「木高き紅葉の蔭に、四十人の垣代、言ひ知らず吹き立てたる物の音共に、あひたる松風、真の深山颪と聞こえて吹き迷ひ、色々に散り交ふ木の葉のなかより、青海波の輝き出でたる樣、いと恐ろしきまで見ゆ。」
源
物思ふにたちまふべくもあらぬ身の袖うちふ
地
りし心しりきや。あなかしことある。御かへりめもあやな
りし御さまかたちに、み給ひしのばれずやありけん
藤つほ
から人の袖ふることはとをけれどたちゐにつ
源心
けてあはれとはみき。大かたにはとあるを、かぎりな
うめつらしう、かやうのかたさへたど/\しからず。人の
みかどまでおもほしやれる、御きさきことばのか
ねてもとほゝゑまれて、ぢきやうのやうにひろ
げてみゐ給へり。きやうがうには、みこたちなどよ
にのこる人なくつかうまつり給へり。とうぐうもおは
唐は左
しますれいのがくのふねどもこぎめぐりて、もろこし
高麗は右
こまとつくしたるまひども、くさおおかり。がくのこゑつ
づみのをと、世をひゞかす。ひとひのけんじの御ゆふかげ
み
ゆゝしうおぼされて、御ずぎやうなど所々にせさ
弘徽殿
せ給を、ことはりとあはれがりきこゆるに、とうぐう
垣代
の女御゛は、あながちなりとにくみきこえ給ふ。かいしろ
など、殿上人゛ちげも、心ことなりと、世人に思はれたる。
いうそくのかぎりとゝのへさせ給へり。さいしやうふた
りさゑもんのかみ、ゑもんのかみ、ひだりみぎのがくの
し
ことををこなふ。まひの師ともなど、よになへてな
らぬをとりつゝ、をの/\こもりゐてなんならひける。
こだかきもみぢのかげに、四十人のかいしろ、いひし
らすふきたてたる物の音どもにあひたる松風
まことのみやまをろしときこえてふきまよひ、
いろ/\にちりかふ木のはのなるより、せいがいは
のかゝやきいでたるさま、いとおそろしきまで
みゆ。かざしのもみぢいたうちりすぎて、かほ
のにほひにけをされたるこゝちすれば、御まへ
なるきくをおりて、左大゛将さしかへ給ふ
物思ふに立ち舞まふべくもあらぬ身の袖打振りし心知りきや
「あなかしこ」とある。御返り、目もあやなりし御樣、かたちに、見給ひ、
忍ばれずやありけん、
唐人の袖振ることは遠けれど立居につけてあはれとは見き
「大方には」とあるを、限りなう珍しう、かやうの方さへ、たどたどしか
らず。人の帝まで思ほしやれる、御后言葉の、かねてもと、微笑まれて、
持経のやうに広げて見ゐ給へり。
行幸には、親王達など、世に残る人なく、つかうまつり給へり。春宮もお
はします、例の楽の船共、漕ぎ廻りて、唐土、高麗と尽くしたる舞共、種
多かり。楽の声、鼓の音、世を響かす。一日(ひとひ)の源氏の御夕影、
ゆゆしうおぼされて、御誦経など、所々にせさせ給ふを、ことはりと哀れ
がり聞こゆるに、春宮の女御は、あながちなりと憎み聞こえ給ふ。垣代
(かいしろ)など、殿上人、地下も、心異なりと、世人に思はれたる。有
職の限り調へさせ給へり。宰相二人、左衛門の督(かみ)、右衛門の督、
左右の楽の事を行ふ。舞の師共など、世になべてならぬを取りつつ、をの
をの籠りゐてなん習ひける。
木高き紅葉の蔭に、四十人の垣代、言ひ知らず吹き立てたる物の音共に、
あひたる松風、真の深山颪と聞こえて吹き迷ひ、色々に散り交ふ木の葉の
中より、青海波の輝き出でたる樣、いと恐ろしきまで見ゆ。挿頭の紅葉、
いたう散り過ぎて、顔の匂ひにけをされたる心地すれば、御前なる菊を折
りて、左大将、挿し替へ給ふ。