伊達だより 再会した2人が第二の故郷伊達に移住して 第二の人生を歩む

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忘れえぬ生徒

2017-03-29 23:56:09 | 教え子・学校
付けたしました



 37年間の教職 忘れられない生徒が沢山いる。


 O君もその一人

 二年間担任し三年でクラス替えがあって離れた

 繊細でユニークで個性的な生徒だった

 柔軟性がありいつも学級をまとめてくれて

 頼もしい存在だった。


 二年時の宿泊学習次の日は登山だった


 私は日焼けしないようにいつもより濃い化粧をした


 一目見た彼「先生化粧が濃すぎる」と顔をしかめた


 ふっふ


 勿論洗面所で化粧を落としてきた。


 大人びた雰囲気のある魅力的な生徒だった。


 あの時も合唱コンクールでは最優秀だった。

 

 二年の時の自由曲は私が強く推して「海の若者」だった



「海の若者」 佐藤春夫


若者は海で生まれた。
風を孕んだ帆の乳房で育つた。
すばらしく巨きくなつた。
或る日 海へ出て
彼は もう 帰らない。
もしかするとあのどつしりした足どりで
海へ大股に歩み込んだのだ。
とり残された者どもは
泣いて小さな墓をたてた



 乳房という言葉に思春期の生徒は反応クスクス笑い唄にならないのが普通だったが

  先生のクラスはヤンチャな子も笑わず真剣に唄っていたよ・・・と音楽の先生に

  言われ嬉しかった。


 

 文化祭の演劇では主役を演じ練習に熱が入らず

 怒ると


 「先生任せておいて 本番はちゃんとするから・・・」


 と本当に本番はみごとな演技で感動した。


 一生忘れられない生徒である。


 私が40代前半の頃である。



 その生徒と同姓同名の名を新聞の死亡欄で見つけた


 まさか・・・


 調べてみると年齢も同じ


 背中が寒くなった・・・


 別人でありますように・・・


 同姓同名の人には申し訳ないけれど。




  おかチャン心配だネ



 


もう一度名前を確認したら別人だった

 歳を重ねると勘違いが多くなります・・・。


若くしてお亡くなりになったかたのご冥福をお祈り致します。



 
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艶やか

2017-03-29 23:40:35 | ガーデニング
 ミニロックガーデンに山野草の鉢を並べ


 ムシロの布団をかぶせていたがきょう布団を取った。

 一番生き生きしていたのが


 シャクナゲの鉢


 苔も艶やかでみごとだった。


 



 ボキの毛も艶やかニャのだぁー


 


  
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