葵
君もたび/\鼻うちかみて、
をくれさきだつほどのさだめなさは、世のさがとみ給へしりながら、さしあたりておぼえ侍心まどひは、たぐひあるまじきわざとなむ。院にも、ありさまそうし侍らむに、おしはからせ給てむ。ときこえ給。さらば、時雨のひまなく侍めるを、暮ぬほどに。とそゝのかしきこえ給。
柏木
よの中をかへりみすまじう思ひ侍しかど、なをまどひさめがたきものはこのみちのやみになん侍ければ、をこなひもけだひして、もしをくれさきだつみちの、だうりのまゝならでわかれなば、やがてこのうらみもやかたみにのこらむとあぢきなさに、このよのそしりをばしらで、かくものし侍。ときこえ給。御かたちことにても、なまめかしうなつかしきさまにうちしのびやつれ給て、うるはしき御ほうぶくならず、すみぞめの御すがたあらまほしうきよらなるも、うらやましくみたてまつり給。
ひさしうわづらひ給へるほどよりは、ことにいたうもそこなはれ給はざりけり。つねの御かたよりも、中ゝまさりてなみえ給。との給ものから、涙おしのごひて、をくれさきだつへだてなくとこそちぎりきこえしか。いみじうもあるかな。こ の御心ちのさまを、なに事にてをもり給とだにえきゝわき侍らず。かくしたしきほどながら、おぼつかなくのみなどの給に、
もやのひさしにおましよそひていれ奉る。をしおなべたるやうに人々のあへしらひきこえむはかたじけなきさまのし給へれば、みやす所ぞたいめし給へる。いみじきことを思ひ給へなげく心は、さるべき人々にもこえて侍れど、かぎりあれば、きこえさせやるかたなうて、よのつねになり侍にけり。いまはの程に、の給をく事侍しかば、をろかならずなむ。たれものどめがたきよなれど、をくれさきだつほどのけぢめには思ひ給へをよばむにしたがひて、ふかき心のほどをも御らんぜられにしかなとなん。神わざなどのしげきころをひ、わたくしの心ざしにまかせて、つく/ヾとこもり侍らむもれいならぬ事なりければ、たちながらはた、中々にあかず思ひ給へらるべうてなん、ひごろをすぐし侍にける。おとゞなどの心をみだり給さま、みきゝ侍につけても、おやこのみちのやみをばさるものにて、かゝる御中らひのふかくおもひとゞめ給けん程をおしはかりきこえさするに、いとつきせずなん。とて、しば/\おしのごひはなうちかみ給。あざやかにけたかきものから、なつかしうなまめいたり。
御法
ちじのおとゞ、あはれをもおりすぐし給ぬ御心にて、かくよにたぐひなくものし給人のはかなくうせ給ぬることを、くちおしくあはれにおぼして、いとしば/\とひきこえ給。むかし大將の御はゝうせ給へりしもこの比のことぞかし、とおぼしいづるに、いと物がなしく、そのおり、かの御身をおしみきこえ給し人のおほくもうせ給にけるかな、をくれさきだつほどなき世なりけりや、などしめやかなる夕ぐれにながめ給ふ。
宿木
人のうへにて、あいなくものをおぼすめりしころの空ぞかしと思給へいづるに、いつと侍らぬなるにも、秋の風は身にしみてつらくおぼえ侍て、げにかのなげかせ給めりしもしるき世の中の御ありさまを、ほのかにうけたまはるも、さま/ヾになんときこゆればとある事もかゝることも、ながらふればなほるやうもあるを、あぢきなくおぼししみけんこそ、我あやまちのやうになをかなしけれ。この比の御ありさまは、何か、それこそよのつねなれ。されど、うしろめたげにはみえきこえざめり。いひても/\ 、むなしき空にのぼりぬるけぶりのみこそ、たれものがれぬ事ながら、をくれさきだつほどは、猶いといふかひなかりけり。とても、又なき給ぬ。
第八 哀傷歌
題しらず 僧正遍昭
末の露もとの雫や世の中のおくれさきだつためしなるらむ
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