誰にもしられず、誰も知らぬ所で死んで行くのだと思う。
それが自分の求めていたことだったのかと思うことがある。
そんな時だったと思う。
ここの峠であやのお父さんに拾われたのは。
あそこで終わるはずだったのが、変わってしまった。
東京を出てから7年が経ち、わしも40歳になっていた。
それから20年、何がどう変わったのか分からないが、わしはここに根っこを生やしてしまった」
鉄五郎はコップを開け、あやを見た。
その眼は彼女に何かを尋ねていた。
あやはただ黙って一升瓶に手を伸ばし、彼のコップを満たした。
「どうしてかなぁ、どうしてこんなにも長い間、ここに留まっていたのか」
鉄五郎は今度は高志を見た。
高志はほんの少し視線を上げ、遠くを見る眼付きになった。
しかし、やはり何も言わなかった。
「どうしてかなぁ」
鉄五郎は再びつぶやいた。
「一つ気が付いたことがある。いつもいつも置いてきた子供のことを考えていたら、そのうちあ
んなに嫌いで疎ましかった子供のことが、何とも思わなくなり、そのうえ自分の子とか他人の子と
かの区別が消えてしまった。
そんなところにあやの両親が亡くなり、わしはあやと二人になってしまった。
もしかしたらわしはあの時再び違う自分に出会ってしまったのかも知れない。