柏からイタリアニュース

イタリアの今をイタリアメディアの記事からお届けします。

25年前の5月23日。マフィア対策の最高責任者のファルコーネが爆殺された。

2017-05-24 16:30:24 | 社会

La Stampa 2017/05/23より

Forza morale e metodo, così Falcone piegò i boss

Maniacale nei dettagli, ci ha lasciato un patrimonio normativo insegnato ancora oggi nella scuole per giovani magistrati

1992年5月23日、パレルモ近郊の高速道路で、マフィア対策の最高責任者であった、ジョバンニ・ファルコーネが爆殺された。あれから25年。

(原文)
http://www.lastampa.it/2017/05/21/italia/cronache/forza-morale-e-metodo-il-giudice-che-pieg-i-boss-tC04UWAbHiGr0SktoY42JJ/pagina.html

3月のISTAT統計発表

2017-05-17 23:35:10 | 政治
1corriere della sera
7 maggio 2017 (modifica il 17 maggio 2017 | 10:35)

Istat, a marzo l’export dell’Italia sale del 4% e del 14,5% su base annua. Stabili invece le importazioni

Il surplus commerciale è di 5,4 miliardi. Volano della crescita le vendite verso i paesi extra Ue, salite del 6,5%, mentre nell’area europea l’aumento si attesta al +2,1%


3月のISTAT統計発表。輸出は4%伸び、年ベースで14.5%の伸びとなった。輸入は変わらず。EU諸国との取引は2.1%の伸びに留まったのに比し、EU以外とは6.5%と大きい伸びだった。


(原文)
http://www.corriere.it/economia/17_maggio_18/dati-istat-marzocorriere-web-sezioni-483101e8-3ad8-11e7-935a-b58ef33c02e7.shtml

イタリアの離婚革命

2017-05-12 14:17:15 | 社会
このニュースは大変興味深い。大金持ちが離婚する際でも、相手に対する離婚の補償金は
結婚期間中の生活レベルの補償ではなく、純粋に生活していくに必要なだけの補償に留まるというもの。
従って、たとえばベルルスコーニと離婚した奥さんは、離婚後も莫大な補償金による優雅な生活を補償されるわけではないということだ。これはかなり画期的かも。

La Stampa Pubblicato il 11/05/2017
             
La rivoluzione del divorzio
La Cassazione: il criterio per l’assegno all’ex è l’autosufficienza, non il tenore di vita. La decisione dei giudici coinvolgerà anche chi si legherà con le unioni civili
離婚革命。破毀院(日本の最高裁に当たる、控訴院の判決の破棄、差し戻しの権限を持つ裁判所。なお、憲法裁判所とは異なる)は、離婚慰謝料の判断として、離婚前の生活レベルの維持をベースにするのではなく、自立に足るレベルで良いとする判断を示した。この決定はCivil Unionの場合でも含む。
(注wikipediaより:シビル・ユニオン(英語: civil union)またはシビル・パートナーシップ(英語: civil partnership)は、結婚に似た「法的に承認されたパートナーシップ関係」を指す言葉。同性間カップルに対しても、異性間の結婚と同様の法的地位を求める社会運動の高まりを受けて、1989年にデンマークで始まり、その後先進国の多くで同名もしくは似た名称での法整備が進んでいる。ブラジルやニュージーランド、ウルグアイ、フランス、アメリカ合衆国のハワイ州、イリノイ州などでは、異性間カップルに対しても同制度の適用が認められている。)

La Suprema Corte, nella sentenza 11.504, scrive che «sposarsi è un atto di libertà e autoresponsabilità»
最高裁は、判決11.504で、「結婚することとは自由と自己責任の行為である。」と言う。

多額の離婚補償で救われた女性たちも今は昔となった。

これから離婚するものは安心するに違いない。もしも離婚の相手が経済的に自立している場合、その者は生活費の補償を受け取る権利はない。昨日、破毀院は、前経済大臣のVittorio Grilliとその妻Lisa Cary Lowensteinの離婚訴訟において、離婚補償として、二人のうちのより経済的に弱い立場にある者(普通は女性)が結婚期間中享受していた生活レベルを考慮する必要はないとの取り消し不能の審判を下した。もしも、生活を維持したければ、昔の贅沢な生活は諦めろということだ。

莫大な養育費よ、さようなら。これからは経済的な自給自足分で充分だと。

この決定はCivil Unionにも適用される。2016年の法律76で出来たこれらのCivil Unionも今回のニュースは衝撃だ。すべての人にとって、要するに今後は過去の生活の質の維持ではなく、生活の必要性を規準にするということだ。まさに司法の激震、コペルニクス的転換だ。1970年に離婚法が成立したとき、離婚時の補償は結婚中の生活レベルを基準としたものだった。しかし今後は離婚を申し出た配偶者側の経済的な独立性、自立性を土台に、その補償額が決められるということだ。

破毀院の判断によれば、結婚はもはやはっきりした決まりがあるものではない。社会的に上位の段階に進んだということでもなく、なにかある制度を見つけるための方法でもない。破毀院は判決11504で、結婚することは自由と自己責任の行為である。離婚によって婚姻関係は消滅し、単に個人的な地位に戻るばかりでなく、経済的・財産的にもかっての個人としての立場に戻るということだ。もちろん、だとしても離婚後も残る配偶者の義務は存在するが。

ただし、支援が必要な子供がいる場合にはその費用は別途負担する必要はある。破毀院の担当判事の説明では、子供たちには成長過程で必要な費用の負担を受ける権利がある。法外ではない、常識的な範囲の生活費は報告の義務もない。言い換えれば、子供を引き取った女性には将来の不測の出費もあるためだ。破毀院が示したあらたな考慮すべきポイントは、あらゆる種類の所得や、動産、不動産に関する世襲財産、健康状態、年齢、性、または世間で個人的に働いた場合のその個人の労働のさまざまな能力や有効なさまざまな可能性だ。そして最終的には住むための家の安定的な確保だ。

破毀院いわく、離婚補償を申請する配偶者側には、それを申し立て、理由を説明し、最終的に適当な生活手段が無いことや客観的に生活手段を準備することも出来ないことを明らかにする義務がある。そのような証拠としては、具体的には経済的な独立性を示す証拠からなる前述のような主要な項目で示す必要がある。一方、補償を求められた側の配偶者は当然申し立てに対する反論や反証が出来る。

とは言え、この破毀院の裁決はイタリアとその他の外国との調整を必要とする場合もあるだろう。しかし、他国の歩調に合わせるにしても結婚するときの契約は尊重されなければならない。弁護士のGassoni氏は結局のところ、「約束事を明確にして良い関係を長く」ということだと忠告する。


(原文)
http://www.lastampa.it/2017/05/11/italia/cronache/la-rivoluzione-del-divorzio-a1jqjMatIuFHsYNwXOot7O/pagina.html

北イタリアの渇水はついに供給ストップにいたる!

2017-05-08 23:43:24 | 社会
当ブログ4月11日付けで北イタリアの渇水について書いたが、その後さらに状況は悪化しているようです。

La Stampa 2017/05/07

La guerra dell’acqua: il Trentino chiude i rubinetti al Veneto
Anche in quota gli invasi si stanno prosciugando. “È una risorsa che non possiamo più condividere”

ついにトレンティーノからベネトへの水の供給が行われなくなりそうだ。貯水池の水位はほぼゼロ。
ベネト州はここ数ヶ月の旱魃のため、水源地であるトレンティーノ・アルトアディージェ州に対し貯水池の水を流して欲しいと要請しているが、当のトレンティーノ・アルトアディジェ自体も水が底をついている。水力発電所の要請もある。この冬は雪が本当に少ない冬だった。雪が少ないとすぐにスキー場の商売のことだけが話題になるが、真の問題は、飲料水、農作物灌漑用の水の確保の問題なのだ。この地域は森、自然が豊かで、りんご畑でも有名どころ。そうした果物畑のためにも水は欠かせない。
4月25日から5月1日までがもっとも危機的な状況だった。アドリア海のキオッジャまでの240キロに渡って、川の水の量が基準値から4.5メートルも下回っているのだ。
ベネトに程近いトレンティーノは、杉の木の森の谷、ランポーネやイチゴの谷でもある。そんな豊かな地域の水源がいまや20日も干上がっているのだ。人々の水がめは歴史的な低水位にあり、飛び込み禁止の取り決めもばかげている。そしてついに昨日3人の農家が土地改良組合の彼らの作物畑のために水を不正に取水した罪で6ケ月の禁固または4万5千ユーロの罰金が言い渡された。もはやトレンティーノもベネトに対し寛大ではいられない。次に雨が降るまで貯水池からの取水を閉鎖した。

(原文)
http://www.lastampa.it/2017/05/07/italia/cronache/la-guerra-dellacqua-il-trentino-chiude-i-rubinetti-al-veneto-VU4X1RCjUmrA7erTQZzkCM/pagina.html

今年はグラムシが没して80年。今なおイタリア政治にはグラムシの思想が必要なようだ。

2017-05-07 15:36:10 | 政治
Corriere della sera 2017/04/25

anniversari amari

Gramsci? La sinistra senza egemonia
e i Cinque Stelle senza cultura

di Luca Mastrantonio

アントニオ・グラムシを思い返しては?
ヘゲモニー(文化的覇権)を考えぬ左翼と文化を持たぬM5S

アントニオ・グラムシが1937年4月27日に没して80年になる。グラムシは没してもなお誰より実際的であるのだろう。今年に入って数ヶ月だというのにすでに20冊以上の本が出版され、国際的な会議も開催されている。しかしイタリアの政治世界で誰が哲学的に再構築するというのだろう。PD(民主党)から派生したイタリア左派はヘゲモニーと題した集会を企画したが、参加者は少なくおよそヘゲモニーの言葉が冗談のように響く。今日ヘゲモニーについて話す者はヘゲモニーを持たず、それを持っていた者はそれを失い、グラムシの言うヘゲモニーたらんとする者は文化を持たぬ。PCI(Partito comunista italianaイタリア共産党)から分派したPd(民主党)は共産党の哲学を事実上スクラップにして、その遺産を浪費しただけだった。それはUnita’紙のことを考えるだけでも歴然だ。先のリンゴットでのPD党大会でTommaso Nannicini(トッマーゾ・ナンニッチーニ)のように、文化ヘゲモニーのために闘おうと今頃訴えている。難しいことはわかる。しかし新しい考えを広めることが出来るところでは他の切り口も必要だ。RenziとPDは、たとえば、先の国民投票に関して言えば、歩みを変える必要がある。議論の土台は文化の闘いに置いていたのか、それとも個人的な闘いに置いていたのか?Renziは投票で40%を獲得して自分が新しい王子であると確信しているようだ。しかし、Noが60%あるということは国民的な人気があるといえるのか。(Noの中にはグラムシ基金の総裁、Giuseppe Vaccaもいる。)
一方、伸張している潜在的なヘゲモニーを持ったもうひとつの政治グループ、M5Sがある。彼らは強い反ファシズムの考えを持つわけでもなく、グラムシ的な考えには我関せずの様子だ。2016年においては、グリッロ支持者は国立記念のグラムシ館の移築に反対した唯一の党だった。果たしてM5Sはどんな文化的な思想を持っているのだろう。単にグリッロの見世物なのか、Tavernaの詩(どのような内容の詩か不明)のようなものなのか、事件の背後関係を追求するような図書館なのか、Di Battistaのゲバラ主義なのか?グラムシはPDにとっても今日のM5Sにとっても関係ない存在ではないはずだ。グラムシの実際的な分析は、文化的なヘゲモニーを浪費してきた民主的指導者階層の近視眼的なこれまでの行動(PD)や、一方で大衆の一時的な気分に乗った反政党の運動(M5S)の真の姿をあらわにするだろう。

(原文)
http://www.corriere.it/opinioni/17_aprile_26/perche-gramsci-alieno-questo-pd-grillini-d0a68e10-29eb-11e7-9909-587fe96421f8.shtml