森保監督は、W杯出場権獲得をめざして就任した監督の中で、途中交代なしに出場権を獲得した、はじめての日本人監督になりました。
Jリーグがスタートした1993年以降、W杯出場をめざしてアジア予選を戦った日本人監督は森保監督で3人目、最初の加茂周監督は失敗に終わり途中から指揮を執った岡田武史監督が日本にW杯初出場をもたらしました。
岡田監督は、オシム監督の急病によって、またもや途中から指揮を執り自身2度目のW杯出場を果たしました。
2018年ロシアW杯のアジア予選はハリルホジッチ監督のもとで突破して出場権を得ましたが、本大会の2ケ月前に更迭され、本開会の指揮を執ったのは西野朗監督でした。
岡田監督にしても西野監督にしても、途中から指揮を執りチームを立て直す力量は、並大抵のことではありませんが、W杯のアジア予選という長丁場を乗り切るのも大変なことです。
これまで、W杯予選免除で本大会を率いたトルシエ監督は別にして、アジア予選を戦い抜いたジーコ監督、ザッケローニ監督という外国人監督のもとで途中交代なしに出場権獲得に至ったことがありましたが日本人監督のままでアジア予選を戦い抜いたというのは歴史的なこととなりました。
これは今後も続くW杯への挑戦において、かなり節目になる出来事だと思います。なぜなら、これまでは外国人監督を招く時代が20年以上続き、森保監督の起用は日本サッカー協会としては、大きな決断だったからです。
森保監督就任から3年半、これまで決して盤石の采配を続けてきたわけではありません。戦術的な面、選手起用面など時として疑問を投げかけられることもあり、協会が万が一の更迭プランを持ったこともあったはずです。
特に昨年の東京五輪以降、相変わらずベテラン選手偏重とも思える頑固な起用方針が続き、世代交代を叫ぶ周囲からのバッシングが監督だけでなく起用されたベテラン選手にまで及ぶこともありました。
もし、これが外国人監督のもとであれば、チームの一体感が徐々に崩れ、結果にも表れたことでしょう。森保監督のもとで結局戦い抜けたのは、監督に対する選手たちの信頼感、リスペクトが非常に強くチームとしての一体感が強まりこそすれ、弱くなる状況にならなかったことがあげられます。
加えて重要な理由と思われるのは、選手たち自身の「W杯出場継続に対する強い責任感」「最後の1秒まであきらめずにファイトし続ける強靭な意思と体力」といった質的な進化があったことです。
「自分たちの代でW杯出場継続を絶対途絶えさせたくない」という覚悟とも思える責任感には、ただただ頭が下がる思いですし、やはり、選手たちのこうした強靭な気持ちなくして、本当にW杯出場権獲得は難しいものなのだと思い知るばかりです。
日本代表選手の多くが海外の厳しいリーグで、自らの生き残りを賭けて戦い抜いている中で、こうした国を背負う代表としての強靭な責任感と、それを支える強靭なフィジカルを身に着けているのだと、あらためて敬意を抱きます。
日本サッカー協会は、これで、今後も日本人監督でW杯予選を戦っていくのだという自信を得たことと思います。選手から絶大な信頼を得ている森保監督と、国を背負う代表としての強靭な責任感を持つ選手たちのおかげで、それが可能になったようです。
私の中では、早くもカタールW杯終了後、勇退するであろう森保監督の次を担う人をあげたい衝動にかられますが、それは控えておきたいと思います。
Jリーグがスタートした1993年以降、W杯出場をめざしてアジア予選を戦った日本人監督は森保監督で3人目、最初の加茂周監督は失敗に終わり途中から指揮を執った岡田武史監督が日本にW杯初出場をもたらしました。
岡田監督は、オシム監督の急病によって、またもや途中から指揮を執り自身2度目のW杯出場を果たしました。
2018年ロシアW杯のアジア予選はハリルホジッチ監督のもとで突破して出場権を得ましたが、本大会の2ケ月前に更迭され、本開会の指揮を執ったのは西野朗監督でした。
岡田監督にしても西野監督にしても、途中から指揮を執りチームを立て直す力量は、並大抵のことではありませんが、W杯のアジア予選という長丁場を乗り切るのも大変なことです。
これまで、W杯予選免除で本大会を率いたトルシエ監督は別にして、アジア予選を戦い抜いたジーコ監督、ザッケローニ監督という外国人監督のもとで途中交代なしに出場権獲得に至ったことがありましたが日本人監督のままでアジア予選を戦い抜いたというのは歴史的なこととなりました。
これは今後も続くW杯への挑戦において、かなり節目になる出来事だと思います。なぜなら、これまでは外国人監督を招く時代が20年以上続き、森保監督の起用は日本サッカー協会としては、大きな決断だったからです。
森保監督就任から3年半、これまで決して盤石の采配を続けてきたわけではありません。戦術的な面、選手起用面など時として疑問を投げかけられることもあり、協会が万が一の更迭プランを持ったこともあったはずです。
特に昨年の東京五輪以降、相変わらずベテラン選手偏重とも思える頑固な起用方針が続き、世代交代を叫ぶ周囲からのバッシングが監督だけでなく起用されたベテラン選手にまで及ぶこともありました。
もし、これが外国人監督のもとであれば、チームの一体感が徐々に崩れ、結果にも表れたことでしょう。森保監督のもとで結局戦い抜けたのは、監督に対する選手たちの信頼感、リスペクトが非常に強くチームとしての一体感が強まりこそすれ、弱くなる状況にならなかったことがあげられます。
加えて重要な理由と思われるのは、選手たち自身の「W杯出場継続に対する強い責任感」「最後の1秒まであきらめずにファイトし続ける強靭な意思と体力」といった質的な進化があったことです。
「自分たちの代でW杯出場継続を絶対途絶えさせたくない」という覚悟とも思える責任感には、ただただ頭が下がる思いですし、やはり、選手たちのこうした強靭な気持ちなくして、本当にW杯出場権獲得は難しいものなのだと思い知るばかりです。
日本代表選手の多くが海外の厳しいリーグで、自らの生き残りを賭けて戦い抜いている中で、こうした国を背負う代表としての強靭な責任感と、それを支える強靭なフィジカルを身に着けているのだと、あらためて敬意を抱きます。
日本サッカー協会は、これで、今後も日本人監督でW杯予選を戦っていくのだという自信を得たことと思います。選手から絶大な信頼を得ている森保監督と、国を背負う代表としての強靭な責任感を持つ選手たちのおかげで、それが可能になったようです。
私の中では、早くもカタールW杯終了後、勇退するであろう森保監督の次を担う人をあげたい衝動にかられますが、それは控えておきたいと思います。