(【およね平吉時穴道行】 半村良 著)
月と葦 浮いたばかりの 土左衛門
前にちょこっと名前を書いたのは2年前のブログ記事。
・高橋留美子の優しい【犬】の世界
半村良先生のSF短編です。これはハヤカワ文庫版。
コピーライターの「私」は、江戸時代の戯作者・山東京伝に興味を持つ京伝びいき。
どんどん調べていく内に『十日記』という文献と、「月と葦 浮いたばかりの 土左衛門」
い
という下手な句が書かれた【墨堤夜景】と題のつけられた墨画を親類の荒物商から
貰い受ける。しかしその”日記”は大富丁平吉という人物が天明から明治までの十四代
百十余年の年月をひとりで綴っているらしいと気づいた「私」は本文の解読を始める。
その日記には京伝に関わるらしきことがたびたび出てくる為、「私」は補足のように
当時の江戸の洒落本などの文学の流行や、京伝の家族やその周辺人物なども
調べていく。その内に平吉が「およね」という主家の娘…京伝の妹に恋焦がれていた
ことを知り、更に調べていくと「およね」もまた京伝に似た文才のある才女だったが
若くして神隠しに合い行方不明になったことを知る。
そんな折、「私」は仕事で美貌の歌手・菊園京子と知り合う。何の気なしに
月を眺めながら「月と葦 浮いたばかりの 土左衛門」を口ずさむと
京子の様子が変わり、「私」は世に出たこともない墨画のことを知っていた彼女に
ある確信を得る。
二百年前の江戸に生きた平吉の日記に出てきた「およね」が京子であると。
主人公は「私」で、キーポイントになるのは「およね」ですが、全体的には
山東京伝についてのあれやこれ。著書の【娘敵討古郷之錦】【御存商売物】。
【お花半七開帳利益札遊合】。当時の作家陣、十返舎一九とか、為永春水とか
発明家エレキテルの平賀源内、などの著名人。松平不昧公、その実弟・雪川公。
長崎の料理人に教わって江戸で最初の天麩良屋を実弟の京山に始めさせたり。
その”天麩良”の名前も京伝作。褒め称える文章ばかり。
「私」は、京伝びいきの馬琴ぎらいと公言しているので、中の解説文章にも
これでもかとばかりに、京伝センセと馬琴センセの比較対象が書かれています。
京伝はいわゆるデザイナーとしてもライターとしても素晴らしい。それに比べて
曲亭馬琴は絵も下手で悪筆で知ったかぶりの考証沢山で紙数をかせぐ…なんて
欠点を挙げ連ねる文章が延々と続くのだけど、文献からそれなりに知っている
馬琴センセの山ほどある偏屈な部分なんて今更なので読んでておかしく面白い。
竹の皮を集めて売ってたった三十二文で口惜しがるケチ、とか。
吉原通いに説教たれるな偏屈人、とか。
もしかして半村先生も馬琴センセが嫌い? と尋ねたくなるくらい。
山東京伝LOVEともいえるほど、京伝についての細かい説明がされている為
この短編読めば京伝レポートがひとつふたつ書きあがるんじゃないかな。
そして【伊波伝毛乃記】や【弓張月】の名前は出てくるけど、【八犬伝】
の名前は出てこない。
…半村先生は馬琴センセが本当にお嫌いだったのかもしれない。
まだ追記があるので、続きは後日に。