もうというのである。
日本酒同様ウィスキーは、いい水が育てる。秩父の山は、成分が水に溶けやすい堆積岩や石灰岩などで形成されている。その伏流水は、これらの岩石のマグネシウムやカルシウムなどのミネラルが溶け込んでいるので、ウイスキーづくりに向いている。
さらにウイスキーは樽に詰めた後、その土地の空気を呼吸して熟成するといわれる。秩父の環境、空気の良さは、折り紙付きなので、海外の愛好家によく売れているはうなずける。
「ウィスキー・マガジン」主催の「ワールド・ウィスキー・アワード(WWA)2017」の選考結果が17年3月30日発表され、「イチローズモルト 秩父ウィスキー祭2017」が、シングルカスクシングルモルト部門」で世界一に輝いた。
20年の「WWA2020」では、「イチローズ モルト&グレーン ジャパニーズブレンデッドウィスキー リミテッドエディション2020」が世界最高賞を受賞した。同社の受賞は4年連続4回目となる。1本税抜き18万円。
19年7月10日には社長(53)は、英国で授賞式が行われた国際的な蒸留酒の品評会「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)2019」で、この1年間で最も活躍したブレンダーとして「マスターブレンダー・オブ・ザイヤー」を受賞した。
同社は19年3月に英国で行われた世界的なウイスキー品評会「ワールド・ウイスキー・アワード(WWW)2019」で、3年連続で世界最高賞を受賞、世界のウイスキー業界に著しい貢献を果たした蒸留所や人物などを表彰する「アイコンズ・オブ・ウイスキー」で、同社ブランドアンバッサダーの吉川由美さん(37)も個人で表彰を受けている。
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