「サッカー文化フォーラム」夢追い人のブログ

1993年のJリーグ誕生で芽生えた日本の「サッカー文化」。映像・活字等で記録されている歴史を100年先まで繋ぎ伝えます。

甲府の天皇杯優勝はドラマ性満載の大偉業、100年に一度のまさに「大偉業」です。

2022年10月17日 08時48分48秒 | Jリーグ・三大タイトル
昨日10月16日行われた第102回天皇杯決勝、甲府vs広島戦、最後はPK戦の末、甲府が制しました。その試合経過はいろいろなメディア情報に譲ります。

当ブログは、今回の甲府の優勝までの道のりが、いかにドラマ性満載だったということを考えながら書きたいと思います。

映画やテレビドラマ、あるいは漫画でスポーツもの、サッカーものを作りたいと思った時、原作者は、ストーリーがよりドラマチックになるような設定をいろいろ考えます。

つまりフィクションだから出来る途方もない設定をいろいろと考えるわけですが、昨日の甲府の出来事は、そういった「フィクション」を超えた、リアルな世界で起きたということを記録しておきたいのです。

それでは、これからリアルな世界で起きたドラマ性満載の出来事を「シナリオ」の形に整理し直して記録しておきます。

・ある地方都市をホームタウンにするJクラブがあります。このクラブはもともと、長年、地元出身者の社会人選手たちで構成されてきた地域クラブが母体となって発足したクラブです。

・大きな企業のバックアップを得たクラブでもなく、大都市の大きなスタジアムに大観衆を集められるようなクラブでもないことから、Jクラブとして発足してから間もなく、財政的に厳しくなり消滅の危機を迎えます。

・それでも地元の熱心なサポーターの存続に対する熱意を知っている地元大手企業が、クラブに役員を派遣するとともに財政的なバックアップを行ない、消滅の危機を免れたクラプです。

・その後、下のカテゴリーからトップカテゴリーに昇格を果たしますが、降格・昇格を繰り返し、5シーズン続けてトップカテゴリーで健闘する時期もありましたが、現在はJ2。再昇格をうかがう戦いを見せてはいるものの、今シーズンは下位に低迷しています。

・そんなクラブに20年も在籍しているレジェンドがいれば、学生当時無名だった選手が見いだされ育ち、世界に羽ばたいていった代表選手もいます。このクラブからJリーガーとしてのキャリアをスタートさせて強豪クラブにステップアップを図る役割を果たしています。

・また、このクラブは、上のカテゴリーで出場機会に恵まれない有望な選手をレンタルという形で受け入れ、活躍の場を与え自信をつけさせて元のクラブに戻し、飛躍させる役割も果たしています。

・そんなクラブには、降格しても変わらずに応援してくれる熱心なサポーターがいます。その象徴がいつも大きなチームブラッグを振り続けている白髪男性のお年寄りです。このクラブから巣立っていった選手たちを誇りに思ってくれる暖かいサポーターたちでもあります。

・選手たちは、これほどまでに応援してくれるサポーターたちに、低迷する成績を申し訳ないと思いつつ、どんな形でも何か報いたいと密かに心に誓っています。

・そんなチームを今年から指揮を執っている監督がいます。今年のリーグ戦の下位低迷は、チームとしての戦い方を浸透させる過渡期によくある現象ですが、リーグ戦とほぼ同時並行で進んだ第102回天皇杯の戦いの中で、少しづつ、その成果が見え始めてきたのです。

・監督は、自分のサッカーがチームに浸透してきていることに手応えを感じているためか、天皇杯の戦いで、上位カテゴリーのチームとの戦いでも、常に笑顔を絶やさず「楽しんでやろう」というメッセージを発しています。

・この監督は、かつてJ1で戦っていたこのチームを引き受けましたが、あえなく降格させてしまい翌年解任された経歴のある監督ですが、その後の経験値を買われて、今年再びチームを任されることになったのです。

・今年の天皇杯、J2クラブは2回戦から登場します。2回戦で格下チームを破ると3回戦からはJ1クラブとの対戦が始まります。

・J2クラブがJ1クラブを立て続けに破っていくことは、ままあることですが、3回戦、4回戦、準々決勝、さらには準決勝まで進み、そこでも勝って決勝に進んだとなると、すでに対J1チーム4連勝であり、通常であれば、これだけで十分、今大会の大健闘として称賛される決勝進出です。

・またJ2クラブのような下のカテゴリーのクラブが頂点に立つ例も、これまでいくつかありました。しかし決勝でトップリーグのクラブを下して優勝するという例は、Jリーグ発足後はありません。

・決勝の相手は、今シーズン新監督のもと、直前までJリーグ三大タイトルすべて制覇の可能性を残しながら勝ち上がってきた強豪。

・リーグタイトルの可能性こそなくしたものの、二冠に王手をかけての最初の決勝に臨む相手です。今シーズンの好調ぶりから考えて、いかなJ1クラブ4連勝の勢いをもってしても決勝を勝ち抜くのは至難の技というのが大方の予想です。

・それでも、このJ1クラブ、こと天皇杯に限って言えば、かなりタイトルから見放されているクラブという歴史を持っていることも事実です。

・この30年の中で、過去4回決勝進出を果たしながら、いずれも決勝で苦杯をなめているというクラブです。5度目の挑戦にして今度こそ初タイトル。まぁ、大方のサッカーファンがそのように予想するに違いありません。

・J1クラブを4度破って5度目の挑戦となるJ2クラブ、これまで4度の決勝進出を果たし5度目にして初タイトルを目指すJ1クラブという「5度目」が共通する構図の決勝です。

・実は準決勝でJ1クラブを撃破した立役者で、今大会好調だったMFが決勝を前にした練習でケガをしてしまい無念のリタイア。イレブンには「彼のためにも」という静かな闘志が宿っていました。

・対するJ1クラブには、選手としてのキャリアを相手チームでスタートさせた選手や、レンタル移籍で力をつけた選手が合わせて4人もいて、試合前はお互いの健闘を祈りつつも、かつてはチームメイトだったお互いの選手たちに少し複雑な思いを抱かせたことも確かです。

・そんな、さまざまな思いと因縁が絡み合った中で決勝のホイッスルが鳴ります。J2クラブは、監督が1年かけて浸透させた戦術が機能して互角に戦いを進める中、前半26分、見事に先制します。

・しかし、後半じりじりとJ1チームの地力に押されていくと、後半38分、同点に追いつかれます。そのまま試合は延長へともつれ込みます。

・選手交代で余力を残していたJ2クラブは、延長に入って次々とフレッシュな選手を送り込みJ1クラブの圧力に耐え続けます。延長後半8分には、在籍20年のレジェンドDFをピッチに送り出します。長い間チームの精神的支柱としてピンチの時も落ち着きをもたらしてきた彼の力を知る監督の決断です。

・ところが延長後半終了間際、悪夢の瞬間が訪れます。ペナルティエリア内で相手選手が蹴ったボールが、このレジェンドの左手に当たってしまったのです。故意ではないにしてもPKの宣告です。

・なんということでしょう。よりによって投入されたばかりのレジェンドDFがPKをとられたのです。もはや延長戦終了間際のことです。PKが決まれば万事休すです。

・やはりJ1の壁をすべて突き崩すのは無理なことか・・・。多くのサッカーファンがそう思ったことでしょう。

・しかしドラマにはまだ続きが待っていました。相手選手のPKを、GKが乾坤一擲の横っ飛び。右手の先っぽにボールを当てることに成功して阻止したのです。簡単なボールではありませんでした。何かの力に後押しされなければ、止められないPKでした。

・長い間チームを支えてきたきたにも関わらず、ここにきて悪夢を見ようとしているレジェンドに対する「あのまま終わらせるわけにはいかない」という思い、前の試合まで大活躍していながら決勝を前にしてリタイアしてしまった若武者に対する思い。そして日本最大のスタジアムに詰めかけてくれた多くのサポーターの声援に応えたいという思い、さまざまな思いが彼の横っ飛びに力を与え、はじき出す指に力を与えた、そうとしか思えないセーブでした。

・この日、このスタジアムには37,000人もの観客が入ったそうです。J2クラブと比較的地味なJ1クラブの決勝にも関わらず、という感じです。詰めかけた大観衆は、幸運にも稀にみるドラマの目撃者になりました。

・そして、ドラマのクライマックスが近づいてきました。いよいよPK戦による決着です。両チーム3人目までは淡々と蹴り込みましたが、見ているほうは、1人蹴るごとに次第に息詰まってきます。

・そして4人目、先に蹴ったJ1チームのキックを、またしてもGKがストップします。J2クラブは4人目も成功、ついに最後の5人目となります。相手チームが成功させたあとJ2クラブの5人目は、あのPKを献上してしまった在籍20年のレジェンドです。

・なんという筋書きでしょう。なかなか、こうまで描きたくても描けないシナリオです。見ているほうからすれば、さぞかしプレッシャーで押しつぶされそうなのではないかと思います。

・一度どん底に落とされそうになったところを、味方GKのスーパープレーによって救われた選手に、今度は自分のキックで、チームに栄光をもたらすチャンスが巡ってきたのです。

・静かにボールをセットした彼は、「魂のキック」を迷いなく蹴りこみました。勝負を決するPKを、彼は成功させました。その瞬間、100年に一度の大偉業は達成されたのです。これほど数々のドラマが詰まった試合、最後は筋書きのないドマラそのもの試合を「優勝」という形で完結させたのです。

・フィクションの世界のような、いくつもの「ありえない」ようなことリアルの世界で起きて、その結果、弱小クラブのハッピーエンドという形で物語が完結する。その物語を私たちは共有したのです。

・「サッカーを愛する人たちすべて」に贈られた珠玉のドラマ、珠玉のサクセスストーリー、それが今回の「甲府・第102回天皇杯サッカー」優勝だったと思います。

・この快挙については、J2クラブが5度もJ1クラブを撃破して頂点に上り詰めた「史上最大の下剋上」といった見出しが躍るに違いありません。インパクトの強さを狙えば、そういう表現になるのでしょうけれど、それだけでは「ドラマ性に満ちた、このJ2クラブの偉業」を表し切ったとは言えません。やはり「大偉業」と評されるべきであり「100年先まで語り継がれる大偉業」「100年に一度の大偉業」と評されるべき出来事だと思います。

日本代表・森保監督の感想は「カテゴリーが上のチームが絶対勝つ」などという「絶対」はあり得ないんだということを、あらためて実感した、というものでした。

まさに11月に開催されるカタールW杯で置かれている日本代表の立場は、甲府と似たようなものだと思います。当ブログは日本代表の健闘を密かに願いながらも、ドイツ、コスタリカ、スペインと続く戦いには、そう多くを期待するのは禁物という気持ちになっています。

しかし指揮官が「絶対」はあり得ないんだという気持ちをさらに深めてくれたのは心強いことです。
来週のルヴァン杯決勝、そしてJリーグ残り2試合、ドラマにつぐドラマを共有したのち、カタールW杯というもう一段の筋書きのないドラマに酔いしれることになります。

鳴呼(ああ)、サッカーの世界の素晴らしさよ、感動的なことよ。




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