あやの大きく黒い瞳が、深々と呑みこむように、鉄五郎を見ていた。
二十一
出発は花の便りが函館に届いた時と決めた。江差に上陸した桜は、一気に道南を経て札幌に駆け
登る。
あやはその勢いに乗って、自分も札幌に行きたいと思った。そこにはきっと、新しい人生が待っ
ているはずだ。
あやは入江にいる間に、次の再起を期す場所は札幌と決めていた。
長い冬が去り、柔らかな白樺の新緑が眼を洗う春、桜を始め花達は一気に弾け、乱れて先を争う。
急がねば春は短い。それよりもさらには短い夏が迫ってくる。
再びあの狂騒の世界がやってくる。
闘いの時は喜びの時だ。
成すこともなく、ただ時の流れに身を委ねるなどどうしてできよう。
生まれてきた命が黙ってはいない。
北のこの大地が織りなす自然のように、自分を溜ることなく生きて行く。
あやは今ほどに、北の春を感じたことはなかった。
鉄五郎はあやの話を、以前からの約束ごとを告げられたように、当然の表情で聞いていた。
「桜の時季か、それはとてもいい、絶好の時だよ。きっとうまくいく」
札幌で始めると聞くと、さすがに顔をほころばせた。