2列に並んだこのラックを廻りこむと、中央に作業台、その左側にミシンが2台、向かい合った
右壁側には大型のソファが置かれている。
このソファはしばしば仮眠用のベットに使われる。
それ等の縫製工房用の品々の奥が、アンティク家具のスペースだ。
室内の明かりは点いている。
あやは後ろ手にそっとドアを閉じた。
足音を忍ばせラックを廻り、その陰から首を突き出した時、いきなり女の喘ぎ声が張り手のよう
に顔面を打った。
作業台越しにソファの背もたれに立ち上がった女の白い大腿が飛びこんできた。
瞬間全身が硬直し麻痺して動けなくなった。激しさを増す喘ぎが頭の中を真空にした。
思考は完全に停止し、網膜に写る像だけが揺れて動いている。
途方もなく長い時間が流れて行く。
それでもようやく体はじりじりと後退を始めた。その時男の裸身の一部が作業台の上に現われ、
同時に女の顔がソアァの端に押し出された。
乱れた髪に半ば覆われた志乃の白い頬が返ってこちらを向いた。
その眼が虚ろに開いてあやを見る。
やがて弛んだ赤い唇と濡れた頬に笑いが浮かんだ。
足が竦(すく)み危く崩折れそうになるのを、かろうじてラックに掴まり支えた。
その後のことは殆ど憶えていない。気が付いたら店を背にして通りに立っていた。
排気ガスまみれの空気が、どっと肺に流れこんでくる。