日々雑感

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外交と言えば

2009年04月23日 | Weblog
 外交と言えば、

利害が衝突しても、話し合いでもって解決しようという基本姿勢が不可欠である。今までの北の外交は国連決議が何であろうと、自国の方針と異なれば、独特の理
屈をつけて無視する態度に出て、国際協調をする態度は見受けられない。
これは今回に限ったことではなく、永年の北やり方である。ゴネドク・瀬戸際外交と言われているが、要するに戦争一歩手前、あるいは最悪戦争突入もあり得るということを決めて、彼らは外交交渉してきたのである。そしてその効力の味を知っている。言い換えるなら腹がすわっている。
6カ国協議を振り返って見ると、日本にはなんの成果ももたらさないで、時間はどんどんすぎていく。このままで推移すれば、事態の好転が望めるだろうか。展望が開けるだろうか。
北にとっては、本当の敵は日本じゃないのだろうか。この辺の事情を踏まえた上で、北の軍事力をしのぐ備えが必要である。備えはするが、先制攻撃をかけろと言っているのではない。
世論では中川さんは鷹派という見方をするが、選択肢が限られている対北朝鮮政策は、力に対し力を持って対峙して、一歩も引かない強腰が、必要だと思う。つまり彼はタカ派の論理を振り回しているのでは無くて、現実を切実に訴えているのである。
こういう問題に関しては、何時も憲法が持ち出されるが、平和憲法をもってはいるが、国が破壊されたというのでは、話にならない。専守防衛とはいえ、攻撃が開始される事が察知されれば、攻撃を受ける前に相手をたたくのは、日本の権利であろう。



              中川氏は続ける。


最も脅威を受けている日本として、どうやって国民の平和と安全を守っていくかを、外交努力と並行して安全保障面でも議論していくべきだ。
 
核シェルターの整備も1つ。自民党の北朝鮮ミサイル問題に関する合同部会では、敵地攻撃能力の検討を求める意見が出されたようだが、自衛権の範囲内でできることもあるだろう。
 「自分の国は自分で守る」という大前提の中で、米国やソ連、中国などが50年前に真剣に議論していたことを、わが国もやるべきだ。

その通りだ。自国を北朝鮮の攻撃から自力で守らずして、いくら国力の繁栄を唱えてみたところで全く意味がない。

7日の衆院本会議で、北のミサイル発射に抗議する国会決議に、共産党が反対、社民党が棄権したことは理解できない。本当に、国民の平和と安全を考えているのか。
 中国による毒ギョーザ事件でも分かるように、日本人は冷めやすい。

北は1970年代から、日本人を拉致して工作員養成に利用し、同時にミサイルや核開発を進めてきた。この執念のような北の意志を侮ってはならない。
 弾道ミサイルをどうやって防ぎ、核をどうやって防ぎ、拉致をどうやって解決するのか。早急かつ真剣に議論しておく必要がある。日本人は自らの安全保障に目覚めなければならない。
日本人の平和ぼけ病が治り、自力で備えをもつ国民世論が喚起されることを望むものである。彼の現実感をタカ派の論理などと、かたずけてはならない。