野のアザミ

日頃感じたこと、思ったこと事などを書きとめておきます。

さどわら「鬼子母神大祭」

2017-03-14 | 郷土史

3月4日、近くの「鬼子母神大祭」に出かけた。「鬼子母神大祭」と便宜上書くが、ここの鬼子母神の鬼という字には、上の点はない。家から約2kmのところだ。賑わいを写真におさめておきたくて午後4時頃に車で出かけた。スーパー駐車場の向い側空き地が大祭の臨時駐車場だ。そこに車を止めるとほぼ同時に消防自動車のサイレン。気になりながら車のドアを開けると、大祭から帰り際のおばさま2人が、遠くを指差す。見れば、自宅方向に黒い煙。
ということで、すぐに煙を目指して引き返す事となった。道は少し“くの字”の一本道。途中の集落を過ぎると、煙のたちのぼる先は堤防の向こう側、つまり河川敷。ちょっと安心。堤防にはたくさんの消防自動車と救急車。現場に近づくにつれ、顔見知りの人達が集まり心配顔。消火に邪魔にならないところに車を止め堤防に上がった。見れば、たくさんの消防団が駆け付け、もう鎮火間際。田んぼの畔を焼いていた火が、河畔の竹林に燃え移ったらしかった。しかし、運のいいことに、ちょうどそばの水路に水が流れはじめたばかり。そのため消火活動もスムーズで、竹林の下を焼くボヤ程度で事なきを得た。乾燥時には芝生程度の草でも燃え広がる。一人での野焼きは要注意だ。

ボヤ程度だったのを確認して、改めて鬼子母神大祭へ。臨時駐車場は車でもういっぱい。ちょうど1台ほどの空きスペースが見つかった。隣りは大きな車に家族連れ。すぐそばの出店の前では、もう子どもが何かを欲しがっていた。道路脇には、藍地に「鬼子母尊神」と白く染め抜かれた幟がはためく。そして歩行者天国の参道へ。色とりどりの賑やかな出店が並ぶ。やはり祭りの風景だ。焼きリンゴ、焼きトウモロコシ、焼きそば、金魚すくい、おもちゃ屋さんなどなど。いつもの風景だ。
出店を抜けると鳥居と階段。この付近に、ずっと昔は「見世物小屋」があった。むしろ掛けの小屋には、おどろおどろしいろくろ首やとぐろを巻いた大蛇の大きな看板がかけられていた。ろくろ首も大蛇も、頭は日本髪の女の人。たしかのっぺらぼうもあった。怖いもの見たさに入ってみれば、何のことはない、普通の女の人が扮しているだけだった。それでも恐く、楽しかった。今はその類いがないのがちょっと寂しい。「佐土原」は、かつて歌舞伎芝居が盛んだったところだ。佐土原歌舞伎一座は、県内はもとより、県外へも公演に出かけたほどだ。それを背景に、全国でも指折りの「歌舞伎人形」を生んだ。加えて、あるはずと思っていた佐土原人形や神代ゴマ、うずら車の出店も見かけなかった。佐土原が次代に受け継ぐべき代表的工芸品だが、これらの出店も無かったのはやはり寂しかった。作り手の寄る年波か、はたまたデジタル時代のせいか。かつての賑わいというまでにはいかないが、こどもを連れた若夫婦やおじいちゃんおばあちゃんの姿は、いつもと変わりなかった。子どもは宝。いつまでも変わらないその思いを大祭に感じた。

さどわら鬼子母神