伊達だより 再会した2人が第二の故郷伊達に移住して 第二の人生を歩む

田舎暮らしの日々とガーデニング 時々ニャンコと

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ジャコシカ219

2023-08-03 19:13:50 | ジャコシカ・・・小説

 あやの大きく黒い瞳が、深々と呑みこむように、鉄五郎を見ていた。

 

 

 

 

 

二十一

 

 

 出発は花の便りが函館に届いた時と決めた。江差に上陸した桜は、一気に道南を経て札幌に駆け

 

登る。

 

 あやはその勢いに乗って、自分も札幌に行きたいと思った。そこにはきっと、新しい人生が待っ

 

ているはずだ。

 

 

 あやは入江にいる間に、次の再起を期す場所は札幌と決めていた。

 

 長い冬が去り、柔らかな白樺の新緑が眼を洗う春、桜を始め花達は一気に弾け、乱れて先を争う。

 

 急がねば春は短い。それよりもさらには短い夏が迫ってくる。

 

 再びあの狂騒の世界がやってくる。

 

 闘いの時は喜びの時だ。

 

 成すこともなく、ただ時の流れに身を委ねるなどどうしてできよう。

 

 生まれてきた命が黙ってはいない。

 

 北のこの大地が織りなす自然のように、自分を溜ることなく生きて行く。

 

 あやは今ほどに、北の春を感じたことはなかった。

 

 鉄五郎はあやの話を、以前からの約束ごとを告げられたように、当然の表情で聞いていた。

 

 「桜の時季か、それはとてもいい、絶好の時だよ。きっとうまくいく」

 

 札幌で始めると聞くと、さすがに顔をほころばせた。

 

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ジャコシカ218

2023-07-21 00:40:50 | ジャコシカ・・・小説

 「僕が未だに結婚もせず、付き合う女性もなく、定職も持たずにいることは、人生において正し

 

い選択をしているということです」

 

 「良くそういうことを、自慢気に言えるわね。そうよ高さんはこれからも、清く正しく人生を追

 

及して生きていくがいいわ」

 

 あやは彫りのくっきりした眼の奥から、苛立たし気に高志を睨んだ。

 

 「高さんだって罪人(つみびと)だよ。両親や兄弟をどれほど悲しませているか分からぬはずがない。

 

 

わしよりも何倍も何十倍もましなことは認めるがね、だからわしなんかの言えたことではないが、

 

清く正しくジャコシカなんてのは余り奨められた話ではない」

 

 鉄五郎はあやを見る眼とはどこか違う、寂莫とした視線を高志に向けて言った。

 

 高志は逃れるように眼を逸らして、微かに笑い、何も言わなかった。

 

 

 やがてあやは受け取った手紙を、きちんと畳んでテーブルの上を鉄五郎の前にすべらせて言った。

 

 「鉄さんはこの手紙に、返事を書こうと考えている。ずっとそのことを考えている。

 

 そうよ、私が和美さんだったら、やはり返事を待っているわ。自分ではどんなに抗い、拒否して

 

いても、やはり待つわ。

 

 そのことを、もちろん鉄さんは分かっている。

 

 私には答えなんていらない。

 

 ただ返事が欲しい。

 

 自分の父親なんだから」

 

 

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ジャコシカ217

2023-07-12 12:11:25 | ジャコシカ・・・小説

 ひどい人だということは判ったけれど、それだけではなくて、もっと話したいと思う人になった

 

と思う。

 

 私の方はそう言うことで、和美さんの方はどうなるの。

 

 返事は書くの。会いには行かないの」

 

 「あやさんはさすがに、めまぐるしい仕事をしてきた人間だ。とてもせっかちだ。

 

 だがわしは一つのことを考えるのに、長い時間がかかる人間なのだ。

 

 だから当分は何もしない。多分できない。

 

 今さら償いなんてできるわけもないし、取り返しなんかつかない。生きていると言えることすら

 

心苦しく憚られる。

 

 それに和美は返事を求めてはいない。

 

 彼女が求めているのは、この手紙をわしが読むということだけだと思う。

 

 返事がなければ間違いなくわしの手に届き、わしが読んだと思うだろう。

 

 だから返事を書かないのが、一番良い返事なんだと、わしは都合良く考えているのさ。

 

 本当のところは先ほども話したように、どうしたら良いのか、何を書いて良いのか、まるで分か

 

らないだけなんだ。でも、それでいいのさ。それがわしという人間なんだから」 

 

 「その内またひよっこり変わるかも知れない。違う自分が現れるかも知れないしね」

 

 高志が少こし笑いを浮かべて言った。

 

 「うん、分かってくれたがね」

 

 鉄さんは口元で微かに笑みを返して、一升瓶を高志に押しやった。

 

 その瓶を受け取り、初めて自分のコップに注いで一口飲んでから、彼は急に声を明るくして言っ

 

た。

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ジャコシカ216

2023-07-11 08:37:52 | ジャコシカ・・・小説

 しかしわしは、未だ二人に対して、どう答えどう説明して良いか分からないんだ。

 

 謝罪や釈明で済むことではない。

 

 もちろん許しなど望むべくもないし、望んでもいない。みんなごまかしになる。もっと逃れよう

 

もない、絶望的な答えでなければならないんだ。

 

 それがわしには分からない。

 

 もしかしたら、わしは考えることが苦手な人間だから、やはりただ何かが現れるのを待っている

 

のかも知れない。

 

 それで、流れ歩いてきたのかも知れない」

 

 鉄五郎が言葉を切ると、その音に耳を澄ましているかのように、漬物を噛んだ。

 

 それからコップに残る焼酎を、一気に空けて締めくくるように言った。

 

 「まあ、手紙について言えることは、そんなところだ。どうやら二人には余計な心配をかけてし

 

まったが、これからわしがどうするとか、どう変わるかということは何もないんだ。わしは相変わ

 

らず今まで通り、自分のことしか考えられない、無責任な人間のままなんだ。

 

 ただあやには一度、きちんと自分の過去のことについて話さなければならないと思っていた。

 

 あやのお父さんとお母さんには話したのだから、丁度良かった。良い機会だった。

 

 なんだかまた少こし、自分が変われる気がしてきたよ」

 

 鉄五郎の眼がいつになく、優しくあやを見ていた。

 

 「鉄さんのことが少こし、ほんの少こしだけれど解って良かったと思うわ。たぶん解ったなんて

 

言えないくらいだと思うけれど。

 

 でも良かったわ。身近にいる人のことを、私はもっと解らなければならないと思っているから。

 

 やっとそのことに、気が付き始めたところだから。きっとこれからは、鉄さんのことが違って見

 

えてくると思う。

 

 

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ジャコシカ215

2023-07-10 04:58:39 | ジャコシカ・・・小説

 それまではいつまでここに留まるのだと、何か焦りのようなものが募ってきていたのに、あの日

 

からはここにいなくてはならないと、強く思い始めた。

 

 あやのためだとは言わない。そんなことは決してない。私は根っからの自分のことしか考えない

 

人間なんだから。

 

 だがらここに留まれ、ここを出て行くなと命じた声は、それがわし自身のためだとも聞こえたの

 

だ。

 

 体の弱い妻を捨て、幼い我が子に僅かの愛情をかけることすらできなかったわしが、ここで他人

 

の子のために、生来の欲求を抑えて留まるなんてことはできるはずがないんだ。

 

 それなのにわしはここにいなくてはならないと思ってしまった。

 

 いや、ここにいてもいいんだと思ってしまった。

 

 そんな風に自分がどんどん変わって行くなら、慌てて死ぬこともないか、なんて思ったりし

 

て・・・・。

 

 まったく、何かを待っている分けでもないのに考えてしまう。何故かって、でもそんな時は決し

 

て答えなんか見つからからないんだ。

 

 特に、とりつかれたみたいに考えている時は、ますます分からなくなる。

 

 そしてある時、突然何かが起こるんだ。

 

 妻にも何かが襲い、和美にも何かが起きた。

 

 二人ともただ生きていくしかない。

 

 今度の手紙でそのことが良く分かった。

 

 わしは二人に対して罪深いことをした。

 

 どうしょうもない、自分のことしか考えられない、無責任な人間なんだ。

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