ガトゥ・ハロゥ

八犬伝と特撮と山田風太郎をこよなく愛する花夜のブログ。

東京八犬伝④

2009年08月02日 23時37分27秒 | 東京八犬伝
我生まれいづるは汝の中に

洸輝の背中、首筋、手をあてていた場所が熱を持つ。
自分が放つ儚くて禍々しい炎の熱とは違う。しっとりとした優しい熱が
身を焦がす。堪らず握り締めた洸輝のシャツの布の柔らかい感触とは
別に硬いすべすべとした何かが手の中に現れた。手を握り締めたまま
目前へと持ってくる。洸輝も郷の手を見つめる。こわごわと開いた
手の平には透明な少し大きめの水晶の珠。

中に浮かんでいたのは『仁』の文字。

「それは俺の珠」
「え?」
「持ってたけど、俺の身体の中のあちこちに粉々に砕けて埋まってた」

元の珠に戻して身体の外に出すには、もう一つの珠の力が必要だった。
だから今取り出すことが出来た。

「その時が来るまでずっと待ってた」
「でも、俺はこんな珠持ってへんよ」
「だから、今度は郷の珠を取り出そう」

郷は珠と洸輝の顔を交互に眺めた。洸輝の身体を支えていた、珠を持って
いない方の郷の手を離すと、洸輝は指を絡めるようにしてその手を繋いだ。

「その珠を俺に返して。それで、郷はそのままさっきみたいに手を俺の胸
にあてていて」

郷は座り込んだまま、洸輝の身体を向かい合わせとなったまま、手のひらを
心臓の辺りに当てる。洸輝は受け取った珠を握り締めた。じわりと体温が上がる。
身体のあちこちを焦がされていくような部分的な熱さが痛みとなって流れ込んで
くる。

東京八犬伝③

2009年08月02日 13時37分12秒 | 東京八犬伝
許さないと思った。

郷の両指先からふわりと朱色の煙が立ち昇る。

へらへらと笑いながら洸輝を囲んでいた男達は、急激に自分達の
周辺が熱くなっていくのに気づいた。本能的に危機を感じた男達
の間に戦慄が走る。なんだってんだよ。歪んだ鉄パイプを持った男が
洸輝の背中に振り下ろしながら逃げようとしたが洸輝に当たる前に
それは男の手から落ちた。悲鳴。男の腕から噴出した炎はそのまま
袖口を伝って背中にまわり、あっという間に男の全身を包んだ。
他の男達は目を見開き、慌てて鉄パイプの男の炎を消そうとする。
炎は消えるどころか意志を持つ生き物のように別の男の袖口から
足元から伝い燃え広がった。

瞬く間に男達は黒い塊となり、ぶすぶすと煙をあげる。
「・・・洸輝!」
それらを跨ぐように郷は洸輝の元へと駆け寄る。
打ちすえられた跡が幾重にも残る背中。ゆっくりと仰向けにし、
出来るだけ負担をかけないように静かに洸輝を抱きしめる。
「・・・・・・郷?」
「うん、そう」
遅れてゴメンな。郷は泣きそうな顔になっていた。
鼻の奥がつんとして言葉が出ない。
こんなときにこそ、いつも洸輝が言ってくれるような安心できる
気の利いた言葉の一つでもかけなければと思うのに。
「・・・焦げ臭い。お前・・・力使った?」
郷の胸に抱きしめられたまま、洸輝は首だけを動かしてうつろな目
で郷を上目遣いで見上げる。頬に道路で擦ったらしい赤い線のような傷がある。
洸輝に禁じられていたのに。人に対してその力を使うこと。
「・・・ゴメンな約束守れんで。でも洸輝が・・・」
郷よりも幾分か細い指先が郷の肩越しに向けられ何かを指し示す。
「・・・まだ後ろに・・・・・・一人残ってる・・・」
振り向いた郷の目に焦げた死体から黒い液体が流れ吐瀉物の腐臭を
撒き散らしながら人型となりゆっくりと立ち上がるのが映った。


東京八犬伝②

2009年08月01日 23時31分51秒 | 東京八犬伝
かろうじて飛び込んだ実験棟の窓という窓を急いで閉めて回って、報知器に
マッチの火を近づけて入り口防火シャッターを降ろしたところで、膝が
ガクガクして階段の冷たい手すりにしがみつくようにもたれ掛かった。
これって怖いから俺震えてんのかな。階段を上がってこない啓太の背中を
軽く叩いて環が自らの肩を貸すように腕をとり、小柄な啓太の身体を引っ張る
ようにして階段を駆け上った。

屋上にも黒い塊は居た。
細すぎる窓からの隙間からはさすがに入り込めないらしいが、
シャッターや教室の引き戸の隙間からゲル状態の黒い塊が進入してくる
のもそう遅くはない。
校舎の壁をゲル状の黒い液体が伝い登り始めていた。

「なんか、スライムが大量発生したって感じだな」
「いーやむしろこれってラヴ・クラフトでしょう」
「なにそれ」

窓ガラス越しに壁を眺めていた環と洸輝の会話に啓太が割り込む。

「暗黒の宇宙から悪霊の神様が得体のしれない怪物の姿で地球のあちこちに
現れる話を書いた人」
「現れてどうすんの」
「人間を襲うの。ここは自分達が先に居た場所だからっていろいろ理由をつけて、
とんでもなく残酷な方法で殺したり消し去ったり食べちゃったり」

一息に言うとくたびれるわーと、洸輝には緊迫感のかけらも無い。

「ふーん。正義の味方はいないの? 洸輝さん」
「いなーい。人間はなすがまま」

洸輝は啓太に向かって降参のように両腕を上げ、ホールドアップの姿勢をとる。

「ええっ!?、それじゃ俺たちもアレになすがままっ?」
「いや、少なくともあんなヘンなのに何かされんのヤダから俺は逃げるけど?」
「そうすると、どうやってここから逃げようか」
「そうだねえ・・・校舎の中に木は生えてないし。
 啓太が増えても今はあんまり役には立たないだろうしー」

洸輝の言葉にじとっと環は啓太を見る。

「え!? オレ役に立つよ!?」
「よし、じゃお前分身して『おとり』になれ。洸輝さん、コイツ残して逃げよう。
 啓太なら一人ぐらい逃げ遅れても大丈夫じゃね?」
「ざけんなーっ!! 一人が怪我したら俺自身のみんなが怪我すんだよ!」
「”俺自身のみんな”ってのが啓太語録って感じだよなー。
 判ってるって、冗談に決まってんだろ」

立ち上がった環は啓太を羽交い絞めにして、その硬い髪の毛をばさばさと乱暴に
逆立てる。

「啓太の毛ってヤギみたいだよな。柔らかそうでがびがびしてて」
「ヤギってなんだヤギって! 環の言ってることはワカンネことだらけだ」
「まぁ、ヤギって悪魔の化身みたいなとこあるしー。肉はうまいけどな。
臭いから食べてみないと判らないトコロがまた何とも言えないっていうか」

東京八犬伝

2007年08月19日 22時06分01秒 | 東京八犬伝
庚は無表情のまま不機嫌そうに冷たい視線を郷に向けた。
郷が目を合わせると同時に黒い粘着物を纏わり付かせたまま庚の身体が
フェンスの外側に傾ぎ、郷の視線から消えた。

「庚!」

郷の身体をもフェンスから引き剥がそうと黒い巨大な粘着物の塊が粘着触手
のようなものを伸ばし郷の手足に絡みつく。早くここから逃げ出したい。
気持ち悪い。階段の踊り場に残してきた、倒れて気を失ったままの洸輝も
気にかかる。意識の無い身体なんてコイツは容易く捕まえるだろう。
さっきの庚のように。

『郷くん、はよ逃げや』

痛みに堪えながらふわりと笑って、庚と郷を逃がすために囮になった洸輝。

(そんなことはさせん・・・!)

郷の手足の先から、ふわりと赤い陽炎のような炎が立ち上った。
ジュッと焦げる腐臭のような嫌悪感を抱かせる匂いが鼻をついた。
ざざっと黒い粘着物は瞬間的に手足から離れ、郷の周囲にわずかな空間ができた。
咄嗟にその場所から逃げようと屋上の入口へ走りかけた郷の足を何者かが掴んだ。
ギョッとして一瞬立ちすくんだ郷の目に、自らの足場となっていたコンクリート
から白い人間の手が現れ、郷の身体を両足首をそれぞれ掴んでいるのが映った。

「う、うわわわっ!!」
「そのまま。目をつぶって!」
「離せ!  離しやがれ!!」
「落ち着けって!! オレだオレ! 郷!!」

足首をこぶしで強く殴られた途端、我に返る。痛みと共に聞き覚えのある声。

「オレだよ。助けるから目閉じて」

郷が目をつむると同時に、ぐいっと足元から引き込まれる。
泥の中のような、ぺたりと軟らかい粘土に身体を埋め込まれるような感覚があり、
それはまた突然に無くなった。頭から落下するような感覚に変わりあわてて目を
開けるもその光景に絶句する。

「もー、落ち着けよな。目を開けていいから。今度は洸ちゃん拾ってくるから
きみは下で受け止めて」

郷は自分が屋上下の教室の天井壁から上半身が出ている聖斗の腕に足をつかまれて
逆さにぶら下げられていた。
落ちかけていた郷の身体を下向きに背後から両腕を抱え支える人物がいる。
落ちたはずの庚がいた。

「庚! なんで!?」
「重い!! ここならもういいだろ、落とすよ!」

庚の身体が空中に浮かんでいた。
庚が両腕を離す前に聖斗が郷の足を離したので、かろうじて足から教室床に落ちる。
それでもバランスをくずしてしたたかに背中を打ちつける。
そのまま仰向けになった郷は、1メートル程上に地面に立つようにして浮かぶ
庚の姿を見た。

「・・・生きてる?」
「あんた、ボケてる?」

イラついたように庚はふんっと息を吐く。言葉を無くしたまま庚の姿を擬視する
郷に、天井から逆さまに上半身をのぞかせたまま聖は叱咤するように声を荒げた。

「ぼうっとしてないで起きて。庚は僕達がここを出るための次の行動に移るから。
郷君は起きて構えてないと、洸ちゃんも落ちちゃうよ?」

君みたいに背中打つよ、ドゥーユーアンダスタン? とばかりに首を傾けた。
うんうん、と慌てて郷はたてに首を振る。
聖斗は庚の腕を掴んだまま、二人はそのまま頭から天井に吸い込まれるように姿を
消した。仰向けになったまま、起き上がる気力も無かった。
ぼんやりとしていた頭を振る。やや間があって、天井から見覚えのある栗色の髪が
現れると先ほどの聖の言葉を思い出し、慌てて起き上がる。まだ気を失っているの
か、だらりと腕が下がったまま背面から落ちてくる洸輝の身体。郷は慣れない横抱き
でしっかりと受け止めた。

「もう少しだけ待ってて。窓に気をつけて。ヤツラはそこまで来てる」
「庚は?」
「窓の外」

それだけ言うと聖斗はまた壁の中に消える。
郷は体力がまだ回復していない。洸輝を抱えこんだまま床に座り込む。
ひとまず一難は去ったけどこの後はどうすればいいんだろう。
窓の外側にじわりと這い伸びてくる黒い塊をぼんやりと眺めながら郷は、はぁっと息をついた。