伊達だより 再会した2人が第二の故郷伊達に移住して 第二の人生を歩む

田舎暮らしの日々とガーデニング 時々ニャンコと

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ジャコシカ214

2023-07-08 16:32:49 | ジャコシカ・・・小説

 誰にもしられず、誰も知らぬ所で死んで行くのだと思う。

                                                                    

 それが自分の求めていたことだったのかと思うことがある。

 

 そんな時だったと思う。

 

 ここの峠であやのお父さんに拾われたのは。

 

 あそこで終わるはずだったのが、変わってしまった。

 

 東京を出てから7年が経ち、わしも40歳になっていた。

 

 それから20年、何がどう変わったのか分からないが、わしはここに根っこを生やしてしまった」

 

 鉄五郎はコップを開け、あやを見た。

 

 その眼は彼女に何かを尋ねていた。

 

 あやはただ黙って一升瓶に手を伸ばし、彼のコップを満たした。

 

「どうしてかなぁ、どうしてこんなにも長い間、ここに留まっていたのか」

 

 鉄五郎は今度は高志を見た。

 

 高志はほんの少し視線を上げ、遠くを見る眼付きになった。

 

 しかし、やはり何も言わなかった。

 

 「どうしてかなぁ」

 

 鉄五郎は再びつぶやいた。

 

 「一つ気が付いたことがある。いつもいつも置いてきた子供のことを考えていたら、そのうちあ

 

んなに嫌いで疎ましかった子供のことが、何とも思わなくなり、そのうえ自分の子とか他人の子と

 

かの区別が消えてしまった。

 

 

 そんなところにあやの両親が亡くなり、わしはあやと二人になってしまった。

 

 もしかしたらわしはあの時再び違う自分に出会ってしまったのかも知れない。

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ジャコシカ213

2023-07-05 23:27:07 | ジャコシカ・・・小説

 だから結婚した。

 

 だから子供をもうけた。

 

 めでたしめでたしの、順調な出だしだったはずなのに、日が重なるにつれて、何かがおかしくな

 

ってきた。

 

 そしてあの幼い我が子に、ビール瓶を振り上げた瞬間から、違う自分に成ってしまった。

 

 いや違うんだ。成ってしまったのではない、ただ単に気付いてしまったのだ。

 

 あの時から、もう元へは戻れなくなってしまった。

 

 一度そんな世界に踏みこんでしまうと、何でもかんでもが、今までとは違って見え出し感じ始め

 

てしまう。

 

 すっかりはまりこみ、いつの間にか自分のことしか考えられなくなり、そのことを守るためなら

 

何だって許される、それ以外に価値のあることなんて何もないと考え始めた。

 

 そんな風になると、妻や子の所に帰るどころか、一カ所に長く留まることすら、できなくなって

 

しまった。

 

 大工という特定の仕事を続けることにも、意味がなくなってしまった。

 

 周りの人間がわしのことを、ちゃんとしたつまり常識をわきまえた、善良な人間だと思い始める

 

と、そわそわと落ち着かなくなり、気が付くとまた、知らぬ土地に流れている。

 

 そんな暮らしを長く続けていると、仕舞いには自分が何故そんな暮らしをしているのか、まるで

 

解らなくなる。

 

 自分が誰なのか、何で今そこにいるのかもぼやけてくる。

 

 ただ流れるままに生きていると、時折、自分が静かに死につつあるのだと思うことがある。

 

 

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ジャコシカ212

2023-07-04 23:04:59 | ジャコシカ・・・小説

妻との争いも増え、やがて子供の泣き声に我慢ができなくなり始めた。わしは生来子供が苦手

 

だったが、自分の子供が出来てからは、はっきりと嫌いになった。

 

何よりも我慢がならなかったのは、あの泣き声。赤子が泣き出すと、神経が狂い出す。

 

世の中でこれほど腹立たしいものはないと思った。

 

妻との争いの大概は、次の仕事に出かける話しが始まった時なんだが、その時のは場所も遠く

 

だったし、期間も一年以上にわたるものだったので、妻の反発も強かった。

 

 和美が泣き始め、これが妻の怒りがそっくり、乗り移ったかと思うほど激しかった。

 

 とうとうわしは逆上して完全に自制を失い、気がついたら妻がわしの胸倉に飛びこみ、振り上げ

 

た右手に武者ぶり付いていた。 

 

 わしの右手には今まで飲んでいた、ビール瓶が握られ、その下では和美が泣き叫んでいた。

 

 我に返ったわしは、自分が何をしょうとしていたかを知り、次の瞬間思わず外に飛び出した。

 

 その夜は一晩中街中をうろつき、翌日には家を離れた。

 

行先は予定されていた現場のある街とは逆の、未だ一度も出向いたことのない所だった。

 

その時のわしの頭の中は、もうここにはいられない、いてはいけないとの考えだけが渦巻いてい

 

た。

 

なあに魂胆は、ただ単に妻子のめんどうをみるのが、いやになったのさ。

 

気ままに自分のことだけを考えて、生きていきたかったのさ。

 

それまでは自分はごく普通の、言わば善良な人間だと思っていた。

 

まっとうに仕事をして、経済的にも自立して、年相応に結婚して家庭を持って、穏やかに暮らし

 

ていく人間だと思っていた。

 

 そのことに対して何の疑いも迷いもなく、改めてそんな生き方について、考えることすらなかっ

 

た。

 

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ジャコシカ211

2023-07-01 15:17:08 | ジャコシカ・・・小説

 あやと高志は待ち続けた。

 

 高志もまた、未だ口も付けないコップをテーブルの上で両手で握ったまま、じっと中を覗きこん

 

でいた。

 

 やがて鉄五郎は、どこか半睡から引き戻されたように話し始めた。

 

 「ここからのわしの話しは多分支離滅裂で、辻褄が合わないところだらけだと思うが、それは焼

 

酎のせいではない。 

 

 わしは酒には強いんだ。それよりも高さんも知っての通り、わしは話しが苦手だし、その上話そ

 

うとしていることが、自分でも良く分かっていない。だからそのつもりで聞いて欲しい。

 

 退屈だったらそう言ってくれ、直ぐ止めるから。

 

 わしの家は代々大工で、わしも大工だ。ただし親父も祖父も、仕事場はもっぱら自分の住んでい

 

る東京が中心だったが、わしは地方廻りが多かった。

 

 当初は修行の意味が強かったが、次第に渡り職人でいる方が、わしの性に合っていると分かった。

 

 一年の内の大半は東京を離れていた。

 

 そんな生活を結婚を期に、切り上げることになった。31歳の時、親や周りの強いすすめに従い、

 

祖父の代からの工務店を引き継いだ。

 

 最初はおとなしく、地元の仕事に精を出し、旅廻りの仕事は止めていたが、2年が経ち和美が生

 

まれてから、調子が狂ってきた。

 

 最初のうちは仕事が終わっても、家に帰る時間が遅くなるだけだったが、そのうちに東京を離れ

 

る仕事を入れ始めた。

 

 一旦旅廻りの仕事に手を出し始めると、だんだん止まらなくなり、和美が2歳に近付く頃には、

 

1年のうちの半分以上は、東京を離れるようになっていた。

 

 

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ジャコシカ210

2023-06-27 16:08:25 | ジャコシカ・・・小説

 彼は注いだコップの一つを高志の前に押しやり、今一度「ゆっくり読んでくれ」と言ってから、

 

残りの漬物で飲み始めた。

 

 彼の漬物を嚙む音だけが、部屋の中に響いた。

 

 あやは一枚読み終わるごとに、高志に渡し、全部読み終わると、再び高志から一枚目からの便箋

 

を求めて読み直した。

 

 鉄五郎は半ばうつ向いて、静かにコップを傾けている。

 

 ようやく二人が二度読み終わったのを見届けてから、彼は口を開いた。

 

 「野木和美はわしの子だ。24年前わしは妻と、3歳になる和美を捨てた。二人を置き去りに

 

して家を飛び出し、以来各地を転々と流れ歩いてきた。

 

 世間じゃ蒸発ということになっているだろう。実に都合のいい言葉だ。

 

 置き去りにされた者にも、姿をくらました者にも、そして世の中にとっても、都合のいい言葉だ。

 

 この言葉は人間の重大な行為を、ありふれた科学用語にすり変えている。

 

 物質の分子レベルの反応には、人間性の入りこむ余地はない。だから何となく納得し、安心して

 

しまう。

 

 しかし、わしの妻は死ぬまでその言葉に、何故と問いかけ、その子もまた問いかけ続ける。わし

 

が二人にしたことは罪深い。何重にも二人を傷つけた。わしは卑怯者だから、その罪から逃げ続け

 

てきたのだ

 

 しかし実際のところ、自分が何故そんな仕打ちを二人にしたのか、分からなくなっている」

 

 鉄五郎はコップを置き、その中の焼酎に答えを求めるように、茫として視線を落とした。

 

 彼は本当に、そこに答えを探しているかと思えるほど、長く沈黙を続けた。

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