伊達だより 再会した2人が第二の故郷伊達に移住して 第二の人生を歩む

田舎暮らしの日々とガーデニング 時々ニャンコと

小説を発信中

  
  
  
  

  

女性研究助成金

2015-06-15 06:16:49 | 教え子・学校
 先日の道新の朝刊


   女性研究者サイエンスグラントの対象者に


   北大大学院の学術研究員の繁富香織さんらが選ばれた


   と写真が載っていた



   随分似たような経歴の持ち主がいたモンダと


   読み進めていたら苗字が違うが名は同じ


   あれまぁ年齢も同じ・・・・


   写真をよくよく見るとご本人さまでございませんか



  結婚したんだ



   ネットで調べてみると間違いない


   私が札幌のS中学で三年の時だけ一年間担任した生徒だった


   節目節目で便りがあり


   最近は東大の研究室にいるとばかり思っていたが


・・・・・・。



   折り紙工学の研究者で


   平面に培養した細胞を折りたたむなどして立体化させ

   将来的には血管や食道などの臓器を作り出し、再生医療に

   生かす可能性を探っている。



   んだって


   すごいネ成功すると素晴らしい・・・


    性格円満 心も広く バレー ピアノなど習いごとが

    放課後の殆んどを占めていたが

    学級代表などをしてくれたりして


    不平一つ言わず


    心の柔らかい生徒だった。



    柔軟性があるから


    伸びるんだろうなぁーと


    ひそかに思っていたが



    自分の夢に向かって突き進んでいるんだ・・・。


    教え子の輝いている力強い姿にこうして新聞


    などで出会えると最高に嬉しい。








当時の中学校はどこも荒れていた


  S中学校もそうだった



  おまけに生徒数が減で7クラスから6クラスに


  三年性で編制した新しいクラスだった


  学級作りに苦労した・・・


  その頃


  学年便りの編集をしていた私は最後の便りで


   冒頭にやんちゃだった彼らに向けて


   創った詩を載せた


   そんな混乱期の中に彼女も在籍していたのだ・・・・


   感無量






みんな輝いているかなぁー




















    


   
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なつかしい

2015-05-18 01:24:52 | 教え子・学校
偲ぶ
 昨夜は久しぶりの大雨・・・ 花と畑には恵みの雨であった。 今朝の道新にやまさ会館のことが載っていた なつかしい・・・ 30代前半のころ よくここを利用...





 なつかしい昨年のブログ


   やまさ会館


   まだ若く子育てと仕事の両立で


   頑張っていた時。
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思い出

2015-01-16 03:49:21 | 教え子・学校
つながり
 30代後半に担任した A君から 今日電話が入った・・・・。 ブログとかツイッターをやっているので 検索して・・・・ということであるが それがなかなかつなが...





 教え子つながりで

  昨年のブログ
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手稲の子

2015-01-15 18:04:53 | 教え子・学校
 現役時代の古い話


   40代半ばの頃

   手稲の麓にある中学校に赴任した。

   手稲オリンピア ハイランドのスキー場には車で

   15分ぐらい・・・そのせいか


   生徒はみんなスキーが上手今までの学校とは

   段違い・・・スキーに自信のあった私も


   「先生・・思っていたより下手・・・」と言われて

    しまった。


   みんな上手過ぎるんだから・・・。



   この学校のスキー遠足では忘れられない出来事があった。



   なんせ当時札幌一のマンモス校


    二年生の時のスキー遠足

    二年生の学年だけ9台のバスを連ねて

    いざいざ・・・。



 パンフレットより







  まずハイランドの頂上・・・

  広いスキー場なので生徒の姿もちらほら


  絶好のスキー日和


    雪の華がキラキラ輝いて反射して美しい

    頂上から見下ろす下界もステキ・・・ファンタジック

    日本海 石狩湾をしばしみとれる・・


    最高 感動


  パンフレットより

 

  




  ルンルン気分で下りて行く・・・・・


  と


  過去のオリンピックの女子回転コースに入ってしまった


  ここには鉄の壁ならぬ

  傾斜35度?の雪の壁・・・こんな傾斜初めてジャ


  観光客らしい派手な恰好の一団が固まっていた。


    滑る人全てが途中で転び転がっていく

    それを見てみんなビビっている様子・・・


    私もどうしたもんか・・・と躊躇

    こんな壁・・・どう滑ればいいのさァー


    と


    我がクラスの女子のグループ


  「ヤッホー先生何やってんのさ・・・」 

   とほざく

  こんな急斜面滑ったことないしい・・・と

  どもる私を尻目に彼女たち


  みごとなスキーさばき・・・



  スイスイと軽やかに魔の壁を

  次々と乗り越えていく・・・・。


  みんな上級者だ・・・多分一級はあるんで

  ないかい・・・。


  さすがぁー地元の子だねぇー・・とギャラリーは

  感嘆の声


  そして腕に腕章を付けている私に皆の視線が移った。


  わたしの目は無駄に空を仰ぐ・・・。


  

   そのうち残っていたギャラリーも次々と

   転がりながら落ちて行った・・・。


  わたしはそのあと


   ゆっくりと横滑りしながら魔の壁をクリアした。



 最後のコースはこれまた

   すごいでこぼこ・・・コブだらけ

   もっと簡単なコースもあったのだが

   ついついここに下りてきてしまった。


   女子のグループが悪戦苦闘してた

   その中の一グループがなかなか前進しない

   一人だけ初心者のようで

   みんなで待っている

   そのうち出発時間が近付いたので

   他の子たちを帰し

   その子の面倒を見ることになった私


   転んでは起き転んでは起きの連続


   尻り滑りもできるコースではない・・・


   なんで上級コースに来たのよー・・・と

    言いたいのをこらえ


    後からそこでボーゲン・・・・と言うのが

    やっと


    そのうち遠くに見える貸切バスが

    次々出発して行く・・・


    無情にも私のクラスと彼女のクラスのバスだけが

    ポツンと二つとり残されていた。


    やっとコースの半分に来た時

    他学年で応援に来ていた体育の男性教師が

    現れた・・・。


    生徒が待っているので先に下りて・・・・という

    有難いお言葉に甘え

    下りた時


     副担任の優しいI先生が現れスキーを持ってくれた。


    やっとバスに乗ると

    全員で

    「おっそーい・・・」

    の合唱。


    事情は分かっていたらしいので

    非難では無く温かい声だった。




     でも不思議なことにあの生徒と先生はその後

     どのように下りたのか記憶がない・・・。


     今は携帯で連絡できる時代なので

     あのようなことは起きないでしょう・・・。


   マンモス校で生徒が荒れていた時代だったが

     何故か今はあの手稲山の美しい景色とともに

     辛かったことも私の中で浄化されて

     懐かしくみんな美しい思い出になって甦る。

  
  

 
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雪の十勝平野に消えた命

2015-01-13 01:19:17 | 教え子・学校
 今日は重く切ないそして素敵な話を


   しょうと思います。


  私がまだ若かりし頃

  雪の岩見沢から札幌に転勤したばかりの

  数十年前


  一年生に

  今までで一番嬉しかったこと・・・または

  悲しかったこと・・・をテーマにして作文を

  書かせた


  色白で口数の少ないまだどこか幼さののこっている

  Kちゃんの作文を読んで愕然とした・・・


  悲しかったことは兄が大切にしていた花瓶を

  割ってしまったこと・・・で始まり


     十勝に居る時母が吹雪で凍死したこと

     その一年後父が母と同じく家を目前にして

     吹雪の中で息絶えたこと・・・


      地獄のようなできごとを

      淡々と書いていた。



     あまりもの切なさに私は涙が止まらなかった。

     そして

     彼女の作文に最高点をつけ

     原稿用紙いっぱいに励ましの言葉を書いた。


  12歳にして過酷な人生を二度までも・・・


     重い荷物を二つも背負って生きて来たなんて・・・・


     Kちゃんの担任の先生にその作文を見せると

     
     お兄さん夫婦がご立派で妹二人の面倒を見ているとのこと

     10代で働いていた兄は20歳位で結婚して即妹二人を引き取った

     ということである・・・・。


    小学生の妹もいるとのこと・・・・。


    それから数年後また転勤した私は今度は

    kちゃんの妹さんが大きく新聞に出ていたのを発見した。

    寄宿舎に入っていて

    彼女の誕生日のたびに義姉がおはぎを作って持って
     
    来てくれる・・・それも皆の分も・・・


    若いのにお母さん代わりの義姉さんは感心

    ・・・というような内容だった。


    彼女は将来看護師さんになりたい・・・とのこと


    きっと今はお二人ともよきお母さんになられ

    良き看護師としても活躍されているのでしょうネ。


     幼い時から人の何十倍もの悲しみを背負って

     生きてきた人は人の悲しみもきっと普通の人よりも

     敏感に受け止めることができるでょう・・。

     


    冬の季節になるたびに必ず思い出される

    切ないそして素晴らしいお兄さんご夫婦のお話。


    自然は時として牙をむき幼い子供たちから親を

    容赦なく奪っていく・・・神も仏もあるもんか・・・

    と毒舌を吐きたくなる・・・。



     まとまりのない文章で失礼しました・・・。




  今日もスズメてんこ盛り









 ニャンコのお腹もてんこ盛り
  




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