「まだあるの」
「調子に乗ると止まらなくなるところがあるみたい」
「へええっ」
あやは今度ははっきりとした驚きの表情で志乃を見た。
開店してまだわずか一年で、自分より年下の彼女が早くも社長の人物像をしっかりと捉えている
のには、違和感をすら感じた。
しかも彼女の口調には、自分の見方に対する揺るぎない自信が窺えた。
あやの中で初めて彼女に対する、警戒灯が点った。
もしかしたら彼女は、ここに来るもっと前から、社長を知っていたのではないかとの考えが、ふ
と頭の隅を過(よぎ)った。
いささかマイナス印象の強い志乃の社長評はともかく、ブデイック「フローラ」は期待以上の滑
り出しだった。
うまく行く時はやること全部が、タイミング良く噛み合い、打つ手が次々と好結果を出していく。
桐山昇という人物が40代の若さで、本業の輸入業を軌道に乗せ、続いて手を出したアパレル事
業も、新宿、上野、新橋と矢継ぎ早の出店を成功させているのは、確かに勢いに乗って打った手が、
うまく噛み合っているからだろう。
あやは服飾学校を出てからこの4年、転々と渡り歩いてきた店のことを思い出していた。
表通りの高級店も、下町の混み合った商店街の店もみな、一見華やかに賑わっていても、内実は
決して楽なものではないことをつぶさに見てきた。
新しいフアッションに対する情熱は、いつも空回りをして気が付けば、眼の前の商品を売ること
に汲汲(きゅうきゅう)としていた。